『人声天語』 第126回「ゲゲゲの米子境港紀行」

米子のアシッド・フォーク・シンガー阿闇妖子君が築き上げしロックの聖地「水玉の部屋」閉店の報を受け、阿闇君とのソロ対決とAcid Mothers Temple & The MeltingParaiso U.F.O.ワンマンの2daysライヴを行う事と相成れば、東君と新ドラマー夘木君と共に米子へ向かう。
米子と云えば、皆生温泉等の温泉地も近けれど、毎度訪れるは駅前にある鄙びた銭湯「米子湯」なり。番台の爺さんは既に目耳共に相当不自由らしく、金を払うも石鹸を借りるも大変なれば、何しろ誰もが爺さんの耳元にて大声を張り上げねばならぬ有様。
「お・じ・い・ちゃん!さんびゃく・ごじゅう・えん・な!ひゃく・にひゃく・さんびゃく・と・ごじゅう・えん・ほら・こ・こ・に・お・く・で!」
「ぁん…。」
「お・じ・い・ちゃん!こー・ひー・ぎゅう・にゅう・も・ら・う・で!お・か・ね・こ・こ・に・お・く・で!」
「ぁん…?」
「ひゃく・えん・と・じゅう・にじゅう・さんじゅう・で・ひゃく・さんじゅう・えん・な!」
「ぁん…?」
果たしてこちらの話を理解せしや否や、常に「ぁん…」と云った塩梅にして、迂闊にも釣り銭が必要な払い方なんぞすれば、そもそも釣り銭が必要である事を「お・つ・り・ご・じゅう・えん・ちょーだい!」なんぞと再び大声で告げねばならず、釣り銭を受け取るに至るまで相当な時間を要する始末。されどこの爺さんが未だ天寿全うしておらぬ事を切に願い、米子を訪れる度にこの米子湯の暖簾を潜りては、爺さんの姿を拝む事もまたひとつの楽しみなり。
さて米子湯にて旅の垢も流せば、では早速一杯やりたいものと、以前も訪れし焼鳥屋「鶏小舎(とりごや)」へ。所謂ニュースタイルの焼鳥屋にして、最近私の御贔屓なる大阪は天下茶屋の「たゆたゆ」やら名古屋は原の「鶏厨房」同様の雰囲気なり。嘗て訪れし折は、勿論前述の2店の足元には及ばねど、満更味的に悪くはなけれども、この「鶏小舎」の大将、きっと何処ぞで何やら悪しき影響を受けしか、焼鳥を焼くその手付きたるや、近頃の有名ラーメン屋宜しく大仰しいばかりのアクションにして、況して焼鳥は1本180円もすれど味の方はお粗末極まりなく、お前一体何を値打ちこいとんねん!一見ソフィスティケイトされし内装と勿体ぶった盛り付け、この焼鳥屋にしては法外な値段設定、そして大将の胡散臭いオーバーアクションに、きっと米
子市民は騙されているのであろう、店は予約が入る程の盛況ぶりなれば、これも地方都市ならではの哀しさか。もう2度と来る事もあるまいと、金をドブに捨てた気分にて早々に退散せし。
阿闇君とのソロ対決ライヴも無事盛況にて終了すれば、私と東君の云う処の「世界最強の居酒屋」たる「かば」へ。「かば」は鳥取と島根に数店舗を展開する所謂チェーン居酒屋なれど、その値段の安さと海鮮の美味さたるや、矢張り漁港境港に近いが故か、所謂チェーン系列の居酒屋のそれとは全くもって別次元なり。刺身を頼めば1品ごとに1皿ずつせこい盛り付けなんぞせず、これぞ漁師の心意気か全部纏めて豪華且つ大胆な盛り付けにして、その切り方も大いに気前良く分厚き事この上なく、勿論その鮮度の良さなんぞ、サバを頼めば生サバが出て来る程にして、何を今更語るまでもなし。当然の事ながら表に行列が出来る程の大層な繁盛ぶりにして、店長をはじめとする若いスタッフで切り盛りされておれど、インカムにて連絡を取りつつ360席を
