『人声天語』 第136回「欧州激不味料理戦線完全撃破殲滅宣言!( 欧州ソロツアー 2007)」#1

第1週目/蘭食粉砕、そしてノルマンディー上陸作戦」

1月31日(水)

今回は久々にLufthansa航空を利用、パーソナルテレビが設置されておらぬヨーロッパ行きフライトは久しぶりなれば、徹夜明けと云う事もあり、機内食を食らえば即寝成仏を決め込まんとす。大凡大して期待出来ぬ機内食なればこそ、近頃ではわざわざ空腹にて搭乗する事を心掛ける始末、空腹なれば些少不味かろうが食し得ると云うものなり。
先ず昼食として運ばれしは、カツ丼+茶そば+サラダ+デザート(ケーキ)+パン、選びしドリンクは赤ワインとトマトジュース。茶そばやサラダは取り立てて問題なけれども、いきなりカツ丼が餡掛けにして「なんじゃこりゃ~?」大のカツ丼好きにして餡掛けを忌み嫌う私を、何とも複雑な心境にさせる代物なれど、ここでいきなり我が五家宝連より七味に登場願い、餡掛けの不味さを完全粉砕殲滅せんとする程に打っかければ、些か食感に違和感こそ感ずるにせよ完食、最初の刺客たる餡掛けカツ丼をここに撃沈せり。

ディナーと名付けられし2度目の機内食は、白身魚の蟹肉入り餡掛け+豆ごはん+フルーツ+パン、ドリンクは赤ワインのみを選択。ここで餡掛け波状攻撃を食らえば、再び五家宝連より七味の出番と相成るは必定、見るもおぞましき餡と保温器にて既にふやけ切りし白身魚の食感とが奏でしハーモニーとは、既に蟹肉なんぞ何の隠し味にさえならぬは当然にして、あまりの不味さと気色悪さに悪寒さえ走れども、七味の持つ香しき風味による見事な迎撃ぶりは、その不味さ気色悪さを相殺撃沈し完食を導けば、僅か2食目にして七味の残量は既に4分の3となろうども、この初戦連破こそ、これから3週間に及ぶ欧州料理激不味料理戦線を戦い抜き完全勝利を治めんとする私に、大いなる勝利の確信を与えしものなり。

Frankfult空港にて乗り換えAmsterdamへ、そこから列車にてRotterdamへ。今宵のライヴ会場Wormへ到着すれば、いきなり晩飯と相成る。用意されしは例によってvegetarian mealにして、何で日本人やと直ぐベジ(ベジタリアン)やと思うねん!ボケかぁ~!その代物とは、茄子+胡瓜+人参+トマト+ジャガイモのニンニク風味トマトソース和えオーブン焼きとでも呼べばよいのか、チーズが嫌がらせのように添えられ、トマトソースや具材に溶け混ざりたる様は、チーズ嫌いの私にとって、全く以て「余計なお世話」以外何物でもなきトッピングなり。初日にしてこれ以上七味を消耗する事を畏れし故、何を以てしても先ずはチーズ部分を丁寧に選り分け取り除き、後はかなり強靭なニンニク風味のみに集中する事にて、この窮状を見事打破、ここにこの代物を完全粉砕撃沈せり。されど斯様な代物が立派な晩飯として、更には客人への御持て成し料理として、憚らず罷り通るとは、何とも貧相な食文化しか持たぬものなり。オランダ名物kroketにした処で、日本のコロッケの足下にも及ばぬ有様にして、そもそも主食がフリッター(フライドポテト)の国なれば、それも当然の理か。

2月1日(木)

