『人声天語』 第107回「旅姿4人衆ぶらりアメリカ彷徨記(Acid Mothers Temple US tour 04)」#10

6月12日(土)

午前7時半起床、未だ皆が寝静まる中、1階のスタジオ横にあるキッチンにて朝飯を作る。先日購入したマッシュルームスープに即席ラーメンの麺のみをぶち込み頂くが、麺の食感とクリーミーなスープの濃厚さが全く合わず、はっきり云って失敗。どうやら風邪が酷くなって来たのか、鼻が矢鱈と愚図っておれば、丁度起きて来たX-Pac似の男性(彼はどうやら1階キッチン横にある小部屋に住んでいる様子)が、薬をいろいろくれる。
Jayは起きて来るやいきなり機材自慢に終始、是非このスタジオで録音してくれ等と、調子の良い事ばかり云ってくるが、どうやら彼は自分をキーボード・プレイヤーとして私に売り込んでいる様子なれば、セールスポイントが機材自慢とはミュージシャンとして誠にお粗末なり。自慢げに大爆音にて、これまた自慢の真空管パワーアンプを擁するステレオから流される彼の作品、されど大いに間抜けなテーマを擁するC級ジャズロックなれば、これが意外に悪くもなし。矢張りヨーロッパ・プログレ・マニアなればこそ、リリースは私家盤であろうと大作2枚組LPなり。しかしアメリカ人によるユーロロックとは、これまた何とも滑稽なサウンドなれば、これも如何にもアメリカらしく、これぞ「アメリカン・ユーロロック(意味不明!)」と呼ぶべきか。何はともあれこれらの機材(特にメロトロンやレアなシンセ群)を駆使しての録音は、是非とも行ってみたいものなり、勿論自らそれらを演奏してと云うのが前提ではあるが。

いい加減Jayの機材自慢に辟易しておれば、ならば今度は彼自慢の中古レコード屋(勿論彼の店にあらず、彼は単なる常連客)へ行こうと、津山さんと東君共々その中古レコード屋へ。彼曰く「サイケやプログレの宝庫」らしかれど、日本の「それ系」なショップから比べれば屁みたいな在庫内容なれば、大いに失望。仕方ないので「在米ジャーマンロック・オリジナル盤殲滅大作戦」を敢行するべく、容赦なく根こそぎ抜き去る暴挙に出る。ついでに北欧系やらヨーロッパものも片っ端から抜いておくか。アメリカ人はジャーマンロックやイタリアンロックなんぞ聴かんでよろしい。それよりも先ず素晴らしいアメリカンロックをもっと聴きなはれ。Zappa&Mothers of Inventionの66~67年ブートDVDを発見、当然これも購入。津山さんも何やらLPやらビデオやらいろいろ購入、東君もすっかり我々に洗脳されたか、Chrysalis等サイケの王道いろいろ抜きまくる。

Jay宅へ戻るや、昼飯を取る間もなく慌ただしく午後2時出発、途中のドライブイン内のSubwayにて前回同様「Cheese & Steak(チーズ抜き)」をオーダーすれば、何と具のステーキが売り切れにて、ローストビーフ・サンドイッチに半ば強制的に変更させられるが、されど私はローストビーフなんぞ大嫌いなれば、これは到底食えたものではない代物にして、更にケチャップもチリソースも置いてもおらぬとは、一体ここのSubwayの怠慢ぶり如何程なるか。「日本人や思うてなめとったらあかんど、ボケがぁ~!」斯様な代物に8ドルも払わされるとは、もう一生Subwayなんぞに足を踏み入れぬと決意すると同時に、5月24日のSubwayに関する前言ここに撤回させて頂く。

