『人声天語』 第58回「地獄変・夏」

夏期は山小屋の番人を務める津山さんを、彼の薮沢小屋がある南アルプス仙丈ヶ岳の梺「仙流荘」まで、今年も食糧等と共に送り届け、これでいよいよ夏の到来を実感する。来週のGUY UNITのライヴ以外では、もう津山さんは8月末まで下山せぬ故、AMTの録音スケジュールは此処迄自ずと過密さを極めたが、されど今日より私も、漸く時間に対して多少のゆとりを持てるやもしれぬ。残すオーバーダブとミックスは私の務めなれば、後は締め切りに間に合うよう、全力を尽すのみ。

サッカー狂信者の東君は、一大イベントW杯の終了と共に、生きる糧を失いし廃人と化すも、諸事情にて住み慣れた囲炉裡付き「東庵」を7月いっぱいで追い出される事となり、再び四畳半一間のアパートへ。膨大な荷物を収めるべく、現在その四畳半を何と3層構造に改装中とか、恐るべし。

斯様な具合に、各々の夏が到来した訳であるが、夏嫌いの私にとっては地獄の季節である。
一体何が嬉しくて、日本の夏は斯様な程に暑いのか。否、一体皆は何が嬉しくて、斯様に暑い中を出掛けたり出来るのか。私なんぞ朝起きて夜寝るまで、ずっとクーラーの効いた自室に閉じ籠りっきりにして、如何に外出せぬようにするか、そればかりに腐心するあまり、食糧や煙草、日用品に至る等、生活必需品は全て、週1度涼しい夕方を選んでは買い出しに出掛けねばならぬ。気温20度を越えると体に変調をきたす為、況してや35度を越えれば生死にも関わる故、兎に角無闇矢鱈と不用意に外出をせぬよう務めている。迂闊に酷暑の昼日中に外出しようものなら、もう二度と生きて自宅には戻られぬかもしれぬ。

そもそも陽に当たっていると「太陽に酔う」らしく、まるで乗り物酔いのように気分が悪くなり、吐き気や頭痛を引き起こす。何しろ、夕陽に向って車を走らせているうちに、正対する夕陽に酔い、すっかり気分が悪くなってしまう程である。故に私の部屋は、生まれて初めて自室を与えられた12歳の折より今日に至るまで、常に全ての窓は潰され日が差さぬように工夫されている。不動産屋で物件を探す際も「北向き・陽当たりゼロ」が好ましいので、比較的探し易く割安である。冬は如何に冷え込もうが、快適気温が5度~15度なれば、温暖化が進む昨今は暖房器具さえ要らぬ有様にして、久々に冷え込んだ昨冬であれ、-3度までは暖房器具を使わずに暮らせた為、先ずは問題なし。これらからも察せられる通り、明らかに普通の人と体感温度に格差があるようで、故に皆が適温と感ずる25度辺りでさえ、エアコン等で除湿せぬ限り、既に夏バテ状態となってしまう。

さて斯様な私の暑さ対策とは、思想上の問題から、この「暑苦しい」長髪を切る事は許されぬ上、髪を束ねる行為も好まぬ故、兎に角それ以外の努力によって、何とか切り抜けるしかないのである。

1)兎に角クーラーに縋る。
金はかかるが、これが一番手っ取り早く且つ確実にして快適である。 クーラーの送風口に直接顔を当てている時の至福感に勝るものなし。

2)冷水等で、手首を冷やす。
静脈中の血液が冷却されるので、かなり効果有り。 耳たぶも効果的。

3)喉が乾いたからと云って、無闇にビールを飲まない。
喉越しはいいが、後で逆効果となり、余計暑くなる。夏は麦茶に尽きる。

4)夏期限定の「冷麦」「西瓜」「かき氷」等の冷たい食品を口にしない。
食後、何やらじんわりと暑さが忍び寄ってくる為、全くもって逆効果。更にスタミナも不足がちになり、夏バテする要因ともなる。季節感を味わうのは、季節の野菜と魚で充分。

5)外出はなるべく避け、出掛けても涼しい夕方~深夜に限定する。
日中の酷暑を知らぬように務め、「今年はあまり暑くない」と自己暗示をかける事こそ、「生きる」と云う見地からも重要。

6)暑いと云うだけで非常に怒りっぽくなる為、面倒臭そうな事はなるべく回避。
無理してやった処でロクな結果にならぬ上、挙げ句の果てには、怒り狂って破壊衝動に駆られてしまう。細かい作業等は、涼しい夜に済ませるよう心掛ける。

7)ハードロック等の「暑苦しい」音楽を避ける。また「南国」をイメージさせるものも厳禁。
暑苦しい音楽を聴くと、それだけで暑くなってくる。またレゲエやらアフロ系やらトロピカルなものは大嫌い故、ちらっと耳にするだけでも無性に腹が立ってくる始末。腹が立つと暑くなる故、先ず避けられるものは避けることこそ肝心。