投宿せしホステルにての朝食は、三重塔ならぬ三重皿にて盛りつけられ自室に運ばれし。パン3種(トッピングはジャム、バター、チョコチップ)+チーズ+ハム+スープ+コーヒーと云う、生野菜どころか果物さえ添えられぬ、所謂オーソドックスなラインナップなり。列車の出発が早朝である為、食事に要し得る時間は既に5分もなし。何でこんなもん作るのに10分以上も掛かってんねん?通常斯様な朝食に於いて、幾らパンもチーズもハムも好まぬと訴えようが、それら3品目を除外すれば、殆ど選択肢は残されず、それではあまりにも辛い故、せめてパンとハム程度は妥協して食さざるを得ぬ。幸いにも普段殆どパンもハムも口にせぬ食生活なればこそ、年に幾度か程度ならば何とか斯様な代物も食する事充分可能にして、パン2切れ+ハム1枚をコーヒーにて流し込むのみにて終了。列車の時間を焦るあまり最上段のスープにまで目が届かず、迂闊にも食するを忘れし始末。流石に完全粉砕とは行かずとも一応撃沈、何はともあれ腹の足し程度には値するだろう故、ここは勝利に等しい引き分けと云う処か。

Rotterdam S.C.駅よりParis Nord駅へ。迎えに来てくれしJean-Denis(以下JD)と共に、地下鉄にてParis St. Lazare駅へ移動し、駅前のレストランにて昼飯とす。本日2007年2月1日を以て、フランス全土に禁煙法が施行されておれば、公共の場所一切に於いて禁煙となれども、レストランやバーに於いては来年1月までの執行猶予が与えられしとかで、禁煙法施行と騒がれれておれども、私にはあまり大きな変化は感じられぬ処か。嘗てはCDG空港に於いて、禁煙サインの真ん前にあるゴミ箱の蓋を灰皿代わりに、平然とタバコを吸い捲りしフランス人なればこそ、また嘗ても一度禁煙法を施行されておれど、厳守されぬまま結局有名無実と化せりと云う経緯もあればこそ、今回の新たな禁煙法施行には、宛ら素直に信じられぬ部分もあり。結局この執行猶予が無期延期になんぞなるのではと、心中何処かで期待もせり。
さて昼飯は、JDのお薦めにて牛レバーとマッシュルームの赤ワインソース煮+バターライスなる代物を頂けり。こちらではあまりホルモン類を食する習慣あらざる様子なれば、メニュー片手にこの料理を説明してくれし際も「肉じゃないけれど肉みたいなもの」と、何とも判然明瞭とせぬ意味不明な、されど西洋人とは調理方法にあらず食材にて料理を説明する人種なればこそ、これも当然と云えば当然の説明なるか。確かに味のメリハリこそ欠けておれど充分に美味の部類なれば、五家宝連の出番なくしても容易にこれを撃破せり。

JDに見送られ、Paris St. Lazare駅よりLe Havreへ。今宵のライヴ会場Piednuへ到着するや、サウンドチェックを済ませ、スタッフ共々晩飯と相成る。用意されしは、バケット等パン数種+サーモンの生ハム+クスクス+チーズ各種+玉子と胡瓜入りミント風味ヨーグルト・ペースト、以上なり。おいおい、これが晩飯かいっ?思わず訊ねたくもなるこの質素さは如何に。成る程赤ワイン片手に摘む程度ならば宜しかろう。皆の様子を観察し真似せんと、黒胡麻付きバケットを少し取り分け、トルコ辺りでよく見掛ける玉子と胡瓜入りミント風味ヨーグルト・ペーストをベースにたっぷり塗り、サーモンを挟みてサンドウィッチを作成すれば、サーモンの生臭さと塩っぱさがミント風味ヨーグルトにて緩和され、バケットの硬さにこそ苦悶させらるるも、2切れ分をここに殲滅撃破せり。斯様な勝利に際しては、引き際こそ重要なれば、2切れ程度にても充分過ぎる程の戦果に値せん。