午後5時半、今宵の会場であるEmo’sに到着。Austinは大いに暑かれど、崩れ落ちた廃虚ビルを改装したのであろうかこのクラブ、何と客席の半分が屋根のない構造なれば、当然の如くクーラーもなし。サウンドチェックを済ませ、近所を散策すれば、ここら界隈軒並クラブなれば、以前SXSに出演した際に演奏したクラブも矢張りこのすぐ近くであった。SXSの折なんぞAustin中のクラブにて連日連夜演奏が繰り広げられるのだが、そのクレージーぶりこそAustinのイメージなれば、今はフェス期間ではないにせよ、矢張りそこら中でライヴが繰り広げられている事に間違いなく、何とも心地のよい喧噪感、何故か十代の頃を思い出す。
クラブの隣が運良く韓国&日本料理店なれば、津山さんと共に突入。ビビンバと寿司握り3種程をオーダー、矢張り米を食わぬと力も出ぬ。もしも日本が太平洋戦争に勝利し、今のアメリカの代わりに世界を凌駕しておれば、マクドやケンタッキーフライドチキン、若しくはメキシコ料理系のファーストフード・チェーン等の代わりに、回転寿司やら牛丼屋やら定食屋やらのチェーンが世界中にフランチャイズしていたかもしれぬ。また日本に併合されていた韓国の料理も同様にして、世界中如何なる場所にても、焼肉やらチゲやらキムチやらを存分に楽しめたかもしれぬ。もしもマクドやらケンタッキー等の代わりに、寿司やら焼肉が手軽に何処でも食せる世界ならば、アメリカ人があそこまで肥大化する事もなかったであろうし、味覚についてもせめて美味い不味い程度の判断良識は持てたであろう。
今回のツアー中、矢鱈とあちこちで話題になっていたのは、今年のサイダンス映画祭にてドキュメンタリー部門監督賞を受賞せしドキュメンタリー映画「Super Size Me」である。偶然にもツアー直前に、この映画に関しての記事を新聞にて読み知っていた為、この映画が私の想像以上にアメリカ人の間で話題になっている事実、大いに興味深い。このドキュメンタリー映画は、如何にマクドを筆頭とするファーストフードが、アメリカ人の健康に害を及ぼしているかを、モーガン・スパーロック監督自らが実験台となり証明すべく、完全なる健康体にチューンされた監督が、1ヶ月間ひたすらマクドのメニューのみによる食生活を送り、更に店員から「スーパーサイズにしますか?」と問われた場合は、必ずスーパーサイズにせねばならないと云う試みなれば、予想通り体重は増加の一途を辿るや、同時に様々な身体の不調を医師に訴え、遂には見事肝臓を壊してしまう処までを、克明にカメラが捉えると云った内容。どうもX-Fileに洗脳されている私としては、マクドこそが、地球外生命体による「地球人類牧場化計画」の先鋒であったのではなかったかとの説を提唱したい。自然の摂理からは、人類の天敵が現れて然るべきであろうから、アメリカ政府とファーストフード・チェーンこそが、長きに渡りて実は地球外生命体の大いなる陰謀に加担しているとも充分考えられるではないか。日がなハンバーガーを食らっておれば、ある日いきなり、地球外生命体に寄生されたりしてしまう事もあるやもしれぬ。津山さん曰く「アメリカのデブは、実は頭ん中に小さな宇宙人がおってな、そいつらが操縦してんねん。」デブは宇宙人のモビルスーツやったんか…。ならば燃料はコーラとビールか。

午後9時半、前々々座のバンドが、入口にあるバー付近の小ステージにて演奏開始、客席にて猿マスクを被った輩を発見、何じゃこいつ?こいつも宇宙人に寄生されている口か。

こちらの小ステージと、我々とPsychic Paramountが演奏する大ステージにて、交互にライヴが行われる様子。大ステージの客席は半分屋外なれば、一見まるでビアガーデンのような開放的な雰囲気でもあり、表通りの喧噪も混じり客席に何ともAustin特有のクレージーな空気感が昂まって行く中、午後11時半、遂に我々の演奏開始。有料入場者350人以上の入りなれば、ステージ上の暑さも大したものなれど、こちらもこのクレージーな空気に呑まれたか、大爆音にて大暴れとなれば怒濤の盛り上がり。最後の「Pink Lady Lemonade」エンディング部分にて、再びギターを照明ケーブルから逆さ吊りに処せば、やんやの大喝采なり。

終演後、モヒカンの男性がガールフレンド同伴でバックステージを訪れ、「Atsushi!」を連呼、津山さんを探してるのだと、津山さんに引き合わせるや、どうやら92~3年頃にAustinへ交換留学生で来たAtsushiなる人物と津山さんとを勘違いしている様子なれば、津山さんが幾ら「それ俺とちゃうで」と説明しようが、彼は全く理解出来ぬ様子にして、否、ガールフレンドの手前引っ込みもつかぬのであろう、ひたすら食い下がって来るのであるが、いい加減にせえと放っておく事にす。残ったドリンクチケット処分の為、テキサスの地ビールをチェイサーにタンカレーのトリプルを呷れば、漸く暑さも収まり気分も爽快。

