『人声天語』 第47回「ビニルに刻む夢」

数年前に起こした交通事故で痛めた膝の具合が、此処に来てどうにも芳しくなく、否それどころか、時折歩く事さえも困難となるここ最近、これではステージに上がってギターを弾けるのも、愈々あと数年の事か等と思えば、何とかゆっくり治療等してみたいのであるが、斯様な暇がある訳でもなし。そんな折、丁度1泊2日の 温泉旅行に誘われ、ではとばかり湯治に出向いた次第。温泉につかり旨いものを食って、嗚呼何と幸せか…と思えるのは、ほんのひとときの事ばかりで、元来回遊魚の如く忙しく慌ただしくしている事が性に合っているのか、次第に腰が落ち着かなくなり、長期に渡る湯治等は絶対に出来ぬであろうと思いつつ、取り敢えずする事もないので、露天風呂で空を眺めていた先の週末。1年に1日程度であれば、斯様な日があっても宜しかろう。

さて帰宅するや否や、ツアーの詳細の確認やら準備やら、また録音の仕上げやら、まあ何とも多忙を極める。されどそんな中、突如自室の模様替えを敢行。最早、人ひとりさえもロクに座れぬ程の狭さなれば、最近購入したシンセを置く事も叶わず、取り敢えず録音作業等がスムーズに執り行なえるように、大幅な改装を始めた次第。手を付け始めて4日目にして、漸く何とか片付いた。しかし何故多忙を極める今、斯様な事に貴重な4日をも費やしているのか。殺人的な雑務の多さに、そこからの一種の逃避とでも言うべきか、何か自分でも理解不能のこの突飛な行動力、パニック心理を一足飛びにして、何やら別の境地へ辿り着いたかの如し。
しかし当サイトのshopzoneから送られた通販の問い合わせメールが、こちらの不手際で、実は3ヶ月もの間、サーバーでストップしていた事が発覚。いきなり数十件もの謝罪メールを送る羽目となった。嗚呼、こんな生活はもうやめたい。音楽を演奏するより、雑務の方に時間も労力も削がれるとは、これぞまさしく本末転倒。これが資本主義社会の底辺と云うものなのであろう。
しかしマイナーミュージシャンが、自ら録音やミックスは言うに及ばず、リリースやブッキングをする事は珍しい事でも何でもない。本来リリースしてくれるレコード会社がないから自分でレーベルを作り、こんなミュージシャンでは興業として儲からぬと思われるからこそ、自分でブッキングせねばならないと云うのが実情であろう。そして全て自分の手で賄っていくうちに、今度はそれなりのプランも湧いて来るのである。

先日、ネットオークションにてダイレクト・カッティング・マシーンを発見。

これは勿論、アナログ盤を自宅で製造出来ると云う代物に他ならない。レーベル共同経営者の東君に早速相談したところ、落札を狙う事が即決。何しろ1枚からLPが作れるのである。夢のような話。勿論これなる機械の存在は知っていたし、かつて山崎マゾ氏もモノラルのアセテート盤カッティング・マシーンを所持していたと聞いていた。たとえアセテートであれ30cm盤を自宅で作れるなら、CDなんぞと云うおもちゃのようなフォーマットでなく、これまたレーベルの可能性も膨らむと云うもので、取り敢えず10万円辺りの額面で入札。我々の長所であり短所である処は「金は何とかなる、若しくは落札後に何とかしよう」と、一度狙えば金勘定は一切後回しな処である。オークション終了時間が、トクゾウで正午なりとライヴを行っている時間である為、いつものように落札する為の姑息な策謀が使えず、兎に角大丈夫であろうと思う額面を入れておく事しか出来ぬ。後はただただ運を天に任せるのみ。
さて愈々ライヴから帰宅し、結果をチェックしてみれば何と落札出来ておらぬ。「何ィ~っ」と落札金額を見てみれば、我々の入札額面の倍額以上である22万4千円。これでは致し方あるまい。我々の読みが完全に甘過ぎたと言うか、世の中には同じような物好きが、あと5人は居たと云う事である。されど一度膨らんでしまった夢は、そう簡単には萎められぬ。では、仕方ないので「あれ」を買うか。

「あれ」とは勿論、Vestaxがその技術を結集して作り上げられたと云われるVRX-2000である。

何と塩化ビニル盤にダイレクト・カッティング出来るマシーンとして、この21世紀に登場した究極の逸品。これを扱うには、Vestaxのカッティング講習会への参加が義務付けられているらしいが、何はともあれ、このような夢のマシーンのリリースに拍手を送りたい。これも一重に、日本最後のレコードメーカー東洋化成が開発した録音用レコードHarmodiscあってこその事であろう。兎に角これは、レーベル設立の引き金となった、初めてCDRなるフォーマットを発見した、あの時以上に興奮してしまう出来事である。
しかし価格が118万円とは、レーベルのこの経済事情を考えるとそう簡単に手が出せる代物でもない。況して我々の経営手腕の無さと云えば、自分達でも笑えてくる程無計画且つ楽天的であり、実際こんな高額機材を導入する等、レーベルを更に困窮させる事となるのは必至であろう。しかしだから「それがどうした」と云うのだ。AMTのポリシーは「やりたい事は万難を排してでもやるが、やりたく無い事は何があろうと絶対やらぬ」である。
レーベル設立は、作品を出したかったが出してくれるアテも無かった為、自分達で出すしかなく、そんな折にCDRと出会った事から始まった。そして今やCDRのリリースに疑問を持ち始め、通常のプレスによるCDリリースへと方向転換しつつある。そしてここで、もしLPを自宅で刻めたら、一体どんなに夢は膨らむだろう。世代的にも我々は、LPと云うフォーマットをこよなく愛しており、今現在CDRでリリースしている感覚で、LPが気軽にリリース出来ればどんなに楽しいであろう。
十代の頃、カセットで作品を40タイトル程リリースしたが、当時何とかソノシートでリリース出来ぬものかと幾度も思ったものであったが、高校生が自由に出来る金なんぞ所詮は知れたもので、結局その夢は叶わず終い。すっかり忘れ去っていたその夢が、遂に現実となるやもしれぬこの機会を、指をくわえて見逃す程、今の私は馬鹿ではないつもりだ。今も金が無い事に変わりはないが、されど金を工面する知恵は身に付けた。私にとっては、ドラえもんの取り出す夢の機械に等しいVRX-2000、何とか入手したいものである。

しかし国内に於いて私の知る限り、アナログ盤リリースのセールスは非常に悪いどころか悪すぎる。やはりレコードプレイヤーを持っていない人が多い事に起因するのであろうか。況してLPはCDに比べて送料も高く経費もかさばる上、結局はLPでリリースすればする程、セールスは今よりも更に落ち込んで行くのであろうか。赤貧に喘ぐ弱小レーベルなればこそ、採算も考えずいろんな事も出来るのであろうが、「夢」を追えば追う程困窮を極めるとは、何と皮肉なものであろう。
結局ダイレクト・カッティングなれば、受注生産で構わぬ故、1タイトル50枚程度のリリースで充分と云う事に落ち着くのか。そもそも「夢」で儲けよう等と思ってもおらぬ。されど「叶えてこそ夢」と知る。

(2001/3/03)

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