『人声天語』 第63回「素晴らしきかなWWF(後編)」

UEHの1stを漸く出荷。本来は6月にはリリースする筈だったのが、様々なトラブルにより、ここまでずれ込んでしまった。発売が遅れる事で困る事は唯ひとつ、出荷出来ないと云う事は、即ち入金もないと云う事で、その間レーベルはひたすら借り入れ金の返済に終われ、月々の金利がボディブローの如くじわじわと効いて来て、気付いてみれば借り入れ額は満額にまで達しており、今や持ち出しで何とか返済している状態である。この窮状を打破すべく天から与えられた千載一遇の好機、ツアー記念盤となるAMTライヴ・アルバムで起死回生を目論んでいるのだが、されど今やプレス代金すら都合つかず。リリース出来さえすれば、今度のツアーで大量に売り捌ける事は必至なれば、プレスにかかる日数を考慮し、早急にマスターを上げねばなるまいが、実は未だミックスに手さえ付けておらぬのが現状。4日後には、山口を皮切りにしたKawabata-Pauvrosの国内ツアーが始まってしまう。あと3日でミックスを終えプレス工場へ発送せねばなるまい。そしてプレス代金はどうするか。それにしても何故締切り直前迄、何も出来ぬのであろうか。そもそも斯様な拙文を徒然なるままにしたためている場合ではなかろうに。

斯様に忙しい中、WWFのビデオ「RAW IS WAR」や「SMACK DOWN」を一日一回分は観たいと云う大義名分の下、最近は、せめて夕飯ぐらいはゆっくり頂こうかと、2時間程かける事にしているのである。ツアー続きで、録り溜めたビデオを観る時間も見つけられず、いよいよ現在進行している処から一年近くも遅れを取っており、ネタバレを恐れて、迂闊にWWF関連サイトを覗く事も許されず、同じWWF愛好家同士であろうとも、ストーリーの展開について等の話も出来ず、これはいかんと一発奮起して、漸く今年の2月辺りまで追いつく事が出来た。そして漸く去る3月に行われた日本公演のビデオまで辿り着いたのであるが、この日本製作の番組の酷さは一体何だ。
先ず会場の貧相さと云えば、たとえ横浜アリーナであっても、日本のプロレス同様の、リングのみに照明を当てる「陰気」な雰囲気、入場口の貧弱さ、とてもWWFとは思えぬ、まるでK-1か全日か新日か、と云ったところ。常に客電を灯す事で、会場全体にとても明るい雰囲気を作り、会場とリングの一体感を重視するWWFとは思えぬ、この酷い演出には驚きを隠せなかった。

そして何よりも、アナウンサーが日本のプロレス中継のスタイルのまま、阿呆の一つ覚えのように淡々と技の解説やらをダラダラ喋っているかと思えば、ゲストの小川(こいつは本当に阿呆であろう…)の100%的を外した解説に、唯々呆きれるばかり。WWFの魅力とは、そのエンターテイメント性をフューチャーしたパフォーマンスと恐るべきスピードで展開するストーリー、そしてそれらを見事にフォロウして余りある、JRとキングを筆頭とする実況陣のハチャメチャな実況ぶりにある。故に、一時期キングが解雇された際、代役としてポール・ヘイマンが抜擢されたが、キング不在の実況に、幾許かの寂しさを感じた人は多かった筈である。
兎に角、小川の阿呆と無知極まりないアナウンサーのしょうむない発言は、聞いているうちにむかつくばかりで、田尻の一試合を観ただけで、もうその先を観る気さえしなくなってしまった。J-SKY SPORTSも何故もう少しマシな人選が出来なかったのか。杉作J太郎あたりを引っ張り出してくれば、さぞや面白く観戦出来たであろうに。