ライヴ後も客やスタッフ共々朝4時半まで飲み明かす羽目となれば、投宿先なるオルガナイザーEmanuele宅に朝5時過ぎに着けども、時差ぼけと空腹感から眠る事叶わず、結局欧航僅か2日目朝にして、五家宝連より生うどんととろろ昆布を臨時召喚、台所にて鍋を拝借し、昆布うどんを頂かんとす。矢張り粉末スープのかつおだしは塩っぱ過ぎる故、1袋の半分弱も使えば充分にして、大量にぶち込みしとろろ昆布より沁み出る昆布だしの風味と、常温保存タイプ生うどんならではのコシのなさが、何と郷愁を誘う事か。ここで昆布うどんを頂きしは、あまりに空腹故のやむを得ぬ状況下にありし所以にて、決して欧州激不味料理戦線の前に転向敗北せし訳にあらねば、この件については自己批判するにも値せずとし自ら不問に付す。

2月2日(金)

結局徹夜状態となる顛末にしてLe Havre駅よりParis St. Lazare駅へ戻れば、JDが迎えに来てくれ、当面の滞在先となる彼のアパートへ。列車内にて多少仮眠せしとは云え、時差ぼけ特有の慢性的睡魔に苛まされ、これは何としても今夜辺り強制的に矯正せねばなるまい。朝からまだ昆布うどんしか食しておらねば、JDより冷蔵庫にて眠りしチキンサンドウィッチを譲り受け頂く。フランス特有のバケットのサンドウィッチは、具があまりに貧相な上に味付けなんぞもなく、バケットが硬いが故に顎が非常に疲れ、御免被る処なれど、斯様な日本でも見慣れし食パンによるサンドウィッチにして、微塵切りにされしチキンとピクルスをマヨネーズで和えしものが挟まれておれば、まだ充分食し得る安全圏内と云えようか。こちらのマヨネーズは、日本のそれとは味が大いに異なれば、矢張りキューピーのマヨネーズは美味いなぁ、なんぞと思いつつ、ピクルスの甘酸っぱさとマヨネーズの諄さが混じり合う、先ず日本ではお目ならぬお口に掛からぬ味のベクトルに閉口すれども、赤ワイン片手にこれを殲滅完全粉砕せり。普段日本にてサンドウィッチなんぞ全く食す気にならねども、矢張り日本のサンドウィッチ、特にカツサンドや玉子サンドは、こちらのお粗末な「本場の味」に比べれば、遥か次元を違えし美味さなり。

JDとルームメイトの女性と連れ立ちて、近所の安レストランへ赴き晩飯とす。フランスらしき代物を食したいと進言、2人揃いてのお薦めなる鴨料理を注文。木皿に乗せられ運ばれしは、鴨腿肉の赤ワインソース煮+ポテト+サラダ。確かにこれは大いに美味なり。腿肉は煮崩れ寸前の柔らかさなれど、脂分が抜け落ちておらねばパサパサ感皆無にして、豊穣なる肉汁と品良く纏められしソースが口いっぱいに拡散する様は、肉塊に化身せし悦楽なるを頬張るかの如きにて、この得も言われぬ至福感こそ、未だ殆ど遭遇激突経験皆無に等しき、噂に聞きし欧州美食悦楽戦線なるか。斯様に甘美なる戦線なれば、全戦殲滅完全粉砕するは苦悩どころか悦楽のみを伴おうものなれど、それではまるで売国奴の如き有様、されど時折はこの欧州美食悦楽戦線にも遭遇交戦したきものなり。
さて赤ワインを呷りつつ鴨腿肉に舌鼓を打ち、この逸品を完全粉砕撃滅すれば、JT宅へ戻り彼女お薦めのDVD観賞せんとの運びとなれど、睡眠不足と時差ぼけ故、上映開始僅か1分足らずにて即寝成仏。

2月3日(土)

