『人声天語』 人声天語特別編 AMT TOUR 雑記 2002 其の壱:USA & CANADA編
「Magical Ministry Tour」と名付けられた今回のツアーは、全10カ国40公演、約2ヶ月に跨がるロング・ツアーであった。
近頃は海外ツアーを行う日本のバンドも珍しくなくなったが、海外ツアーを行ったからと云って、実はそれが「なんぼのもんやねん」と言える程、大した事ではないのである。重い荷物を抱え、ただひたすら移動と演奏を繰り返す毎日であり、云ってみれば「限りなく規則的な」不規則な生活を送らねばならぬのであり、実はビジネスマンと何ら変わらぬ規則的な生活を強要される。故に、ツアー中こそ普段の生活パターンを維持する事を心掛け、体調を維持せねばならぬのだが、環境が日々目紛しく変化するツアーに於いて、それは些か至難の技でもある。されど我々「人間の屑」なれば、人様の御前にて演奏する程度しか能もなく、なればこそ斯様なツアーにでも出るしか術もなし。これは斯様な我々の平凡且つ退屈な道中記。
第66回「Terrastock#5」
10月11日、朝11時過ぎに関空ユナイテッド航空チェックイン・カウンターに辿り着くも長蛇の列。関空からSan Franciscoへのフライトが、翌日に延期されており、我々AMT一同はスタートから躓いた恰好となった。「機材が到着していない」と云う釈然とせぬ理由を告げられたのみで、振り替え便の手配も侭ならず、関空を一望出来るワシントンホテルに滞在させられる事となり、いきなりツアーに向けての緊張感も断ち切られる羽目に。昼・夜・翌朝の3食1泊はフリーになったとは云え、結局重い荷物を引き摺り回すだけの徒労に終わった1日。フライト案内の掲示板に「tomorrow」と書かれているのは、初めてお目にかかる代物であった。兎に角、ツアー初日である「Terrastock#5」は、出演が最終日13日であった為、ライヴには間に合う事が不幸中の幸い。取り敢えず空港からTerrastockのオルガナイザーにこの旨と明日のボストン到着時間を連絡。
ホテルにて夕食後、同室の東君とワインを飲みつつテレビを観る。するとそこには何と水森亜土が!いやはやすっかり妖怪変化と化した彼女のおぞましさたるや、語る事さえ憚られる。さて明日は本当にフライト出来るのか。明日のアメリカ東海岸の天気は大雨とか。無事フライト出来る事を切に祈る。
10月12日、いつも通り7時起床。ゆっくり湯舟に浸かれるのもこれで暫くは御無沙汰になるであろうと、バスダブに湯を張りのんびり朝風呂。朝食のバイキングに於いても、パン、サラダ、ハム、スクランブルエッグ等洋風の如何にもブレックファーストな品には見向きもせず、御飯、納豆、塩サバ、味噌汁、切り干し大根と云ったいつもの食生活と何ら変わらぬ品を選択。ツアーに於いても、なるべく普段の食生活パターンを維持していきたいものである。何につけても食生活の乱れから、体調不良は引き起こされる。
10時半に再び関空へ舞い戻れば、我々の便は当然「yesterday」と表示されており、何とも情けない気分である。無事にチェックインを済ませ、最後のワンカップを楽しみつつ、暫しの禁煙に備えて煙草を吸いまくる。セキュリティーが厳しくなった事にも慣れ果て、よくよく考えてみれば1年前のテロ以後4度も海外へ渡航している。昨日便であるせいか乗客も少なく、ユナイテッド恒例のアルコール大盤振る舞いにも拍車がかかり、更に担当のスチュワーデスがユナイテッドにしては珍しく美人であった為、より一層舞い上がってオーダーも進み、結局赤ワインを飲み倒し酩酊状態。
同日朝6時45分にSan Francisco空港着。7時の空港オープンと共に、毎度ツアー最大の難関となる入国審査へ。されど今回は朝一番と云う事で混み合っている上、まだ職員の数も揃っていない事もあってか、何事もなく無事通過。Boston行きのボーディングまでの待ち時間、エスプレッソをやりながらニコチン充填。
それにしても空の旅は退屈極まりなく、何かしようとすると煙草が吸いたくなるし、何もせぬと時間が経たぬ。眠っていると、飯だ、シートベルトだ、と起こされる。