見事切り回している様は圧巻。居酒屋にてよくあるオーダーを取りに来ぬ等の対応の悪さもここには皆無、全員が目紛しく店内を駆け回る中「すいませ~ん」と声を掛ければ、行きがけの駄賃とばかり必ずオーダーを受けてくれる上、斯様に忙殺される中ですら客への配慮は欠かさず、頼みし料理が遅れておれば、こちらから進言する前に「お待たせして申し訳ありません、これでもつまんでおいて下さい、すいませ~ん」と、サービスにてブリ大根なんぞ出してくれ、こちらも気分良くなる事こそあれ腹が立つ事ある筈もなし。
「かば」にて、山陰地方の地酒各種を呷りつつ、日本海の海の幸に舌鼓を打つ、これぞ米子を訪れる楽しみのひとつなり。朝5時まで営業しておれば、ライヴ後であれのんびり飲み明かせる事も嬉しい限り。
されど鳥取県警は何を血迷っておられるのか、飲酒検問を朝6時頃まで敢行しておられるらしく、その気炎の吐き具合空恐ろしや。飲酒検問とは精々深夜1時ともなれば撤収されるが常なれば、常々朝まで飲み明かす事で見事検問を回避せんとする我々に対し、これ程の強敵ある筈もなし。阿闇君達の話では、繁華街から徒歩にて駐車場へ向かう者を尾行し、駐車場から車を出した刹那「飲酒検問です」と唐突に現れる事さえあるとか。週末でさえ夜10時ともなれば、主要幹線道路でさえ車通りが疎らとなる米子なれば、確かに違反による罰金収益も大都市に比べれば少ないのであろう、されどそこまで飲酒運転摘発に燃える鳥取県警の気炎たるや赤狩りに燃えし特高の如きか。
我々が投宿せし阿闇君の自宅は、米子の隣町たる境港にあり、境港と云えば「水木しげるロード」を訪れぬ訳にはいかぬ。嘗て東君と九州からの帰り道に立ち寄りし経緯あれど、その折は未だ水木しげる記念館も「建設予定地」の看板しか立っておらぬ程昔の事なれば、ではその水木しげる記念館を訪れんと水木しげるロードへ赴く。
水木しげるロードについては、私が今更ここで語る必要もなかろうが、水木しげる生誕の地境港にある、妖怪ブロンズ像113体(今後も更に増殖し続けるとか)が並ぶ妖怪通りである。各商店は妖怪人気に肖りオリジナル妖怪グッズ等の商品を開発販売、世界にも稀なる妖怪観光地なり。さて水木しげる記念館を訪れれば、その充実のコンテンツには大いに納得、大人700円とはこれまた充分納得の金額なり。その内容は自分の目で確かめてみるべし。
妖怪神社なるも新たに建立されておれば、我々一同も参拝。目玉石たるが御神体らしく、手で触れれば御利益あるとかで、ギャンブラー東君はその霊力に肖らんと渾身の祈りを捧げる始末。さて妖怪おみくじを引けば「半吉」なり。「半吉」って何やねん?
中吉や小吉よりもええのか悪いのか、何とも判然とせぬ。我が今年の運勢またしても中途半端なるか。
折角なので妖怪定食なんぞ何処ぞにないものかと思い立ち、食堂へ赴けども斯様に洒落の利いた逸品なんぞお目に掛かれず、所謂漁港境港ならではの海鮮料理が並ぶのみ。もしも私に食堂でも任せてくれるならば、間違いなく「妖怪食堂」でも開いては「日替わり妖怪定食」に始まり「鬼太ロースステーキ」「ちゃんちゃんこ鍋」「目玉おやじ汁」「砂かけうどん」「ねずみうどん」「ぬりかべ弁当」「一反もめん豆腐」「子なき餅」「河童の三平巻」「人魂カレー」「座敷童子カツ」なんぞ用意し、観光客から荒稼ぎせんと思う処。
されど勿論鬼太郎キャラクターを用いた土産物や菓子類は各種あり、鬼太郎人形焼、鬼太郎回転焼、鬼太郎どら焼、鬼太郎でこちゃん焼、鬼太郎パン、鬼太郎蒲鉾に始まり、「妖怪珈琲」「ねずみ男汁」「目玉のおやじ汁」「妖怪汁」等と云う怪し気なる缶入り飲料、鬼太郎やねずみ男の姿ボトルに詰められし焼酎やら妖怪キャラクターがラベルとなりし地酒各種、特にデザインが容易と云う事もありてか目玉おやじ関連商品の多さは群を抜き、目玉おやじ飴、目玉おやじチョコ、目玉おやじドリンク等目白押し(何しろ街灯まで目玉おやじ!)斯様な中でも秀逸なるは「ふりかけばばあ」なるふりかけか。(姉妹品「ふりかけじじい」もある。)