朝4時頃起床、流石に日の出の頃には大いに空腹となり、ならば今ここで、毎度の如くうどんなんぞ食さんとの甘き誘惑に誘われれば、五家宝連のうちの生うどんは、残す処いよいよ最後の1玉となる故に、未だこの先長い旅程を考慮すればこそ、ここは先ず以て温存するが利口か。斯くなる理由にて、昼過ぎに起床せりJDと共に、近所の中華料理屋へ赴くまで、空腹感に苛まされし半日となりけり。中華料理と云えども、欧米にてよく見受けられるテイクアウトを主眼とする所謂安い中華お惣菜屋の如きにて、青島ビール+炒飯+海老唐揚げ唐辛子ソース掛けを頂けり。
この手のお惣菜屋と云うか中華ファーストフード店にての炒飯とは、脂もの好きな欧米人の嗜好を考慮してか、所謂白飯の代わりを為す故に、具材は些々やかにして味付けはかなり希薄なればこそ、海老唐揚げの唐辛子ソースとの相性も程良き具合なり。海外に於ける中華料理の当たり外れは、多くは似非日本人によって営まれる日本レストランと異なり、本場中国人(華僑)が料理人を務めればこそ、その見極め大いに困難にして、そもそも華僑の手による故、日本に於ける所謂中華料理(北京及び四川料理)と一線を画す広東料理なれば、馴染み薄き香辛料爆裂にて憤死せし事も多々あり、また一見美味しそうに見えし処で、お味の方はこちらの想像だにせぬ激不味ぶりを炸裂させる事もしばしば、況してや見てくれからおぞましき代物の場合なんぞ、悶絶死となる事も珍しからん。されど今回は充分当たりの部類に評価し得れば、海老のプリプリ感を楽しめる味付け揚げ具合にて問題なく、欧州中華料理解放戦線を青島ビール片手に見事撃破殲滅せり。

 

DragibusのFranqが営むBimbo TowerへJDと連れ立ち赴き、持参せし商品の卸しも済ませれば、今宵出演する「Anenna Festival」の会場たるLes Voutesへ。音楽のみならず、映像やパフォーマンス等も含められしトータルアートなフェスティバルの様子にして、会場内外共に人で溢れ満員御礼。先ずは楽屋に並べられしケータリングより赤ワインを頂き、さて晩飯は、バーのカウンターにて注文すれば頂けると伺えども、何しろ満員鮨詰めなれば、多少バーが空く一瞬の隙を狙わんとして1時間程待機すれど、結局当初晩飯として予定されしメニューは「売り切れ御免」との通告にて、哀しきかな、サラダ+ハム+チーズなる、何ともお粗末極まりなき顛末なり。今更チーズとハムなんぞ食す気にさえならず、その2品を知人に譲れば、残されしサラダのみを約10秒にて殲滅撃破、後は赤ワインにて空腹を紛らわすのみ。

2月4日(日)

昨夜はPAトラブルにてタイムテーブルが押し捲り、結局出番が3時間以上押しの午前1時45分からとなれば、投宿先JD宅へ午前4時に帰還せり。
昼飯の食材を求めJDと近所のスーパーへ赴けば、いきなり停電「オ~ッ!」客のどよめきを残し店内真っ暗闇、JDと共に「これじゃあ万引きの大チャンス!」と苦笑せざるにはおられじ。冷凍食品のマッシュルームパイとミックスベジタブル、アメリカでは常々お世話となりし野菜ジュースV8の1Lパック、赤ワイン2本を、更にパン屋にてクロワッサンとバケットを購入せり。
JDが冷凍パイをオーブンにて加熱調理する間さえ待てぬ程の空腹なれば、そもそも昨夜はサラダしか食しておらねば当然にして、一足先にクロワッサンとV8にて朝飯とせん。パン類に於いて、クロワッサンには然程抵抗なければ、焼きそばパンとあんドーナツに次いで食し得るパンにして、即ち海外ツアーに於いては唯一食し易きパンと云う事故、自ずから食する機会も比較的多くなりにけり。V8とは、アメリカならばスーパーやガソリンスタンド等、至る所にて見受けられる有名ブランド名にして、我々がV8(ブイハチ)と呼称する場合、その数ある商品の中から野菜ジュースを指すものなり。アメリカ・ツアーに於いて、他のメンバーより「主食やなあ」と呆れられる程に、1日最低750 mlは飲んでおれば、今やV8のラベルを見掛けるや、ついつい条件反射にて手が伸びる有様。当然野菜ジュースと云えば、カゴメ無塩野菜ジュースが最も美味なれど(これに大量のタバスコを混入し頂けば、その美味ぶりに思わず昇天)このV8は、カゴメの逸品より濃厚なるは良しとすれど、塩っぱいのが玉に傷か。されど今や斯様な些細事に文句を垂れる余裕もなければ、早速頂けれども、矢張りと云えば矢張りクロワッサンとV8は、味的に全く合わずして、これぞまさしく自爆轟沈なり。