午後5時半、漸くBoston空港着。されど迎えに来る筈のTerrastockのスタッフが来ておらず6時半まで待ちぼうけ。そんな折、空港にて偶然Kinskiの一行と遭遇。彼等も当然Terrastock出演の為、Seattleからフライトして来たところである。我々一同、漸く迎えに来てくれたTerrastockのスタッフJohnとChrisと共にハイアットホテルへ向うが、大渋滞にて何と1時間のドライブとなった。ホテルに到着し、さてチェックインしようとすると、昨日キャンセルしている為、我々AMTの部屋が全キャンセルされており、ここでフロントと一悶着。何かとケチの付いたツアーの立ち上がりに、こちらの怒りも爆発。こういう時は飲むしかあるまいと、ホテルのバーでビールを引っ掛ける事にしたが、バーのくせに禁煙で、思わず「このボケがぁ、くそアメリカ!誰か原爆落とせ!」1時間半待たされた挙げ句、漸くJohnとChrisの尽力でツイン1部屋は何とか確保。それにしても3連泊の予約を入れてるにも関わらず一方的にキャンセルするホテルもホテルならば、そこら辺りの対応がいい加減であったTerrastockもTerrastockである。このツイン1部屋には、到底我々の大荷物を入れて5人眠る事は至難の技である。
荷物を下ろし落ち着いたところで、Terrastock#5の会場へ。既に夜9時を回っている為、結局2日目ラストのTom Rappのパフォーマンスの最後を観たに過ぎぬ。出演者ならば当然フリードリンクと信じ込み、ジンを立続けに3杯オーダー。こんな日は飲むしかあるまい。Bardo Pondoの美形女性ヴォーカリストIsobelちゃんとも再会の抱擁を交わし、その他多くの友人達と再会を喜ぶ。考えてみれば、今や日本よりアメリカの方が友人が多いような気さえする。結局Terrastockの会場はクローズとなり、今からホテルのバーで飲む事に。
ちまちま頼んでる気分ではないので、ホテルのバーでワインボトルをオーダー。出演者やスタッフ全員同じホテルに宿泊している為、KinskiやSubArachnoid Space、Bardo Pondo、Motor Psychoのメンバー等と飲みまくる。そう云えば今日は不味い機内食しか食べておらぬ上、否、シスコ~ボストン間の機内食はあまりの不味さ故に拒否し、更に18時間以上の退屈なフライト疲れもあってか、赤ワインのボトル数本を調子良く空けてはみたが、飲むペースも早ければ酔いもまた早く、すっかり酩酊状態なれど、挙げ句はIsobelちゃんのビールさえ取り上げ、バーがクローズする迄ひたすら飲み続ける事に。この辺りから次第に記憶も怪しくなり、結局あのボトル数本、一体誰が払ったのだろう。と、突然スタッフの1人が、Kinskiが1部屋我々に譲渡してくれたとの事で、その部屋の鍵を渡される。持つべきものは友。されど長旅に疲れ果てたAMTのメンバー達は、とっくの前に御就寝。Kinskiから譲ってもらったツインルームを結果的に1人で使う事となり、さて寝ようかと思っていると、SubArachnoid Spaceの女性ギタリストMelyndaが訪ねて来て、結局朝4時半迄飲み明かす羽目に。
10月13日、朝6時起床。当然猛烈な二日酔い、睡眠時間1時間半では仕方あるまい。コーヒーメ-カーで湯を湧かし、日本より持参した大量の食糧の中からチキンラーメンを取り出し食す。部屋は禁煙であったが、昨夜Melyndaとコーヒーカップを灰皿に煙草を吸いまくった形跡もあるので、お構いなしにコーヒーを飲みつつ一服。
昼過ぎに会場であるAxisへKinskiと共に向う。タイムテーブルでは、トリである我々の出番は深夜1時半。取り敢えず楽屋で寝る事に。5時からのSonic Youthのセットを観ようかと客席へ。しかし結構退屈なステージだった為、再び楽屋へ戻り仮眠。ふと目を覚ますと丁度Sonic Youthのセットが終了したようで、LeeとThurstonが楽屋へ戻って来たところ。3人で暫く世間話をした後、今からNYへ戻ると言う彼等と別れ客席へ。客席の片隅にはAMT物販テーブル「AMT Shopzone」がセットされ、社長こと津山さんが陣頭指揮しながらCDやLPを売りまくっている。さてそろそろ昨日の酒も抜けて来たので飲もうかと、バーテンにビールをオーダー。この時点では当然フリードリンクと思い込んでいたのだが、実はこのバーテンの好意で「タダ」にしてもらっていただけで、後でこのバーテンがボスにどやされている姿を目撃、どうもすみません…。
