『人声天語』 第55回「素晴らしきかなWWF(中編)」

以前この「人声天語」にて、「WWFの日本公演とAMTの東京公演のどちらが先に行われ るか」と書いたが、結局TAJIRI登場もあって国内でも人気が爆発したWWFは、遂にこ の3月、二度目の来日を果たした。前回とは大きく異なり、チケットもソールドアウ ト、大スポ(東京では東スポ)も1面にでかでかと取り上げる程の大成功を収めたよ うだ。横浜アリーナの様子は、J-Sky Sportsでの放送当時ツアー中だった為、ビデオ で録画してもらったのだが、あまりの多忙さで未見のままである。

しかし他人から聞いた話ではあるが、何でも日本人による実況解説が相当ひどい上、 かなり試合以外の美味しい部分がカットされているらしく、結局ファンは素直にWWF からプロレスの楽しみ方を学んだ(若しくは思い出した)が、番組製作サイドは、旧 態依然とした日本のプロレス体質のまま何の反省もなく、またWWFのエンターテイメ ント性を皮肉ったり小馬鹿にしたような解説やらを繰り返したらしい。それが事実な らば、WWFを、否、WWFファンを目の前にして、未だに日本のプロレスのプライドを振 り翳すと云う愚行には、呆れ果てて物も言えぬと云うより、「日本のプロレス(特に 新日と全日)を殲滅せん」と云う、一種殺意にも近いものさえ覚えてしまう。

さてそんな世界中で人気急上昇中と云われるWWFが、突如社名を変更しWWEになったそ うだ。「ワールド・レスリング・フェデレーション」から「ワールド・プロレス・エ ンターテイメント」へ。よくよく見れば棒が1本足されただけだが、社名変更による 損失は、関連施設の作り直しからグッズに至るまで、何と100万ドル(1億3千万 円)を越えるとか。そもそも社名変更を余儀無くされた理由は、もうひとつのWWFこ とパンダのマークの世界自然保護基金と長らく争われていた同一ロゴ裁判で敗訴した 為。されど僅か1年で新設アメフト・リーグXFLを捨てた男ビンス・マクマホンであ るから、既に「Get the F out(Fを取り除け)」と書かれた「WW」だけのロゴTシャ ツをカメラクルーに着用させ、抵抗キャンペーンを展開しているそうだ。

更にこれで 自然保護なんぞと云う鬱陶しいものを、完膚なきまで馬鹿にするようなストーリーで も仕込んでくれたなら、アンチ・エコロジストの私としては痛快な事此の上ないのだ が。自然保護だの動物愛護だの地球に優しくだの、そんな事なんぞ知った事ではない。 絶滅するものは絶滅すればよい。それが本当の意味での「自然淘汰」若しくは「自然 の法則」と云うものであろう。WWFがECWを吸収し仇敵WCWを買収し、アメプロ業界を 独占したところで、結局パンダには負けると云うのも、これまた「運命(さだめ)」 であっただけの事である。

しかし長年慣れ親しんだWWFから、新たなWWEに馴染むには、たかが名称と云えども少々 時間がかかりそうだ。何事も移り変わっていくのは常なれど、思い入れが深ければ深 い程、新しいものとは受け入れにくいものである。
WWF(私は、自分なりに納得出来るまでは「WWF」と云う旧称を使用する頑固者である) で一番御贔屓にしているジ・アンダーテイカーが、長期休業から復帰の際に「アメリ カン・バッドアス」にキャラクター・チェンジした時も、況して10年以上のファン 歴を誇るが故、バイカーファッションで「ラストライド」を決める姿より、白眼を剥 いて「ツームストーン」を決める姿をついつい追い求めてしまった。しかしその新た なキャラクターに漸く馴染んできたと思いきや、事もあろうかテイカーはデビュー以 来の長髪を切ってしまい、何やら破落戸のような妙な短髪にしてしまったではないか。 またこれを受け入れるには、私にとって多大な時間が費やされるだろう。私がテイカー に望んでいるものは、当然「ただ強いレスラー」と云う姿でもなければ、「アメリカ ン・バッドアス」でも「デッドマン」でも「聳え立つオヤジ」でも「生き続ける伝説」 でも「ロッカールーム・リーダー」でもない。プロレスと云うフォーマットの中で、 大技を喰らおうが「Sit Up」で無気味に蘇る、例え棺桶にぶち込まれようが、生き埋 めにされようが、必ず蘇生するターミネーターの如き人間離れした、威圧感溢れる 「恐怖の権化」としての側面である。仮に「アメリカン・バッドアス」であろうが 「デッドマン」であろうが、その空気感があれば問題ないのだが、最近頓にやられっ ぷりが良く(勿論やられっぷりが良いと云う事は、素晴らしいプロレスラーとしての 最低条件であると思うが)、妙に普通の不良中年に見えて仕方がない。
そんな折、久々に「封印している」筈の「ツームストーン(墓石)パイルドライバー」 やら懐かしの「埋葬フォール」を披露、これには思わず感涙。これであと「封印した」 と云う「白眼剥き」をやってくれれば文句無しであったが、そこまでは望むまい。し かしこれで今現在のテイカーに、急に親近感を覚えたのは、矢張り手前勝手なファン 心理と云うものか。それともこれこそエンターテイメントたるものの甘い罠か。