さて斯様に私が自爆轟沈せる頃、JDは冷凍パイ相手に「調理にとても手間が掛かるみたいだ…」と孤軍奮闘、ルームメイトの彼女の援軍あれど、結局30分以上もオーブンにて調理せねばならぬとか、何とも気の長い話にて、結局食前酒パスティスを呷りて待つ事と相成れり。
30分経過すれど、未だパイは焼き上がる様子なく、更に待つ事15分、漸く遅い昼食となれど、既に午後2時をも軽く経過しておれば、冷凍食品による簡易調理とは云え、何とも効率的にあらざる様なるか。されどJDが心尽くしのお持て成しを努めんとするは、大いに感じ入る処にして、何と有り難き幸せかと云う訳で、ハム等と炒められしミックスベジタブル+冷凍食品のマッシュルームパイ+赤ワインを頂けり。そのマッシュルームパイも別段問題なく頂ければ、勿論ミックスベジタブルも余程の命取りともなる間違いさえせねば問題あろう筈もなく、これらをいとも容易く完全撃破せり。

今宵は、CampusにてJ.F.Pauvros(以下JF)との公開レコーディング故、午後5時に会場へ。JFのチリ土産の酒Piscoを呷りつつ、公開レコーディングならではリラックスせし空気の中、午前1時レコーディング終了。
さて友人やスタッフと共に、ビストロへ赴き遅い晩飯となれば、ここは矢張りタルタルステーキを食わぬ手はなしと、タルタルステーキ各種の中より、その名前の雰囲気のみにて「田舎風タルタルステーキ」を注文せり。はて田舎風とは何ぞやと、Paris在住のタダオ君と話しておれば、そこに運ばれしは、細かく刻まれしハムとマッシュルームのソテーが乗せられしタルタルステーキなり。タルタルステーキは数少ない欧州料理に於ける好物のひとつなれば、赤ワイン片手に、空腹も相まり一気にこの生肉の塊を殲滅撃沈せり。JFを始めとする皆も特大ステーキやらを平然と食らいておられれば、やはり毎度の如く、この夜更けに斯様な肉塊を食するフランス人の食習慣恐るべしと呆れ返るのみ。

2月5日(月)