今宵は、ライヴ会場にてJonが知り合ったと云う、実は全く誰かよくわからぬ人の家に投宿。本来の家主は日本人らしいのだが、今彼は長期不在らしく、代わりに数人がここに住んでいるとか。津山さんと東君は、明日Jonの案内でこの近辺へ釣りに行く予定なれば、漸く先日購入せし釣り竿の出番と相成るか。空腹なれば、不味いSubwayのサンドイッチの残りから、渋々ローストビーフを外して食す。家人を始め皆は既に就寝すれど、外で涼みながらビール飲みつつJonとプロレス談義で大いに盛り上がり、結局午前5時半、一番涼しそうなキッチンの床にて就寝。

6月13日(日)

朝8時半起床。津山さんと東君とはじめちゃんは、朝日の当たる居間にて寝袋に包まり就寝しておれば、その暑さの為か早朝に目覚めた模様、既に炊飯器を稼動させておれば、私もここで持参したレトルトカレーによるカレーライスを食さんと思い立ち、昨日のSubwayのサンドイッチの残りであるローストビーフをフライパンで焙り、冷蔵庫から玉子を拝借し、ベーコンエッグならぬローストビーフエッグを拵え、「ローストビーフエッグ・カレーライス」として頂けば、なかなか美味なり。山男津山さんは、何故か鹿と格闘中。

この家には、あまりの暑さなれどクーラーもなければ、津山さん達の釣りの計画も急遽変更、家人達が起きて来るのさえ待たず、さっさと本日の目的地Houstonへ向け出発。

メンバー全員すっかり風邪気味なれば、勘定奉行津山さんの計らいにより、今宵は贅沢にHoustonのホテルにて個室泊し、ゆっくり静養する事とす。午後2時、チェックイン済ませば、サウンドチェックまで大いに時間はある故、各自のんびり自由に過ごす。私は洗濯を済ませ、ネット接続し雑務、更にここまで購入したレコードを梱包し日本へ発射準備、またそろそろ帰国を睨みて、何と云おうがハーディーガーディーが増えた故、フライト用パッキングをもシュミレート。先日まで風邪で大いに苦しんでいた東君は、脳天気にプールで泳いでいたそうで、私もプールでひと泳ぎと思ってはいたが、矢張り風邪がこじれるのを畏れここは自重。はじめちゃんは近くのSubwayへ出向いていたらしく、それにしても彼は本当によく食べよく寝る。彼がツアーメンバーとして参加していた99年の赤貧ツアーのトラウマか、矢鱈と食料を買い漁っては、大きなビニル袋に備蓄している様子なれど、もう残す処然程日数もなければ、あれ程の食料を抱えてどうしようと云うのだろう。また彼はどうにも要領が悪い故、実際直面するシチュエーションにて、彼が備蓄している食料を上手く活用し得る機会は乏しく、要は「食料を持っている事から得られる安心」を保証しているだけの代物の様子なれど、確かに99年の頃は、ツアー中に於いて金もなければ食料もなく、餓えや寒さと苦闘しながらの赤貧ツアーではあった故、今やホテルにも泊まれれば、レストランにさえ行ける程度の金は、実は充分稼げている筈であるが、矢張りあの苦しみを知っておればこそ、その後もツアーを繰り返せし我々でさえ、備蓄食料を携行してしまう習性があるのであろう。

午後6時、今宵の会場Mary Jane’s Fat Cat’sへ出発すれば、突然の雷雨にして豪雨。空を横に突っ走る稲妻群、一瞬でハイウエイさえ川となり、前方の視界もほぼゼロ、御陰でハイウエイはノロノロ運転となる。其処彼処に落雷しまくっている状況なれば、豪雨の中を壮絶な爆音が絶え間なく轟く。漸く会場へ辿り着けども、店の前は既に川となり水没しておれば、機材を降ろすにも降ろせぬ状況。そんな中、果敢にも東君が靴を脱ぎ去りズボンを捲くり上げ、雨の中荷物を降ろし始める。