漸くAMTの出番が迫り「AMT Shopzone」を閉店。ステージはメインステージとサブステージの2つがあり、片方でライヴを行っている間に、もう片方でセッティングをする方式。しかしセッティングは出来ても音出しは出来ぬ為、我々は結局サブステージが終了せぬ事にはサウンドチェックも出来ぬ。仕方がないので、カーテンの隙間から、サブステージで行われているKinskiのライヴを観る。さてKinskiのセット終了と同時にサウンドチェック。ここで突然私のファズが壊れている事が発覚。断線箇所を発見し、東君と2人掛りでハンダ付け、その瞬間何を思ったかステージのカーテンが開けられ、満場の観衆が最初に目にしたのは、しゃがみ込んでハンダ付けしている我々の姿であっただろう。取り敢えず応急処置でファズは復活したが、今度は新曲の為に持参したブズーキのピックアップが断線。更に東君もアンプにトラブルを抱え、セッティングに苦労し、怒り狂った彼はカーテンを再び閉めてしまう。これに何を勘違いしたか、観衆は狂喜乱舞。ステージマネージャーのJoeが「もう後30分しかない」と叫んでいる。どうせブズーキは今日使えぬし、「Pink Lady Lemonade」「La Nòvia ~ Speed Guru」2曲のみを演奏する事に。「Pink Lady Lemonade」をかなりのダイジェスト版で演奏し「La Nòvia」へ。ステージ内の音が酷い事もあって、メンバー全員大荒れ、大爆音にして大暴れ。
「La Nòvia」中盤の津山さんコーナーの途中、Joeが私に向けて「5 min.」のサインボードを掲げている。「ボケかぁ~!そんなもん無理じゃ!」後半は怒濤の如く爆走、エンディングの「Speed Guru」へ突入するやギターの音が途切れ途切れに。ファズの調子が再び悪化したのか、ギターの調子が悪いのか。即座にスペアギターに持ち替えるが、こいつがまたしても調子が悪くリアの音が出ないとくる。私の怒りは頂点に達し、このギターにラストライド連続3発をお見舞い。当然の如くこのギターは哀れ木っ端微塵。バラバラ死体となった哀れなギターパーツを客席に次々投げ込み、波瀾のAMT at Terrastock#5は終了。ギターにラストライドを喰らわせた際、見事にファズに命中しており、ファズも木っ端微塵。さて明日からどうしたものか、まあ斯様な事は明日考えよう。そもそも主人である私に楯突く機材は、斯様に哀れな末路を辿ると知れ、ボケがぁ。
ギター破壊で、観衆のみならずJoeも興奮状態。「よく我々のTerrastockでギターを壊してくれた!」あのなあ、何か間違えてへんか、それって。
ホテルへ戻ってみればバーはクローズ、日曜日なので酒屋もバーももう開いておらぬと云う。「ほんま、くそアメリカがぁ~、ボケェ。」ライヴが終わって酒がないなんぞ、絶対許されるべき事ではない。14階まであるこのホテル、吹き抜けを囲む形で廊下が回っており、その廊下から全フロアの廊下が一望出来る。疲れ果て自室に帰った津山さん、Cotton、夘木君をよそに、東君と2人ひたすら酒を求めて廊下をウロウロするや、あちこちのフロアにやはり同じ思いらしき人間がウロウロしている様が伺える。廊下で擦れ違う誰もに「Where is the beer?」と問うが、結局彼等も知る由もなし。次第に一ケ所にBardo Pond、SubArachnoid Spaceのメンバーを含む、酒を求めて彷徨う全員が集結。酒も見当たらぬ故、仕方なく館内禁煙の廊下にて皆で煙草を吸いまくる。そこへ救世主の如くKinskiの面々がビールを持参して登場。流石アメリカン・インディー界の酒豪バンド、これでいきなり廊下はパーティー状態。このビール、本当に砂漠でオアシスに巡り会う程に救われた気持ちにさせてくれた。結局自室へ戻ったのは朝6時。再びコーヒーメーカーで湯を湧かし、日本より持参したUFOを食し就寝。
(2002/12/22)