矢張りファンが飽きてうんざりする前に、先手を打ってキャラクター・チェンジする 事は、「sports entertainment(娯楽スポーツ)」である限り永遠の命題であり、そ れが成功するかどうかに、そのレスラーの真価が問われる。昨年のレッスルマニア以 降に於けるまさかの「オースチン・ヒール化」は、当初スマックダウンの視聴率急落 等、あちらこちらで物議を醸したようだったが、結果としては大流行語「WHAT?」も 生み出した訳であるから、大成功と云う事になる。また情けないヒールだったカート が、偶然にもあのテロ事件の直前にベビーフェイス化し、結果まさしく「アメリカン・ ヒーロー」になる等、成功する者は矢張りそれ相応の星を持っているものだ。HHHに した処で、結局昨年の故障による長期欠場が、現在の彼の新たなポジションへと導い たと言えるのではなかろうか。ヒールであれベビーフェイスであれどちらにしろ、結 局は両方上手くこなせる事が、キャラクター・チェンジの効果をより有効にし、結果 として息の長いスーパースターへの道を開く。
それにしても、漸くそのキャラクターがお馴染みとなって、人気がピークに達する頃、 突如の「裏切り」行為によって、惜し気もなくキャラクター・チェンジさせてしま うWWF首脳陣の反保守的な姿勢には恐れ入る。人気がピークを迎えれば迎える程、そ の人気を堅持継続させたいと思うのが当然で、故に大きな「変革」は普通二の足を踏 みがちになる筈である。勿論キャラクター・チェンジに失敗して、挙げ句には解雇さ れる者も多かれど、一方で例えキャラクター・チェンジに失敗しても、再び以前の人 気キャラへ戻り、懐かしのキャッチフレーズでアピールすれば、逆に以前はもう聞き 飽きていたそのフレーズさえ新鮮に感じてしまい、結果「やっぱりこれだ」的な定番 キャラクターを築き上げる事に成功し、中堅辺りでしっかり自分の場所を確保する者 もいる。 そういう意味でもY2Jことクリス・ジェリコは、ポスト・ロックになれるか どうか、今から先が正念場であろう。

このあまりにも馬鹿馬鹿しい程のキャラクター設定こそが、WWFがWWFたれる所以であ り、「エンターテイメントは芸術である」と大見得を切れるアメリカであるからこそ、 ここまで支持されているのであろう。故にスノッブな感性を備えるフランス人には非 常にウケが悪く、私の友人でWWFを認めるフランス人は一人もいない。彼等には、こ の「馬鹿馬鹿しい世界」を理解する事は不可能であり、否、それ以前にアメリカを極 端に嫌っている為、理解しようとさえ試みない。否、そもそもプロレスを見た事もな ければルールも知らず、勿論「プロレスとは何たるか」も知らない訳であるから、先 ず質問されるのが「これはリアル・ファイトなのか?」「この血は本物なのか?」と 云う、我々を唖然とさせる極初歩的な事柄のなのである。

