『人声天語』 人声天語第119回「New Waveと云う名のリバイバル」

先頃行いしヨーロッパ・ツアーの折も再確認したが、今欧米ではNew Waveのリバイバル・ブームの嵐が吹き荒れている模様。僅か1~2年程前までは、猫も杓子も「Kraut Rock!!」と声高に叫びしが嘘の様な、何とも信じ難き変貌ぶりではあるまいか。何しろ最近の大規模なロック・フェスのトリを務むるは何とCureにして、雑誌の表紙等もRobert Smithのデブ面が矢鱈と賑わしておれば、更にMojo Magazineの別冊に至ってはGothic特集なれば、Siouxsie & The Bansheesが表紙を飾ると云う、全くもって信じられぬ有様である。New Waveと呼ばれし音楽が隆盛を極めしは80年代初頭の事なれば、今から遡る事大凡20年以上も前の事であり、今現在三十路を迎えようと云う御仁であれ、当時未だ洟垂れ小僧であった事を考慮すれば、確かに当然の訪れるべくして訪れしリバイバル・ブームかもしれぬ。

私とNew Waveとの出会いとは、中学3年生の時分にラジオで聴きしTGであったか。今やすっかり実業家となられし音楽評論家にしてRockin’on社長である渋谷陽一氏がパーソナリティーを務めしFM NHKの人気番組「ヤングジョッキー」そして「サウンド・ストリート」は、奈良の田舎に住みし私にとって重要な洋楽の情報源であり、毎週欠かさず聴きしものなり。「こんばんわ、渋谷陽一です」あの声が未だ鮮明に耳に焼き付いている辺りからも、その当時の愛聴ぶりが思い出されるか。私が通いし中学校には、洋楽愛好家の同志(まさに「同志」と云う語が当て嵌まる程、「アンチ邦楽」と云う事でその結束は強固たるものであった)は僅か数名にして、お互い雑誌等で知り得た僅かな情報やら交換しては、また兄貴や姉貴の所持せしレコードやら少ない小遣いを貯めて漸く購入せしレコード等を貸し借りし合っては、何かと洋楽談義に花を咲かせたものであったが、特に金曜と土曜の朝は、前夜に放送されし「サウンド・ストリート」の内容について熱く議論したものである。
氏は当時のラジオ番組では珍しく、日本盤が発売されておらぬ新譜やらを輸入盤でオンエアーする事もしばしばなれば、そんな中でTGの「Heathen Earth」やら「20 Jazz Funk Greats」を耳にする事となったのであり、当時ハードロックやプログレ一辺倒であった私にとって、その何とも奇妙な音楽は、私に大いに関心を抱かせると共に、当時自分が作りし音楽との共通点も見出せれば、何かしらシンパシーさえ感じたものであった。当時の私の音楽とは、自分としては「ハードロックと電子音楽やミュージック・コンクレートとの融合」のようなものを目指しておれど、実際にはあまりのテクニックのなさ(何しろノーマル・チューニングなるものが存在すると云う事を、ギターを始めて4年後に知ると云う程の独学ぶり)にして、凡そ所謂「How to play R&R」と云う事に対し余りに無頓着なれば、いきなり即興によってベーシックを演奏し、オーバーダブにてアレンジを施すと云う、今現在もAMTに於いて行使する作曲方法を既に取っており、その出来上がった音楽を初めて両親に聴かせた処「ステレオが壊れたんかと思った」と云わしめる程にして(それ以後、未だに両親は決して私の音楽を聴こうとはせぬ有様)所謂通常の音楽と云う概念から程遠い代物であった。(これらの音源の一部は「Kawabata Makoto Early Works 1978 – 81」CDR10枚組BOXや、イタリアのQBICOがリリースした数枚のLPリイシューに収録)されどラジオから流れしTGの音に、私は友人の洋楽愛好家同志達からさえ相手にされざる自分の音楽に、何かしら確信を得た錯覚さえ生ずれば、それをオンエアーせし渋谷陽一氏ならば、きっと私の音楽を理解してくれるであろうと音源を送付する事を思い立ち、早速氏宛てにNHKへテープを発送せしものなり。多忙であろう氏が、わざわざ直筆にてRockin’onの原稿用紙2枚に返事をしたためてくれし事は、実は返事なんぞ殆ど期待しておらなかった私を大いに驚嘆させると共に「内容はともかく、溢れ出るエネルギーを強く感じました。今後も頑張って下さい」と云う、今から思えば何とも辞令的メッセージを、大いに都合良く誤解せし私は、その後もその氏の言葉を励みに作品を量産する経緯を辿るのである。
