『人声天語』 第77回「嗚呼、フィンランド…(前編)」

11月5日、朝9時出発。今日は、先ず陸路にてOsloからスエーデンStockholmへ、そしてフェリーにていよいよフィンランドへの大移動。JurkiとToppiは、久々に故郷に帰れるからか、何でもこの2人は、我々と合流する前にダモ鈴木のデンマーク・ツアーに同行していたらしく、とても嬉しそうな面持ちである。今夜はフェリー内で1泊する。この2人は、当然往路でもこのフェリーに乗船して来た訳で、船内では飯も安いし酒も免税で格安、フェリーに乗船さえしてしまえば、もう明朝まで運転する必要もないので、今夜は飲みまくれると大はしゃぎ。とは云え今日はワンデー・ドライブであり、10時間の長旅の末、夜7時に漸くフェリーに乗船を果たす。

キャビンに荷物を下ろすや、Jyrkiは早速アルコール7%のサイダーをケースで購入、我々にも「これが最高!」と振舞ってくれつつ、運転疲れも何処へやら、調子良く次から次へと缶を空けていく。こちらのキャビンは、JyrkiにToppi、そして東君と私と云う飲んべえ組。津山さん、Cotton、夘木君は、向いのキャビンに。何事にも好奇心旺盛な「お祭り好き」東君は、早速船内探索へ。私とJyrkiとToppiは、シャワーを浴びて、最早空き缶の山と化したサイダーのケースを尻目に、再び酒を買いに行く。Cottonと夘木君も同行、津山さんは既に御就寝とか。免税店で購入した酒を再び飲み尽くし、いよいよその免税店も閉まってしまったので、今度は船内のバーへ繰り出す事にする。船内にはアイリッシュ・バー、ステージで箱バンが演奏しているクラブ、ディスコ、レストラン、カフェ、サウナ、カジノに至るまで何でも揃っている。

クラブへ出向くと運良く箱バンが「ダンシング・クイーン」を演奏している。


素晴らしい! 女性ヴォーカル2人にバックバンドはトルコ男性陣か、ちょっとラテンっぽいアレンジにてスタンダードを演奏しつつ、合間合間にタンゴを挟むや、多勢の老夫婦カップルがここぞとばかり、ダンスホールで踊り始める。後で知ったが、フィンランドと云えばコンチネンタルタンゴのメッカであり、今だに最もポピュラーな音楽であるとか。東君も矢張り酒を求めてやって来て、2人して箱バンのヴォ-カルのネエちゃん2人をウォッチング。ブルネットの方が好みだなあ…なんぞと幸せな気分でペルノーをあおっておれば、深夜1時にてクラブも閉店。

では、と云う事で今度はディスコへ移動。
テクノが大爆音で流れる中、もう2人ともかなり泥酔状態のせいもあって大はしゃぎ。普段テクノなんぞ糞食らえである我々も、数えきれぬ程の美女が所狭しと踊っている姿に欲情、2人してフロアで踊り狂う…と云うのは建て前で、本当は踊る美女に第3次接近遭遇以上に密着し、尻やら乳やら触りまくる…これは既に痴漢行為か。殆ど朝の通勤ラッシュのような人口密度なれば、まあこの程度の戯れ事、彼女達も然して気にもせぬ様子。況してや我々も含めて誰も彼もが泥酔状態且つトランス状態でハイなれば、よりディープなエロティシズム爆裂させている男女もいる事であり、我々の秘かな愉しみなんぞ当世のガキの戯れ事にも及ばぬか。ディスコも閉店、踊り疲れて飲み疲れてキャビンに戻ったのは、既に明け方であった。

11月6日、朝7時半、Stockholmから遂にフィンランドに到着。昨夜の乱痴気騒ぎのせいで寝不足なれば、寝呆けたまま車に乗り込む。港の近くにて、Jyrkiと共に我々のツアー・ドライバーを務めてくれたToppiとはここでお別れ。

2時間のドライブで、今回のフィンランドでのツアーで前座を務めてくれるCircleの本拠地Poliへ到着。Circleのリーダー兼ベーシストであり、Ektro Recordsを主宰するJussi宅へ。昨秋行われたAMTとCircleのイギリス/アイルランド・ツアー以来となるJussiとの再会を喜び、先ずは皆で祝杯。そして早速私と津山さんは、Jussiに中古レコード屋へ連れて行ってもらう。私は、フィンランドの50sヒットやらABBAのスエーデン原盤、更には「フィンランドと云えばサウナ」であるが、「Sauna A Go Go」と云う謎のレコードも、全裸のサウナ美女のジャケットにヤラレて購入。津山さんもBeatlesの「マジカル・ミステリー・ツアー」のオリジナルEPをゲットして御満悦の様子。