 

 

 

「水木しげる文庫」なる店にては、更に強力なオリジナル商品を開発しており「化けまん」「人魂のてんぷら」「目玉フロート」「珍味めだま氷」「目玉3兄弟の串刺し」等のジャンクフードから「屁のような人生バッグ」たる通にしか解らぬグッズまで、いやはや水木しげる作品を愛しておればこその逸品揃いか。(詳しくはこちらを参照されたし。http://www.medamaoyaji.jp/)
以前訪れし折は、未だ斯様に妖怪グッズショップなんぞも多く建ち並んでおらねば、手芸店にて、「ぬりかべバッグ」なる、即ち四角い布製手提げ鞄に目玉と手足を付け、ぬりかべに見立てし代物なんぞも売られておれど、より観光地然となりし今、斯様なる素人の手による代物は既に消え去りし様子。あのアイデア一発のお手製な素人感覚が失われ、より資本力を背景に制作されし画一的土産物が並ぶ様は、少々寂しくもあるか。
されど水木しげるロードを歩いておれば、素人の手による何とも愛嬌のある鬼太郎キャラクターに出逢う事もあり、思わず吹き出してしまいながらも、住民参加型による地域一帯妖怪化計画には、思わずエールを送らずにはおられぬか。

 

 

 

 

 

 

と、偶然ねこ娘に遭遇、夘木君は一緒に記念撮影なんぞして貰っておれど、阿闇君の奥方あげはちゃんの話では、人件費の問題なんぞありて、妖怪の着ぐるみを観光客に無料貸し出ししているとか。それを先に伺い知っておれば、是非とも着ぐるみ被りて水木しげるロードを闊歩してみたかったもの。されど私と東君が並んで歩いておれば、立ち並ぶ妖怪ブロンズ像以上に矢鱈と注目を集めており、着ぐるみを被らずとも充分に妖怪の如きなりしか。何しろ子供が逃げて行く程に怖がられれば、ならばいずれ我等のブロンズ像も建立して欲しい処。

 

 

自分への土産として、水木しげるしあわせ座像を購入。何でも境港にある正福寺に水木しげるの傘寿(80歳)を祝い建立されし水木しげる先生記念碑のミニチュアらしく、開運座像、のんき座像、しあわせ座像の3種類有り。箱に寄せられし解説によれば「『幸福』は人類誕生以来の探し物。まずは自分の幸せもいいが、他人の幸せを願ってみたりすると『すとん!』と落ちてくるかも」とか。何はともあれ宗教グッズ収集が趣味の私なれば、これもまた有り難きコレクションのひとつとならん。
水木しげるロードを抜けた先に、鄙びたパチンコ店「ナショナル会館」を発見、興味本位にて思わず偵察に伺えば、これまた時代錯誤なレトロ機種がずらりと並ぶ。もう一世代古い機種であれば、私も思わずひと勝負と思う処なれど、流石に私がパチンコに現を抜かせし20年以上も前の機種は見つからず。近頃レトロなファミコンソフトがブームになっていると伺えば、パチンコもレトロな機種の復活なんぞないものか。

 

水木しげるロードを後にすれば、小腹も空いた故に寿司でも食わんと、今度は夢みなと公園へと向かい「廻鮮寿司境港」へ。ここでもサバはやはり生サバなれば思わず感涙、勿論何を食せど大いに美味なり。東君がかに汁を頼めば、何とお椀に松葉ガニ丸ごと1杯がぶち込まれており贅沢至極、されどこれで何と210円也。続けて私があら汁を頼むや、東君曰く「ハマチの頭が丸ごと入ってたりして」「いくらなんでもそれはないやろ」と笑っておれば、何とまさしくその通り、お椀にハマチの頭丸ごと1個がぶち込まれており大満足、こちらもこれで210円也。

 