皆での見事な連係プレイにて、無事に機材を降ろせたが、その数分後には雨も上がり一瞬で水も引き、実は後しばらく大人しく待っておれば、斯様な苦労せずとも済んだのである。
さてこのクラブ、どうにもスタッフは陰気極まりなく、ビールを頼んだ処で、こちらと一度も目も合わさねば、挨拶さえもなし。スタッフ全員デブと云うのも何か象徴的。Houston市街から外れたメキシコ人街に位置すれば、店内も実は良い感じで鄙びているのであるが、如何せんこの愛想の悪さは何だ。されど「聖家族」にて働きし折の私や東君の接客態度やらミュージシャンへの態度の悪さを思い起こせば、いやはやこれも因果応報と云った処か。サウンドチェックはいつまで経っても行われる様子さえなく、空腹なれば近所の日用雑貨店を覗きに行くが、取り立てて食したい物もなければ、今夜と明朝の為にと韓国カップラーメン2個を購入。ついでにこちらで云う珍味であろう、メキシコ産の小魚フライ1袋と、これは何ぞと「古来より日本や中国で使用されて来た性の秘薬」なる怪しげな錠剤(1袋99セント!)をも購入、この値段なればその効力たるは、所詮自己暗示によるものであろうか。メキシコ産の小魚フライ、ビールのアテにと食せば激不味なり。まるで開封して数カ月は経ったあられのようと形容すればよいのか、何とも云えぬ湿気臭さと脂臭さにて、到底食えた代物ではなし。Shopzoneテーブルにて、私を筆頭に津山さんと東君も摘んでは「オエ~ッ」と繰り返しておれば、隣でPsychic Paramount関連の物販を行っているMaryleneがその様子を見ては、面白がってこの小魚フライにチャレンジせんとするが、元来煮干しでさえ気味悪がるヨーロッパ人なれば、到底口に出来る筈もなく、臭いを嗅げばそれだけで「魚臭い~!」とギブアップ。

しかし魚が魚臭いのは当たり前やろ!大抵のヨーロッパ人は、その姿や匂いからも魚を気味悪がれば、況してスーパーに於いては最も高額食材なれば、口にする事も稀らしく、故に我々日本人のように魚に対し生活的レベルでの親密感は皆無なれば、彼等にとってはグロテスクでしかない小魚なんぞを頭からバリバリ齧る我々を、奇異の目でしか見ぬのも当然なり。

午後9時開場すれど、先程の豪雨の後故に、果たして客は来るのかなんぞと心配しておれば、何となくボチボチと現れ、日曜日の夜且つ斯様な辺鄙な場所と云う条件の悪さにも関わらず、結局は150人以上の集客。この集客数にしては物販業績が至って好調にして、更にはPsychic Paramountの物販さえもボチボチ売れておれば、これ即ちマニア多しと云う事か。されど今宵の客層は、普段見掛けぬ程の若年層から例によってヒッピー親爺軍団までと幅広し。普段は「21歳以上」の入場制限を掛けられている会場でのライヴが多い事もあるが、斯様に若年層が多いのは新鮮にして、また今回のツアーで目につくのは、以前はほぼ皆無であった黒人客がグッと増加した事か。何にせよ、この陰気で鄙びたクラブにてでさえ、我々は当然大爆音にて大暴れ、当然の如く大いに盛り上がるが、津山さんのギャグ「ヒュ~、ストンッ!」は完全な空振り。ここに来て津山さんの風邪が悪化、喉への負担を考慮してテキサス・ラウンドから「La Nòvia」をセットリストから外しておれば、「Pink Lady Lemonade」を最後に持って来る流れがすっかり定着。Drewはこの夜の「Pink Lady Lemonade」の演奏に大いに感動したそうで、客に揉まれ全身から汗が吹き出すのにも気付かず、金縛り状態で見入ったとか。これで彼の音楽に何らかの良い影響が与えられるとするならば、彼に大いなる可能性を感ずる我々としては、全くもって嬉しい限りである。

終演後、東君は無愛想なスタッフに因縁つけてビール数本を奪取、今宵は折角のホテル個室泊である為、ならばとさっさとホテルへ引き上げる。午前1時、自室へ戻るや、テレビにてWWE「Bottom Line」を観賞しつつ、先程購入した韓国カップラーメンを食し、その後は湯舟にのんびり浸かれば何と極楽な事か。ネット接続して雑務も済ませ、何とダブルならぬトリプルベッドにて独り寝。ここまで広ければ、流石に独りで寝るのは勿体ない感じこそすれ、嗚呼、何故今ここに夜伽は居らぬのか。結局テレビにて妙なサイコスリラー映画を眺めつつ、午前4時寂しく就寝。

6月14日(月)