さて今夜はこの小さな田舎街Poliにてライヴ。今夜の会場Kinoは、Jussi宅から徒歩数分の為、ドライバーのJyrkiは車を出す必要もなく、「今夜は飲むぞ!」と意気込んでいる。更に彼の奥さんであり今回のツアーマネージャー兼オルガナイザーであるAnnaも今夜から合流すると云うので、より一層テンションが上がっているようだ。

Kinoは古い劇場を改装したクラブで、雰囲気がとても良い。キャパはかなりありそうであるが、今夜のチケットは既にSold Out。Jussiの話では、Poliのみならずこの近郊に住む音楽好きが、全員集結したのではないかと云う事だ。この田舎街でこれ程広いクラブをSold Outにする事は奇跡だ、とローカル・オルガナイザーとしての成功を興奮気味に語っている。

リハ終了後、遂にAnna登場。まさしく「女傑」と云う言葉がぴったりマッチしそうなその剛健なる体つきと全身から発する凄まじいオーラ。顔立ちは、今や35歳で随分と年期の入った具合であるが、きっと若かりし頃は綺麗だったであろうと云う感じで、ストレートのブロンドを肩まで垂らし、されど襤褸襤褸の迷彩スケーターパンツに安全靴、その声もドスが効いており、そのやさぐれた雰囲気は、「女番」池玲子からセクシャルな要素を全て排除し、更に肉体を巨大化させたよう、と云えば想像に易いか。「Are you Makoto?」の一言と共に、いきなりフィンランド特産の強烈な酒「Koskenkorva/Salmiakki」のポケットボトル1本を手土産に頂く。

久々に観るCircleは、前回以上にパワーアップしており、とても好感が持てる。専属エンジニアThimoによるエフェクト処理やヘヴィーな音作りも、そう感じさせる一因であろう。この夜の我々は2時間のセットを、Circleに触発されたのか、壮絶なテンションで演奏。最前列にてCircleのメンバー達が、彼女同伴で踊り狂っていたのが印象的。

終演後、Jussi宅へ戻り、彼と2人のんびりビールを飲みつつ、彼が私に問う。「AMTは弱小レーベルからの少数プレスでのリリースばかりにも関わらず、UKやUSは勿論、ここフィンランドでさえも有名だ。大きなレーベルに所属せず、フィンランドでのディストリビューションも殆どされていないにも関わらず。これは一体どうしてなんだ?」彼は続ける。「フィンランドの某パンクバンドは、ヨーロッパ全土で1万枚のCDを売ったらしいが、UKツアーではとても小さなカフェで、10~30人程度の客を相手に演奏している。これは北欧のバンドでは当たり前の状況。しかし昨秋のAMTのUKツアーは何処も満員Sold Outだった。何故なんだ?」 そんな事云われても判る訳がない。更に彼は続ける。「終演後、俺はKinoのオーナーとバーカウンターに座って話していた。『20年後、俺達は同じようにこのカウンターに座って酒を飲みながら語るだろう、昔この街にL.Zeppelinが来た…と。』俺はとても誇りに思う、AMTがこの小さな田舎街に来た事を。」これ程私にとって嬉しい言葉はない。我々がL.Zeppelinかどうかはさて置き、AMTが訪れた事を誇りに思ってくれるなんぞ、こっちの方が感動してしまった。必ず再びこの地Poliに帰って来る事を約束、結局Jussiとは明け方まで飲み明かした…と云っても、こちらの日の出は遅い。

11月7日、朝9時にJyrkiとAnnaがJussi宅へやって来た。流石に連夜の夜更かしで起きられず、Jyrkiに起こされ、大慌てで朝飯にうどんを食らう。

Jyrkiの運転で、我々5人にAnnaとツアー・エンジニアのThimoを合わせた8名で、Poliから数時間のTarkへ移動。フロントローにはフィンランド勢3人が座っているのだが、Annaが加わった事もあってか、ひたすら喋り続け爆笑している。本当に陽気な輩共である。Jussiが云うには、Jyrkiは80年代以降のフィンランド・ミュージックシーンに於いて、最も重要なミュージシャンらしく、Jussiをはじめ大勢が彼を観て音楽を始めたと云う「伝説のドラマー」だそうだが、今の時点で我々が知る限りのJyrkiは、ただの酔っぱらいのような変人でしかない。