JDは朝飯を食する習慣なき様子なれば、こちとら大いに空腹にていざ昼飯を迎え撃たんとす。彼が「昼飯はカルボナーラでもいい?パスタだけど知ってる?」と訊ねて来れば、今やパスタもピザも拒絶反応すら起こさんとする体質となっておれど、彼の心遣いを無下にするは忍びなく、カルボナーラと云えば本場イタリアですら九分九厘スパゲッティーたるは間違いなく、何しろ数あるパスタの中で唯一食し得るはスパゲッティーなればこそ「カルボナーラならOK!」と即答せり。何か手伝わんと台所へ一緒に赴けば、彼が取り出したるパスタは奇しくもスパゲッティーにあらず、どちらかと云えば遠慮したきショートパスタ系の代物なれど、今更苦言を吐くは潔しとせぬ故、こうなれば「パスタを食らわば皿までも」と開き直り、一所懸命に料理する彼を笑顔を以て見守るのみ。そもそもイタリアでは、カルボナーラと云えばスパゲッティーを用いるは常識にして、更にJDが取り出したるはマッシュルームとクリームなれど、これらも決してカルボナーラに用いられる事あらざれば、果たして一体如何なるカルボナーラが出来上がるのやら。食前酒のパスティスを呷りつつ、料理の行程を半ば呆れつつも眺めておれば、パスタを茹でる随分前からソースを作りし故、それではパスタと混ぜ合わせる頃にソースがすっかり冷めてしまうのでは、否、そもそもパスタに比べソースの量が圧倒的に少ないのでは、なんぞと思わず老婆心にて助言なんぞせんと思えど、斯様な事なんぞ全く気にも止めぬ様子にて平然とパスタとソースを混ぜ合わせ、仕上げに玉子を溶き入れるや、加熱する事もなければ余熱にて調理される訳でもなく、何とパスタが生玉子にて和えられ、そのぬめりにて怪し気に光り輝きし様にて出来上がりの様子なり。
到底所謂カルボナーラとは似ても似つかぬ代物にして、そもそも気乗りせぬパスタなれば、当然玉砕必至の覚悟なりけれど、一切の期待感なしにて口に入れるや、これが想像だにせぬ程なかなかの味なれば、まさに神の御加護か奇跡か、これを見事完全殲滅撃沈せり。JDの一見出鱈目極まりないが如きに見えるフランス版男の料理、これはなかなか侮れぬかな。

JDには散々お世話になりっ放し故、日本に深く憧憬抱く彼の為に、ここはひとつ日本の家庭料理でも振る舞わんと思い立ち、その旨を告げるや、彼は大いに興奮しては「何を作るの?MAKI?」どうやら巻寿司こそ代表的な日本の家庭料理と誤解しておれば、所謂手巻きパーティー用巻き簾まで見せてくれれども、流石に手巻き寿司パーティーなんぞを異郷Parisにて行うつもり更々なく、彼には一言「まあ愉しみにしてて!」折角だからと彼は、実はご近所さんたるタダオ君を始め、毎回オルガナイズをお願いしているサトコさんや、その他友人数名も招待しておれば、迂闊にインチキ臭い代物にて誤摩化すなんぞ許されぬ故、ならばとOpera界隈の日本人街へ食材を求めに伺えど、月曜日なれば殆どが定休日にて叶わず、結局JD宅の近くにある中華街のマーケットにて、味噌、昆布、豆腐等に始まり肉類野菜類まで何とか一通りを買い揃え得し。購入品目を物珍し気に眺めるJDは、こちらに諸々質問して来れど、私の答えは簡単明瞭「食べたら判る!」
招待客が訪れるまで約1時間半しかないと伺えば、キッチンスタジアムに於ける料理の鉄人とまでは行かずとも、元料理人の意地と誇りも多少ある故、何とか規定時間内に全品調理完了せり。お品書きは以下の通り。里芋の煮っころがし+ふろふき大根+肉じゃが+焼肉(牛赤身と豚レバー)+豆腐と昆布の味噌汁+御飯+昆布うどん、以上の7品。大抵の欧米人が、肉じゃがや焼肉を好むるは今までの経験にて知っておればこそ、里芋の煮っころがしとふろふき大根は、何より自分が食したき所以なり。タダオ君やサトコさんにも好評なれば、況してやフランス人軍団にとっては初めて目にし口にする料理なれど大いに好評の様子にして、こちとらタダオ君の手土産なる焼酎をのんびりやっておる間に、何と料理の殆どは一瞬にて売り切れ状態となり、殆ど食せず終いなり。焼肉に至っては、各自サンチュの如き葉野菜にて、細切りにせし大根等と一緒に肉を包み食すスタイルにしておれば、これまた予想以上の大好評ぶりにして、用意せし約1kg弱の肉塊は、一瞬にして諸兄の胃袋へと消え去りにけり。また大鍋一杯炊き出せし御飯さえも、フランス人軍団が味噌汁を打っかけ「ねこまんま」にして食す荒技に出れば、これ見事に完食殲滅され、いやはや彼等の餓鬼の如き貪り具合凄まじけり。宴もたけなわの頃合いを見計らい、JDの冷蔵庫に眠りし生うどんと、五家宝連より残されしうどん2袋を合体させ、しんがりを務めんとする昆布うどんを大鍋にて出すや、これまた一瞬にして殲滅され、五家宝連に名を連ねしとろろ昆布と生うどんこれにて壊滅せり。何より料理の写真なんぞ撮影せんと思いけれど、既に食い散らかされておればそれも叶わず、故に私が調理せし料理の数々は、残念ながら写真にてお見せ出来ぬ次第。
結局タダオ君が持参せし焼酎も、サトコちゃんが持参せし梅酒も、JDが用意せし日本酒も赤ワイン等も、兎に角全て飲み尽くしここに完全粉砕殲滅すれど、こちらも遂に事切れ床にて憤死せり。