春にRAW組とSD組に分けられ、そしてまさかのオースチンの事実上解雇が決まって以来、WWF人気は本国アメリカでも下降の一途を辿っているとかで、ファンとしては寂しい限りである。HBKの復活も人気回復の起爆剤になるどころか、元々怪我で引退を余儀無くされた彼の古傷悪化により、結局中途半端な形で再度現役引退となるようで、WWFに復活したホーガンも、来たるレッスルマニアでの引退説が真しやかに囁かれ、ロック様は映画出演に忙しく、Y2Jもヒール化が成功したとは云い難く、屋台骨を背負って立つテイカーさえ、一体いつまでリングに立っていられるのか、確かに今現在のWWFは、かなり苦しい状況であると言えよう。
かつてビンス・マクマホンが、新フットボール・リーグXFL設立の為、WWFの現場から遠離り、それまでメイン戦を背負って来たテイカーとオースチンが休業すると云う状況では、HHHとステファニーの極悪政権の下、ロックやマンカインドが何とかその穴を埋め、またダッドリーズ、ハーディーズのような次世代のタッグチームが登場し、見事にその逆境を乗り越えたWWFではあるから、今回もきっと何らかの荒治療で復活するであろう事は想像に易い。そもそもライバルであったWCWの滅亡が、WWFの人気下降の大きな一因と云われるが、そのWCWの選手、更には吸収合併したECWの選手等、必要以上に選手を抱えている事が大きな負担となってしまっているのではなかろうか。されど「ディズニーがライバル」と云って憚らぬビンスの事であるから、肥大したWWFさえも見事にコントロール出来るであろうし、私のような貧乏人の視点で、巨大企業WWFの未来を憂うなんぞ、そもそも愚の骨頂でしかないか。ただ選手達にしてみれば、団体内での競争は、以前にも増して熾烈を極め、さぞや大変な事であろう。しかしそれ故に、オースチンやロックに代わるスーパースターも出て来ようと云うものか。

今度来日するJ.F.Pauvrosが、以前Gongについて語っていた事を、ふと思い出した。
60年代末か70年代初頭、彼がフランスを車で回っていた折、その車が故障し近くの修理工場へ持って行ったが、修理には相当の日数が掛かると告げられ、ではここらで何処か泊めてくれるような場所はないかと尋ねた処、長髪の彼を見たその修理工は、「もうすぐ一台のバスが来るから彼等に頼んでみれば」と教えられたと云う。その言葉通り一台のバスがやって来て、彼が宿泊を頼んだ処、「じゃあ俺達のビレッジへ来い」とバスに乗せてもらい、彼等のビレッジへ連れて行ってもらった。それがGongだったそうで、彼はメンバーと意気投合、結局そのままGongのツアーに同行し演奏するようになった。行く先々で、面白いミュージシャンがいると、「一緒に来ないか」と誘っては、Gongはツアー先でどんどん巨大化していったとか。
これは至って惣命期のGongであったようで、その後は誰もが知っているGongのストーリーとなる訳であるが、WWFもまさしくGongと同じく、多くの才能をブラックホールの如く吸収し、巨大化を続ける。プロレス団体もロックバンドも、共にキャラバンであり、旅なくしてはその意味も成さない。そもそも両方とも単なる「見せ物」であり「興業」である。勿論トラブルも数限りなく、人間関係で揉める事も多かろう。されど「旅に出る」事とは、人間としてもっと大きな意味や意義がある。旅をせぬ人間は、たとえ多くの知識を書物等から得ていようが、それが身になり骨になる事はなかろうから、結局はただの知識オタクでしかない。旅をせぬ人間の説教ほど、説得力に欠けるものはなかろう。「経験の伴わぬ知識なんぞ何の意味さえ持たぬ」と知れ。

もうすぐまた2ヶ月に渡る海外ツアーが始まる。ようやく少々追いついたWWFも、これでまた大きく遅れを取る事となろう。一体いつになれば追いつけるのやら。今年の年末は、WWFのビデオをひたすら見続けねばならぬ羽目となりそうである。されど昔のビデオも、また久々に見直したいのも事実。鍋を突つきつつのWWF三昧、それも満更悪くはあるまい。
個人的には、98~99年あたりのWWFの雰囲気が好きではあるが、今やアメリカのスポーツ・エンターテイメント界の天下統一の偉業を成し遂げたビンス・マクマホンが、更に強固なる絶対君主体制を築き上げたとも言える今こそ、一体これから何を見せてくれるのか、いよいよ彼の真の狙いが見えて来よう今後の展開は、大いに興味深い。相変わらずセコい騒動を、スポーツ新聞紙上でしか繰広げられぬ日本のメジャー団体のお粗末さに対して、ディズニーやハリウッドをライバル視するビンスの野望は、一体何処まで拡がるのか。

WWFの最終回を観るまでは、死んでも死にきれん。

(2002/9/10)

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