さてTarkへは午後5時着。今宵の会場Saatamoも随分広いクラブである。リハ後、近くのレストランからテイクアウトされた中華料理が、ディナーとして楽屋に積み上げられている。

ここで私と津山さんは、関西人的「根性ババ」な一面を披露。山盛りに詰められた白飯2パックを事前に、今夜の夜食用&明日の朝食用にとこっそりキープ。今宵はアメリカのバンドJackie O Mother Fuckerが、Circleの更に前に演奏するのだが、かつてSeattleにてAMTとKinskiに加えてこいつらと3対バンでライヴを行った折、こいつらがド素人丸出しのしょうむないサイケっぽいインプロをだらだらと際限なく垂れ流した御陰で、我々の演奏時間がなくなり、演奏途中にも関わらず、クラブ側に電源を落とされ強制終了させられた苦い経験がある。

さて我々が飯をキープした御陰で、リハを終えて最後に楽屋に戻って来たこいつらの飯が足らなくなったのだが、どうせハンバーガーさえ食っておれば幸せな阿呆なアメリカ人である、我々にとってこいつらが食い逸れようが知った事ではない。この世は弱肉強食にして、「食うたもん勝ち」である。況してツアーともなれば、いつ何時飯が食えなくなりひもじい思いをさせられるやも知れぬ。実際AMTは、今回も含め大量の食料を日本から持参し自炊している。ホテル等に投宿する等、キッチンがない状況の際でも、何とか対応出来得るように、湯のみでも調理可能なラーメンの類いなんぞまで「備えあれば憂いなし」であり、兎に角「食う」事に関しては、何故か常に危機感を抱いているのである。これもAMTが海外ツアーを始めた当初、金もなく、飯も食えず、本当にひもじいツアーを行って来たからこそのトラウマかもしれぬ。

さてライヴの方は、ほぼ満員の客入りにして、演奏の方も今回ずっと同行しているJyrkiが「最高のステージ」と云う出来であったようである。この夜は、ラストでギターを天井に渡された照明用ケーブルに逆さ吊りに。逆さ吊りにされたギターのフィードバックが、まるでギターの悲鳴のようにさえ会場に響き渡る中、終演。それと云うのも、AMTに触発されたとJussiが大暴れする等、Circleが以前にも増して壮絶なパフォーマンスを繰り広げたからに他ならぬ。Annaは、このJussiの暴れっぷりを観て大喜びし「Rock’n’Roll!!」を連呼。しかしその時、男性客の1人がAnnaにぶつかり彼女が手に持っていたビールを零すや「お前のをよこせ!」と、その客のビールをふんだくる始末。この一部始終を見ていた津山さんは、思わず爆笑。矢張りこの女、とんでもないかもしれぬ。ここのクラブには禁煙ルームが存在し、私が彼女とそこで今後の事等について打ち合わせていた際、タバコを吸う為にホールへ移動しようとする私に、移動する必要はないと云う。「ロックスターはこれでいい」らしい。これには爆笑、勿論「これでいい」ならと、禁煙ルームで堂々と吸わせて頂いた。

今夜の投宿先は、今宵のローカル・オルガナイザーが借りていると云う、襤褸ビルにある彼のバンドのリハーサルスペース。元スポーツクラブであったと云う3階ワンフロア全部である為、とんでもなく広い上、サウナまで設置されている。このローカル・オルガナイザーが、頻りに「サウナに入らないか?」と聞いてくるのだが、こちとらステージにてサウナ以上に汗をかいた後なれば、丁重にお断り申し上げる次第。若い夘木君は「混浴らしいですよ!」と、勇み足でヒッピーおやじ共とサウナに突入。果たして混浴とは云えど、女性陣はいたのか、例えいたとしてもAnnaの類いなれば、入らなかった事を後悔する事もなかろうて。

明日はエストニア、出入国のトラブルを避ける為、荷物は最小限に纏め、機材一式のシリアルナンバーをリスト化せねばならぬ。取り敢えずキープしてあった白飯にレトルトカレーをぶっ掛けて空腹を満たし、明日の荷作り。明日も早朝の出発なれば、面倒臭い煩わしい事柄は、今夜のうちに済ませておく事こそ、ツアー時の鉄則。全部片付けて、ビール1本を空けて午前4時就寝。

(2003/2/17)

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