既に日本にも紹介されつつあったPunkなるものの音楽性には全く共鳴しかねるOld Wave懐古趣味のガキでありし私なれど、「楽器が上手く演奏出来なくても音楽は出来る」と云うイデオロギーには共感し、私の音楽を誹謗中傷する周囲に対し「これがホンマのPunkじゃ!」と、Punkなんぞ未だ聴き知らぬ奈良の田舎もんに対し、本来の意味から随分都合良く婉曲させては詭弁を発したものであった。されどNew Waveの登場は、私にとってPunkのイデオロギーを昇華したムーブメントとして幾分か興味深く、きっと自分の音楽もこのNew Waveなるムーブメントに属するものであろうと、独りよがりに思ったものであったが、当時の私の音楽はと云えば、最長4時間にも及ぶライヴ・パフォーマンスやら延々と続く爆音ギター・ソロやら宇宙音しか発せぬシンセサイザー等、到底New Waveのスタイルから程遠く、哀しいかな、結局はそういうシーンからさえも相手にされなかったのが実状である。
70年代末から80年代初頭にかけて、当時のPunk / New Waveと呼ばれるミュージシャンが続々と来日すれば、私も小遣いやらバイト代やらを遣り繰りしては、時間と金が許す限り観に行ったものであれど、毎回コンサート会場を後にするに当たり「しょうもなぁ~」とこぼせしものなり。勿論行って良かったと思しきコンサートも幾つかはあれども、矢張り70年代初頭のDeep PurpleやらLed ZeppelinやらPink FloydやらELPやらYesやらの来日公演が観たかったのであり、それらのコンサートは「きっと今日観たコンサートよりもずっと凄かったに違いない」と、大いなる幻想を抱いていた事に起因したのであろう。また街中がNew Waveファッション通称「カラス族」と呼ばれし格好が氾濫すれば、独り時代錯誤なペイズリーシャツに長髪と云うアナクロ・ファッションの私は、「そんなオッサンみたいな服着んな」と馬鹿にされ、挙げ句「気色悪う~」とまで云われども、誰に何と云われようが、どう考えた処で「Rockは長髪」と信じておれば、やはりIan GillanやGlen Hughesの如き顔が何処にあるのかさえ判別出来ぬ程の汚らしい長髪に憧れ、ひたすら髪を伸ばし続けし故、尚の事New Wave一派からは理解を得られなかったのであろう。

されど渋谷陽一氏が「新旧似たもの特集」なるプログラムを放送した際、Hawkwind(「Live Seventy Nine」より)とCabaret Voltaire(「Live at the YMCA 27.10.79 」より)を似たもの同士と紹介するや、成程斯様な系譜にてNew Waveを捉える事も可能かと、大いに感じ入ったもので、それを契機にNew Waveなる音楽を聴き漁りし経緯ありて、ならば矢張り自分の音楽もNew Waveとして捉えられようとも思い直せし。また当時ちょくちょく目を通せしRock Magazine誌上にても、色々と取り上げられておれば、これこそ自分の世代に於けるリアルタイムのムーブメントであろうと、懐古趣味なんぞにて今現在起こりし新たな潮流に背を向けず、その潮流に身を任せしかとこの目で見届けんと、斯様なイベントに参加しては、されど結局New Waveとはひとつの音楽的様式に過ぎぬと云う現実を目の当たりにさせられ、矢張り大いに失望せしものなり。