AMTがツアーに於いて、WWFのTシャツ等着ていたりすることには、かなりの賛否両論 があるようだ。そもそもそれは、1st以来のジャケットから連想する「60年代ヒッ ピー風」なイメージとそぐわないからであろう。しかしそれは彼等が抱く幻想として の「サイケ」やら「ヒッピー」のイメージであり、唯一の女性であるにも拘らずツアー 中殆ど毎日DXのシャツを着続けているCOTTONを筆頭に、1ヶ月のロードの間「着のみ 着のまま」でどんどん薄汚れて行く事の方が、レトロなヒッピーファッションで着飾っ た輩より、ある意味余程ヒッピー的ではなかろうか。
あるライヴレヴュ-に於いて、「彼等は『キャッチフレーズ』の書かれたTシャツを 纏い、ヒッピーと云うよりは『プレイステーション・ジェネレーション』のようだ」 と云う一節を見掛けたが、紛う事なく我々は「プレイステーション・ジェネレーショ ン」であろうし、決してレトロなヒッピーに憧れている訳ではない。パンクが当初の スピリットを失い、形骸化したしょーむないガキのお遊びに成り下がったのと同様に、 俗に言うサイケも、次世代や次々世代によって形骸化した上辺のみが継承されている 為、単なる「ファッショナブルなマニアックなロック」に成り下がっていると言えよ う。我々はただ「誰からも指図される事なく、自分の好きなように生きたい」だけで ある。大体アメリカ人のくせにWWFを知らんとはどう云う事だ。

ツアー先で、我々がWWFに触れるにつけ、殆どのアメリカ人のミュージシャンやらファ ンは怪訝な顔をする。日本では、この手の音楽のファンやミュージシャンが、実は大 のプロレスファンであるケースが多いが、本場アメリカでは全く斯様な事はない。そ もそも引用されている音楽やファッションが、HIPHOPやヘビメタであるから余計であ るようだが、そんな事は抜きにしても、あの面白さを理解出来ぬとは何とも可哀想な 事よ。現在のアメリカのこの手のミュージシャンやら客は、意外にも「真面目」であっ て、本来サイケが持っていた筈の「脳天気さ」が皆無である。故に「真面目」にジャー マンロックやサイケのリイシュ-を聴き漁り、「真面目」に自分達の音楽を作ろうと している、が故にそれ風の音処理を施した全くもって退屈極まりない上辺だけのしょー むないお粗末な物ばかりが氾濫横行している。「脳天気さ」や「いい加減さ」が内包 されてこそサイケなのではないのか。
大抵のアメリカで知り合うミュージシャンはAMTの事を「TOO CRAZY」と表現するが、 ベジタリアンでタバコも吸わぬは酒とドラッグも嗜む程度で俯き加減に寡黙に棒立ち で演奏し話してみればごく普通のいい人である彼等からすれば、あまりに当然の事か もしれぬ。別に我々はクレイジーでも何でもないが、自分達の好きな事を好きなよう にしかやらないだけである。兎に角大酒を飲み、その間に灰皿は「チョモランマ」と 云われる程に溢れ返り、WWFグッズと中古レコードに目がなく、何故か全員で勝手に キッチンを占拠しては自炊し大飯を喰らう。仁義に厚く筋が通らぬ事を極端に嫌い、 気に入らぬ事があれば即座に怒り狂う。そしてステージでは大爆音でホタえまくり、 更には借り物であろうが機材は破壊するはギターは叩き折るは客席にダイヴするは、 出鱈目極まりない。そもそも「真面目」にやるロックが何処にある。ロックとは幻想 でありスピリットであって、それはまさしくWWF然りなのである。
たとえつい先日まで会場中から大ブーイングされていたスーパーヒールでさえ、一旦 ベビーフェイスに転向するや、今までの極悪ぶりは全て帳消しして熱いエールを送る と云うWWFファンこそ、、まさしく真のプロレスの楽しみ方をよく心得ていると言え よう。結局、面白いものをいつ何時でも「面白い」と楽しめるニュートラルな感覚こ そが最も大切である事を、WWFとWWFファンは教えてくれる。

等と云いつつも、矢張りビンテージ・アンダーテイカーに対する想い入れは強く、昔 のテイカーのフィギアやらTシャツやらを探し求めてしまう自分も、未だリングで活 躍し続ける「短髪アンダーテイカー」をもっとリアルタイムで楽しんでおかねばなら ぬと反省。もうそろそろ四十路も近いテイカーが、いつリングを去ってもおかしくな い事は事実であり、なんだかんだ云うた処で、テイカーがWWFのリングから完全に消 え去ってしまってからでは、全て後の祭りである。

しかしそれでも97年の「レッスルマニア13」で3度目のタイトルを奪取した時の ベルトを掲げる写真が、私の部屋には今も燦然と飾られている。

(2002/5/15)

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