8)夏の到来前に、部屋の模様替えを敢行。
クーラーの冷気が効率良く部屋に行き渡るように、家具をレイアウトせねばならぬ。また散らかっていると、それだけで苛々が募り怒りっぽくもなる為、整理整頓こそ平静を保つ大きなポイント。しかし何処に何を置いたか忘れ怒り狂う事も多く、時には逆効果。

9)トイレに行く回数を減らす。
クーラーのないトイレこそ地獄。なるべく用向きも手早く済ませる事こそ肝心。

10)恋に落ちる。
夏の暑さより、自らが更に熱く燃え上がりさえすれば、酷暑さえもまた涼しかろう。クーラーの効いた女性の部屋で怠惰に過ごす夏こそ、まさしく「真夏の夜の夢」。されど恋のお相手は何処に?

真夏に限り、昼12~4時頃の最も暑い時間帯に、クーラーの効いた部屋で眠るようにし、夜から朝にかけての涼しい時間帯に、クーラーで更に冷やした部屋の中で、快適に仕事をこなす事が好ましい。そもそも気温が高いと音の輪郭がぼけるので、特にミックス等する場合は、室温が低いに越した事はない。
また暑さで外出の回数が減る故、当然の結果として中古レコード屋へ行く回数も減り、無闇に散財せずに済むと思いきや、近頃はネットオークションなるものの御蔭で、全く関係なし。懐が寒くなったとは云えど、決して涼しさを感ずる事はない。
熱いお茶や食事は、食後に涼しさを感じられるが、食べている最中は地獄にして、滝のような汗を滴らせてまでの努力は御免被りたし。されど冷たいものを口に入れては、歯痛や頭痛がするよりはマシであろう。

片やAMTの東君は、自称「世界一花火大会が好きな男」にして、一方で如何に小さな盆踊り大会であれ、あの太鼓が聴こえてくれば即踊りの輪に参加する「盆踊り好き」であり、更に土佐っ子らしく海が大好きで、兎に角夏が、そして夏のイベントが大好きなのである。
かつて彼と花火大会に赴いた際、怒濤の群集にすっかり花火どころではなく、それ以来二度と花火大会には行かぬ私とは対照的に、彼は独りでもビールを携え、夏の間は毎週末、何処ぞの花火大会に足を運ぶ。
10年程前であったか、彼と共に、今となっては何故野球盤だったのかは覚えてもおらぬが野球盤ゲームとビーチパラソル、そしてクーラーボックスいっぱいのビールを携えビーチへ行った際、駐車場のオバハンが「シャワーと脱衣所はこっちだよ」との声に、「俺ら海に入らへんから、野球盤しに来ただけやねん」と答えれば、「あんたら不健康やなぁ」と愛想尽かされたが、兎に角パラソルの下でひたすらビールを煽り、野球盤ゲームに明け暮れ、時折ビーチギャル・ウォッチング等したものであった。夏→海→ビールと云う図式もまた、 彼にとってはささやかなるイベントなのである。

さてビーチギャルと云えば、かつて四国へ里帰りした東君から「四国のビーチギャル」なる雑誌を貰った事がある。ここには、地元四国は勿論、他所から遊びに来たビーチギャルも含め、400余名の水着写真が満載され、更に「抽選でお気に入りのビーチギャルの携帯番号を教えちゃう」特典まで付いていた。残念ながら、年刊誌と思われるこの雑誌は、第1号のみで廃刊になったようであるが。

されどどうせ同じビーチギャルなれば、地中海辺りでフランスやイタリアのビキニ美女に臨みたいものである。とは云え、ヨーロッパは夏期はホリデーにして全てのクラブもクローズしてしまう故、ツアーに行く訳にもいかず、かと云って、ハイシーズンなればフライトチケットも倍額であり、そう易々と赴ける道理もなし。
結局は、未だ見ぬ地中海のビキニ美女に想いを寄せつつも、この日本に於いて、蚊の猛襲にさえ疲労困憊し、うだる暑さで死ぬ思いの中、一刻も早くこの地獄の季節が過ぎ去るを待つのみにして、今年もただ忙殺される日々を送るのであろう。
嗚呼、されど矢張り地獄の季節なればこそ、せめて少しでも「幸せを感じられる場所」に居たいものである。前述の10番目の項目ではないが、この酷暑さえも楽しめる情況が得られるならば、如何に幸せであろうか。せめてクーラーさえ無い南仏の古いアパートの一室にて、美女と怠惰な愛欲の日々を過ごす方が、汗のかき甲斐もあると云うもの。

と、したためつつも、蚊に喰われた箇所に液状ムヒSをぬっているのが、哀しいかな現実である。

(2002/7/02)

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