午前8時半起床。朝飯は、以前購入したマッシュルームスープの缶を開け、洗面台の湯を入れて頂くが、クリーミー故に諄さが口に残り、矢張り直火に掛け温めて頂くように出来ているのだなあ等と実感。仕方がないのでV8にて口直し。どうもここ数日、すっかり下痢気味にして、風邪も一向に快方へ向かう様子なく、鼻は愚図るは咳は止まらぬはで、いよいよ体調頗る悪し。

午前11時ホテルをチェックアウト、New Orleansへ向け出発。昨夜の豪雨の影響か、ここら一帯水没している有様。

JonはNew Orleansに詳しい様子なれば、「アリゲーターを食いに行こう」と、珍しく彼から誘って来る。それは妙案と全員賛同、空き腹を抱えつつ一路New Orleansへ。
さていざアリゲーターを食さんと思えば、生憎の雨にして、結局手近なレストランへ入る事となれば、残念ながらこのレストランにはアリゲーター料理はないとの事で、仕方なくCatfish(鯰)と牡蠣とエビのミックスフライをオーダー。当然の如くとんでもない量にして、衣の味付けがどれも同じで味に飽きてしまい、結局半分はテイクアウト。私と津山さんは、海外での「なまもの」は雑菌等で危険故、寿司屋以外ではなるべく避けているのだが、「何事も全く我慢出来ぬ男」こと東君は、黒潮に抱かれて育った土佐男児なれば、勇敢にも生牡蠣に挑戦、「ん、んまい!」と御満悦。
腹が膨れた処で、ならば腹ごなしに界隈を散策。性風俗店が軒を並べる通りにて、Jonが「夕方にもなれば、女の子達が2階のテラスに並び、階下の通りを行き交う男性諸氏に対し、スカートの中身をチラチラ見せてはアピールする」と説明してくれ、思わず我々興味津々となれど、実は「殆どが酷いルックスのオバハン」だそうだ。土産物屋にて、東君は何やら珍妙なる帽子2個を購入、東洋之のニューモードがいよいよ花開く時も近いか。津山さんは、奥さんへのお土産を物色しつつ、どうにもアリゲーターの剥製なんぞが欲しい様子なれど「ワシントン条約あるから持って帰られへん」と残念そう。

午後5時、今宵の会場であるMermaid Loungeへ。店内のディスプレイが、名前の通り人魚づくしなれば、隠れ人魚マニアである私は大いに感動、特に男女(雄雌?)の人魚による愛の交歓(交尾?)シーンの彫像は、国際秘宝館に展示されておっても不思議ではない程の出来栄えなれば、是非とも自宅に飾りたい逸品。されど人魚とは、結局生殖器は魚のそれと同じであろうから、斯様に抱き合い絡み合う必然性なんぞあるのだろうか。否しかし臍や乳房がある処を見れば、哺乳類に分類されて然るべきなれば、一体如何なる生殖行為を行うのであろうか。
さてサウンドチェックを済ませ、ここHoustonの地ビールを呷る。然程広い店でもなけれど、果たして今宵客は来るのか。と云うのも、前回のNew Orleansでのライヴは、寄りによってアイリッシュ系の一大祭典「セント・パトリック・デー」と見事バッティング、ここNew Orleansは「アイリッシュ・チャンネル」と呼ばれる程、アイルランド系移民が多くを占め、この日は街中緑一色となりパレードなんぞも盛大に行われるのだが、当然ライヴになんぞ誰も来よう筈もなく、AMT史上過去最低動員記録5名を誇れば、我々はここNew Orleansの印象が頗る悪いのである。(Jon曰く「今回300人強を動員したBostonでさえ『セント・パトリック・デー』に演奏すれば、矢張り誰も来ないだろう」との事。)また前回投宿した女性クラブオーナー宅が、恐るべきゴミ屋敷にして、何とバスルームでチャボを飼っていた事実もあれば、台所に置かれたコーヒーなんぞ変色しており、我々にとってのNew Orleansとは、一見ミシシッピに臨む陽気なJazz Cityではあれど、その実体はロック不毛のゴミ溜のような街と云う悪印象しかないのである。
しかし実際に開場してみれば、狭い店内満員御礼なる130人以上の集客なれば、我々の危惧も取り越し苦労であったか。