斯様な私個人のNew Wave体験ではあれど、今再び吹き荒れるNew Waveの嵐を前に、懐かしさ半分絶望感半分なり。New Waveの音楽性とは、あの当時の時代背景であったが故に意味があったのであろうし、単に音楽的側面から考慮すれば、その後のロックを全く退屈なものに陥れし張本人ではなかったか。初期New Waveの「演奏は下手なれど面白い」グループ(Pop GroupやGang Of Four等)も、結局は初期衝動的アイデアの偶発的結実がもたらせし成功例であろうし、故にたとえ彼等でさえミュージシャンとして熟成すればする程に、いよいよ退屈な音楽を垂れ流す結果を招いている事からも、その大罪は明白であろう。況してネオグラムやらネオサイケと呼ばれし名前を挙げるもおぞましき面々の悪影響はと云えば、その後のブリティッシュ・ロックの驚異的レベルの低下具合からも、もう語るにも及ばずと云った処か。「演奏が下手でも音楽は出来る」このイデオロギーの最も悪しき誤解こそがNew Waveであり、そこに初期衝動としての先鋭的アイデアが欠如せし刹那、しょうむないバンドが掃いて捨てる程に登場するや、ロックの先鋭的側面は単に素人の手による最も下衆な戯れ事に成り下がりし。

さてNew Waveリバイバルである。昨夏アメリカをKinskiのギタリストとしてツアーせし折、既にその予兆は十分感じて取れる程にして、Joy DivisionやらEcho & The Bunnymenの如きグループにも色々遭遇しておれば、先日のヨーロッパ・ツアーに於いても、殆どのDJがNew Waveのレコードをプレイしており、今年来年辺りから大ブレイクする事であろう。Kraut Rockブームの際も、表層的には安易に模倣出来るCanやらNeu!やらAsh Ra Tempel辺りに似通ったグループが世界中に百花繚乱したが如く、より一層安易に模倣し得るNew Waveなれば、その類いのグループが大量発生する事は間違いなかろう。何しろ来たる6月から始まるAcid Mothers Temple & The Cosmic Infernoのヨーロッパ・ツアーに於いて、何とPop Groupとの共演さえ用意されている始末である。
海外にて10年以上にも及びしサイケ・ブームもこれにていよいよ終焉なれば、今後海外にての活躍を夢見る御仁は、是非New Waveを演奏されるが良かろう。いずれ日本のNew Wave発掘なんぞ云っては、嘗てのTransやらWechselbalgの作品群が、海外のマニアの垂涎の的となる日も遠くはあるまいか。

温故知新、古きを温め新しきを知ると云うが、これは何も古きものを全て掘り起こし再評価せよと云う意ではなかろう。時には古きものの犯せし罪を知り、それを新しきものに二度と反映させぬと云う意もあろう。そもそもNew Waveとは、20年以上も前の事なれば、今更そのネーミングも片腹痛いわ。されどプログレもとうの昔にprogressiveでなければ矢張り言及出来ぬか。それにしても何故飛ばされしプログレ・リバイバル、時代の流れから考慮すればプログレ・リバイバルが訪れても良さそうなものなれど、プログレこそが二度と陽の光当てられぬ音楽なるか。それも矢張り一朝一夕に演奏出来ぬ音楽性故か、情報化社会に於ける、世界に蔓延せし「よりスピーディーに結果のみを追求せん」とする風潮所以か。そう思えばプログレとは何と前時代的産物なるや。斯様なプログレを未だに愛する自分も、未だに携帯電話さえ持たぬ何と前時代的人間なのであろうか。ならばそろそろ携帯電話でも買ってみるか。否、買わん!

(2004/3/27)

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