2月6日(火)

例によって朝飯はなし、さて昼飯は、JDが冷蔵庫を覗き込みて「あんまり大したものないけど…」と、申し訳なさそうに取り出したる昨昼に食せし贋カルボナーラの残りと、冷凍食品のトマト肉詰めなり。トマト肉詰めは、オーブンにて調理なれば45分も要すれど、JD曰く「電子レンジで調理すると水っぽくなって不味いから」と、電子レンジにて一旦解凍のみ行い、その後オーブンにて調理と云う方法を選べば、成る程この男、冷凍食品等にて手早く済ませんとする味の判らぬ男にあらず、実はかなり料理に煩い四十路独身男ではなかったか。確かにこのJDと食せし品々に於いて、不味かりしもの僅かにして、結構美味なりしもの少なからず。JDは昨昼の贋カルボナーラをフライパンにて温め直すや、そもそもソースが少なければ、今や更にカルボナーラとはまるで別の料理の如きと化しておれど、そこへこのトマト肉詰めを少しずつ崩しながらパスタと合わせ食さば、これまたもや意外にもなかなかの味にして、これを殲滅撃沈せり。

長らく世話になりしJDに見送られ、Paris St. Lazare駅よりノルマンディー地方のRouenへ。オルガナイザーのJ.F.Paux(以下JFP)の案内にて、ホテルの一部たる今宵のライヴ会場Le 3 Piecesへ、先ずはビールにて喉を潤せり。サウンドチェックし、市内を散策後、会場2階のレストランにてJFPと彼の奥さんと共に晩飯、料理は既にJFPに依って選ばれておる様子なれば、果たして何が出て来るやら。
赤ワインを舐めつつ料理を待っておれば、先ず出されしは生ハム+サラダ+ピクルス、本来はパンに挟みサンドウィッチにでもするのであろうが、JFPも奥さんもそのまま平らげておられれば、そもそもパン嫌いなる私も彼等に倣わんとする。生ハムは塩っぱい故にかなり苦手な部類なれど、サラダや甘酸っぱきピクルスと共に食する事で、その塩っぱさを緩和しつつ、また空腹故の勢いにも任せ、これを一気に殲滅せり。

続いて運ばれしは、バターをたっぷり乗せしステーキ+パスタなり。ステーキならば焼き具合をスーパーレアに所望したき処なれど、幸いにも焼き具合は程良きレアにして、パスタもシンプルなガーリックバター風味なれば、是れ全く問題なく、今回のツアー初のステーキを大いに堪能し、これらを完全粉砕殲滅せり。フランス人の云う処の美味なるステーキとは、日本人の嗜好とは異なり、赤身の硬い代物なる事多かれど、流石はブルジョワジー然とするJFP、味の判る男なり。

Share on Facebook

Comments are closed.