午後10時、Psychic Paramountの演奏が始まる。彼等は夜毎、ステージに登場しても暫く全く音を出さず、突如超大爆音のドローンにて演奏を開始する為、連日連夜、その刹那の客の驚きっぷりはと云えば、椅子から転げ落ちる輩もいる程で、また彼等は8mmにてライヴを撮影する「Gay Professor」なるスタッフを同行しており、彼が演奏開始と共に、強烈に眩しいハロゲンライトを客席に向けて点灯する為、客は視覚的にも何が起こったのか理解出来ず、一時的なパニックさえ引き起こす。

このGay Professor、そのルックスからも独特の雰囲気を醸し出しており、その物腰の穏やかさと妙にクールな表情が、何かしらタダモノではない何かを感じさせてやまぬ。撮影の為には勿論ステージにも上がれば、その容姿や立ち振るまい等から、実は演奏するメンバー以上に目立っていたりする故、彼等を初体験の客にしてみれば、一体彼が何者なのかさえ理解出来ぬ事であろう。我々の間では、果たして彼が本当に「ゲイ」かどうか、そこに興味は集中しておれば、先日韓国にてゲイに迫られた経験を持つ東君曰く「間違いない」との事。
さて午後11時、我々の演奏を開始すれば、前回の閑散とした空気とは異なり、大いに盛り上がり狭いホールにて踊り狂う輩も多し。ならばと「It’s a dance music!」とのMCにて、完全即興にて繰り広げられたファンキーナンバー、タイトルも「アリゲーター・イーター」なれば、津山さんの即興による歌詞も「We wanna eat Alligator! we’re Alligator eater!」なるものにして、これには私も思わずコーラス、このベタなネタは大いにウケた事云うまでもなし。ライヴ中盤辺りでベースが接触不良気味にして音が途切れがちとなるや、それまで上機嫌で演奏していた津山さんは、そのベースの軟弱ぶりに大激怒し、いきなりベースを壁に投げ付ける。再びベースを手に取り弾き始める姿を見るや、何と1弦のペグが粉砕されており弦が外れている故、私はマイク越しに「ペグ折れてるで」と伝えるが、当の津山さんは、どうやら状況を未だ把握しておられぬ様子なれば「弦切れたわ」と、その1弦を毟り取り、残りの3本の弦のみで演奏続行。普段より「ベースは4弦1本で充分じゃ!」と、そのベース哲学を語る津山さんなれば、レコーディングに於いても常々、弦が切れるや残りの弦のみで演奏続行されておられるので、そのプレイ自体には全く問題なし。そしてライヴの締め括りはまたしてもギター逆さ吊り。アンコールは久々に「Na Na Hey Hey」なれば、満員御礼のホールは怒濤のダンス大会と化し、これにて我々のNew Orleansに対するトラウマも漸く払拭されたか。
終演後、漸くペグが粉砕されている事に気付いた津山さん「ありゃ~、ペグ折れてもうたわ。まあ3本の方が楽やし、明日から3弦ベースで演るわ。3本でも4本でも変わらんしな。でも5弦ベースとか6弦ベースとかは絶対許せん!ベースは弦が4本やからベースなんじゃ。あんなベース使てる奴、皆死ねっ、ボケがぁ~!」と云う塩梅なれば、明日より3弦ベースで演奏するらしい。されど観客の誰もがきっと3本弦である事に、きっと気付かぬであろう。3本弦であれ4本弦であれ、「Monster Bass」の異名通り、あまりにも壮絶なベースプレイである事に変わらぬのであるから。

明日はAtlantaにてライブなれば、その移動距離はかなりある故に、終演後、Atlantaへ向けて2時間程走り、午前3時ホテルへチェックイン。3室を確保すれば、風邪で苦しむ津山さんは独り禁煙部屋へ、そして残り4名は、Jonと私の夜更かし組と、はじめちゃんと東君の即寝成仏組に分かれる。今宵の会場にて、ある男性客が差し入れてくれた自家製ビールを頂けば、これが何とも美味。またしても朝までJonとプロレス談義、Jon曰く「80年代後半から90年代前半にかけて、あまりにもアホらしいキャラのレスラーが大量輩出されたが、あれ程面白いキャラが百花繚乱する時代はもう来ないだろう。」「ECWは本当に素晴らしい団体だった。日本のプロレスが持つハードコア性とアメリカのプロレスが持つエンターテイメント性を見事にバランス良く融合した、本当にエクストリームな団体だった。」彼はECWを相当回数観に行ってる様子なれば、またSabuの偉大さを語り出せば止まらぬ勢いにして、遂には自家製ビールも空となり、朝5時就寝。

(2004/6/24)

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