さて日本海の海の幸を大いに満喫すれば、夢みなと公園にある「みなとおんせん館」にてひと風呂浴びんとす。格安にて大いに美味なる寿司を食らいし後、今度は入浴料500円にてのんびり温泉に浸かれれば、これぞB級グルメの旅に於ける至福の極みなるか。
ところでこの「夢みなと公園」には鳥のようなキャラクター「トリピー」なるがあちこちに飾られており、一体何がモチーフかと想像しておれば、一見鳥の如き形態を成しておれど、実は何と鳥取名産の20世紀梨なり。20世紀梨に嘴と羽を付け水兵宜しくセーラー服にて身を包むその出立ちは、即ち20世紀梨と鳥取の「鳥」を引っ掛けて作られし様子なれば、この「夢みなと公園」も矢張り鳥取県の地方行政事業の一環によるものにして、道理で斯様に救いようなき姿なるも大いに納得し得る処か。

 

 

結局3日間の米子と境港滞在に於いて、世界最強の居酒屋「かば」には3日連続お世話になり、「3日連続で来て頂いたので」と、またしても特別サービスまでして頂き、最終日に我々と合流せし津山さんも「ここめっちゃええやん!あかん、もう満足したし帰ろか」「津山さん、未だ今からライヴでっせ」と云う程満足されし様子。
AMTのライヴは、既に内装等撤去されし水玉の部屋の最後を飾る事となり、御陰様で満員御礼大盛況にて無事終了。阿闇君、あげはちゃん、3年間お疲れさま、そしてありがとう。水玉の部屋がなければ、米子を訪れる事もなかったであろうし、米子の皆と会う事もなかったであろう。私は所詮ツアーミュージシャンとして時折訪れるのみの分際なれば、阿闇君自身が抱えて来た現実的問題や現実と理想のギャップに対し、何ら協力出来なかった事も事実にして、また彼のこの3年間の努力とその結果は、他の何にも代えられぬ彼自身の財産であるからこそ、「水玉の部屋をロックの聖地に」斯くも熱き想いを抱き、この3年間心血を注ぎし阿闇君に対し、私個人としては軽々しく「第2の水玉の部屋を是非作って下さい」とは到底云えぬ。結局幾ら彼自身が理
想を抱いて頑張った処で、彼の理想の結晶である水玉の部屋を単なる「場所」としか捉えぬ周囲に対し、大いに絶望せしは当然の理であろう。果たして彼が再び水玉の部屋を作らずとも、彼の心の中には永遠に水玉の部屋は在り続けるであろうし、彼のパフォーマンスから我々もそれを感じる事は出来るであろう。阿闇君の生き様に共鳴し、その意志を継ぐ誰かが現れる事こそ、最も望ましい道ではあるまいか。何もかも阿闇君に依存していてはどうにもならぬし、阿闇君が切り開きし道を、水玉の部屋に縁ある皆で拡げて行く事こそ大きな意味があるように思えてならぬ。阿闇君同様に漫画も好きなら、せめて白土三平の「カムイ伝」ぐらいは読んで頂きたい処か。
ところで某食堂のショーウインドにて見掛けし米子名物「がいな丼」とは、カツ丼に海老フライ2本が添えられし豪華丼なり。所謂海老フリャァに大いなる幻想抱きし名古屋人なんぞにとってみれば、きっと何とも贅沢な逸品であろう。東君曰く「どうせ海が近くて海老余ってるからサービスなんちゃう?」そう云えば「かば」の海老フライカレーも超大盛りカレーに特大有頭海老フライ2本と云う豪華さなれば、その説も満更否定は出来ぬか。されど米子の誰に尋ねし処で「がいな丼なんて聞いた事ないっすよ」との返事、そもそも「がいな」とは如何なる意味か。次回再び訪れる機会あれば、是非とも解明せねばならぬ謎なり。

 

 

 

さて米子を発つにあたり、野鳥愛好家の津山さん起っての希望で「米子水鳥公園」へ立ち寄れば「なんや、有料かいな!おちょくっとんな!それに鳥の種類めっちゃ少ないやんけ!」お怒りの津山さんは川原を意味不明の全力疾走、そして斯様なパフォーマンスを以て我々の米子と境港の3日間の旅は幕。

 

(2006/2/2)

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