AMTとKINSKIの国内ツアーも無事終了。国内では全く無名のKINSKIと、国内での知名度不明のAMTのツアー故に、蓋を開けるまで動員も全く読めず、果たして彼等に纏まったギャラが払えるかどうかも不安であったが、幸いにも多くの方に御来場戴き、大盛況にて幕。しかし今回の名古屋公演と大阪公演で2本もギターを叩き折った上、更に自宅の前にてまさかのレッカー移動、加えてミキサーの修理代72000円也、今や再びすっかり無一文に。人生一寸先は闇か。残ったのは、ツアー中に買い漁った100円均一のカスレコードのみ。
まして連日連夜の酒池肉林ならぬ酒池食林。KINSKIへの接待もあって、寿司、活造り等の海鮮尽くしから、天婦羅、鍋、焼肉からお好み焼きまで、食いに食い飲みに飲んだ。おかげですっかり胃が荒れてしまったが、これもまた国内ツアーならではの事。海外ツアーでは、食い物が不味いせいもあり、斯様な幸せな悩み等あろう筈も無し。嗚呼、これで夜とぎの美女でも居ったならば、さぞや楽しかろうて。
ツアーに於いては、行き着けの店を巡る愉しみ等あるのだが、今回、岡山の「寿司之助」が無くなっていたのは、かなりのショック。100円均一の回転寿司にして、驚愕のネタの良さ。しかしそのネタの良さとは裏腹に、茶髪の板前が握る姿は、決して第一印象の良いものではなかったが、そもそも1皿100円で、あれ程のネタを出せていた方が、全くもって不思議なくらいで、間違いなく「日本一の100円回転寿司屋」であった筈であるが、何ともこの時代に潰されてしまったのか。
名古屋に於いては、トクゾウの近くにある「高麗人参ラーメン秀和」が、AMTのメンバーは勿論の事、ラーメン王こと吉田達也氏は言うに及ばず、内橋和久氏や灰野敬二氏までが御贔屓にするミュージシャン御用達の店。特に「かき揚げラーメン」の絶品ぶりは、この逸品を食したいあまりトクゾウにブッキングを入れる輩が居られる程。初めてこの逸品を注文した折、ほぼ10cm角の立方体にして、海老数匹までも内包する、そのあまりにもかき揚げの概念を越えた姿が、ラーメンの鉢からはみ出している様に驚愕。高麗人参ベースのスープもまた絶品なれば、病み付きになるのも仕方なし。因みに灰野敬二氏は、ここの高麗人参天婦羅がいたく気に入られたよう。
しかしツアーに於いて、最も欠かしてはならぬのは、姫路マッシュルーム近くのホルモン屋「竜」であろう。
ここのホルモンの絶品ぶりは、古今東西いかなるホルモン屋を見渡せど、これに勝るものなし。焼いても良し、鍋にしても良し。ここのホルモンは、まさしく「ホルモンとは何ぞや」と、ホルモンの定義さえも揺るがしかねぬ程。勿論ホルモン以外も、生レバーや生センマイの美味な事、例えようもなし。焼きレバーも生レバーと同じ物を使用する為、軽く焙る程度で戴ける。飯ものも言うに及ばず、石焼きピビンバ等、ホルモン焼きつつビールを飲みつつ戴くのは、此れリハ後の愉しみなるかな。勿論ライヴ後の打ち上げは、ホルモン鍋にて決まり。中村嘉津雄似の主人の駄洒落など楽しみつつ、こちらも大阪人としての面子に賭けて切り返せば、酒の席も一層盛り上がりて、改めて客をもてなす心よく知りたると感心する事頻り。
そんな「竜」ですら、以前はいつ何時訪れても煙と人で噎せ返る程であったが、昨今の狂牛病騒動でご多聞に洩れずすっかり閑古鳥鳴く様子、いやはやまさに人の愚かさに呆れ果てる。旨い物を食って死ぬのと、旨い物を食わずに我慢して生き長らえるのとでは、一体どちらが人生を謳歌したと言えるのか。まして狂牛病は発病するまでに、10年もの歳月を要すると言う。仮に狂牛病になろうとなるまいと、果たしてそこまで自分の寿命があるやどうかも判らぬのに、折角の「竜」を素通り出来る程私は愚か者にあらず。ましてや斯様な愚かしい顛末で、「竜」が店をたたまねばならぬ事にでもなろうものなら、相も変わらず明確な対処が出来ぬ政府や関係者を皆殺しにもしかねぬ。否、それどころか我が身可愛さから「竜」を見捨てた姫路市民さえも、同罪として極刑に処しかねぬ。そもそも姫路に「マッシュルーム」と「太陽公園」と「竜」以外、一体何があると言うのか。
保護動植物等絶滅しようが知った事ではないが、是が非でも「竜」だけは守らねばならぬ。今や平野の「杭全食園」も代替わりし、あの絶品の「マメ」も食べられなくなったこの御時世に、「竜」のホルモンがこの世から消えようものなら、一体何を愉しみにすればよいのか。
こうなれば、毎月マッシュルームでライヴをブッキングしてでも「竜」に通う所存。否、ライヴが無くとも通わねばならぬ。いざとなれば姫路に引っ越してでも、毎日通わねばならぬか。
皆もっと姫路でライヴやって姫路まで観に行って、「竜」でホルモン鍋食うてくれ。
あのHiroshiさんも、「実はなあ『竜』の肉は、牛じゃなくて竜の肉やねん。ロールオーバー恐竜ビョ-。」と言っておられるし、この際皆で「竜」のホルモンを心行くまで満喫しようではないか。まして竜の肉ならば、それこそ不老不死の効能もあるやもしれぬ。
そもそも「竜」のホルモンも食わずして、後生大事にせねばならぬ命等に、一体どれほどの価値があると言うのか。何かしら必要とされている命ならば、これしきの些細事で果てる筈もなく、必要とされておらねば、斯様な事に関わらず召されるであろう等、自然の理と知れ。
(2001/12/21)