『人声天語』 第85回「嗚呼、フランス…(後編)」

12月2日、朝9時起床。キッチンでパスタを茹で朝食を済ます。Audreyのルームメイトは前回訪れた時と変わっており、今は綺麗なギリシャ女性が住んでいる。

昼過ぎに約束通りRosinaがやって来た。何を話したのかはっきり覚えておらぬが、昨日のコンサートの事、オクシタン・ミュージックの事、Rosinaの今後のプラン等であったように思う。彼女の大ファンである津山さんに「何か質問ありますか?」と彼女は尋ねるが、緊張しているのか津山さんは何も聞けぬ様子。彼女の家の花の写真をAMTの新譜「Univers Zen ou de Zero a Zero」に使った事、またFractal Recordsが作った限定111枚のポスターにもその写真があしらわれている事を告げるや、大層喜んでくれ、彼女にそのCDとポスターを渡すと、このポスターに何か日本語でメッセージを書いて欲しいと頼まれる。皆で相談するが、普段あれ程しょうむない事は次々思いつくくせに、こういう改まったものとなると緊張して何も思いつかぬ。結局「永遠の歌」と書く事にし、その意味を問われたので説明するや、大層感激されたのだが、これもL.Zeppelinのライヴ盤の邦題「永遠の詩」からパクったようなフレーズなれば、なにやら気恥ずかしいやら情けないやら複雑な心境である。いざと云う時の自分の語彙の少なさには全くもって哀しくなるばかり。

Rosinaが帰るや入れ替わりにFredericが登場。彼も仕事の昼休みと云う事で、ここまでさよならを云いに来てくれた。たまにしか会えぬ友人と過ごす時間は、他の何にも代えられぬ。

さて今宵はBordeauxにてライヴがある為、午後3時過ぎにAudreyのアパートを発つ。勝手知ったるToulouseなれば案内なくとも駅ぐらい歩いて行ける。列車に乗る前にオルガナイザーであるSonoreのFranckに電話するが通じず、Maryleneの携帯電話に連絡を入れ、列車に乗り込む。

午後7時Bordeaux着。Maryleneが駅まで迎えに来てくれ、一緒にバスで今宵の会場Zoobizarreへ向かう。ここも今まで何度も演奏しているお馴染みの場所。前回Maryleneがマネージャーを務めていたOWUNとここを訪れた際は、もうひとつの対バンであったアメリカのバンドのビールを、皆で全部飲み干してやったものであった。

サウンドチェックはもう時間も然程ないとの事なのでせず。ディナーは楽屋に用意されたビーフシチュー。あまりの美味さと空腹に、我々AMTはハイエナの如く貪り食うや、一瞬で鍋は空となる。

客入りは良くなく今回のツアー最低であろう50人程度か。DrewのグループPsychic Paramountは、どうやらドラマーと他のメンバーの間に問題があるようで、クラブ内のバーにて神妙な面持ちで話し合っている。終演後も楽屋にて、かなり険悪な空気の中、何やら言い争っている有様。

さて我々の演奏も、昨夜がどうやら今回のツアー最後のハイライトであったのか、全員疲労の色は隠せず、テンションもイマイチ上がり切らぬ。Rosinaとの共演も終え、自分の中で何か緊張の糸のようなものが切れてしまったようだ。

「Pink Lady Lemonade」の途中、私がグリッサンドギターを演奏するや、凄まじい中域による強烈な倍音が発生、それがステージ中央に立つ東君を直撃、「気が狂うかと思った」と云う彼は、シンセを抱えて客席へ避難する一幕も。「La Novi」の序盤に突然ブレーカーが吹っ飛ぶアクシデントが発生。数分後に復旧されたが、その間にアカペラで繋いだ為、曲を大幅にカットする結果となり、この日のライヴは随分体力的に救われたものとなった。過労で倒れそうな我々に、神様がしばしの休息を与えてくれたかのよう。

終演後、顔を出したSonoreのFranckと、近所のアイリッシュ・バーへ、東君共々飲みに行き雑談。彼は来たる1月から1年間日本に滞在するとの事で、既にToulouseでのRosinaとの共演の話も聞いて来た様子、日本に滞在する間に何か一緒に仕事が出来たら等、ビール片手に語り合っておれば、バーが閉店。「See you in Japan!」そう云って帰って行った。

我々はクラブの2階にて宿泊。「あと2日で終わり」そう自分に言い聞かせねば、もう気力も失せ倒れそうである。ベッドに入るや一瞬で爆睡。

12月3日、朝10時起床、されど増々目覚めが悪くなって行く。表のトルコ料理屋にてサンドウイッチを食す。ツナが何より嫌いな津山さんは、よりによってツナ&野菜サンドを選択してしまう。カフェでエスプレッソをやり、出発の用意。

今日は一気にスペイン国境近くのPerpignanまでの長旅。Perpignanはまるでスペインのような風景の観光地であり、前回初めて訪れて以来、我々のお気に入りの場所のひとつでもある。先ずToulouseまで戻り、そこでMarseile行きに乗り換え、途中Norbonneにて再び乗り換えPerpignanを目指す。途中、180度見渡せる広大な地平線に架かる特大の虹に遭遇。これには全員猛烈に感動。またParpingnan近くに、海の上を列車が走るかのような場所が続き、所謂干潟の上なのだろうが、初めて野生のピンクフラミンゴを、それも大集団を見た。動物園ではペンギンと共にお馴染みの鳥であるが、これにも大いに感動。

夕方5時過ぎにPerpignanに到着。駅で我々をピックアップするべくやって来たDrew一行も、丁度今Perpignanに到着したばかりらしく、ロング・ドライヴにかなり疲れている様子なれど、彼等もあの虹を見たと興奮している。

Maryleneと共にTGVの予約カウンターへ出向き、最終日のGrenoble発Paris C.D.G.空港行きのTGVの予約を済ませておく。何しろこれだけは何としてでも乗らねばならぬ列車である。この列車は我々の携帯する時刻表に載っておらず、彼女がインターネットにて調べてくれたもの。無事予約も済ませてみれば、いよいよ「帰国」の2文字が脳裏をかすめ始める。

今宵のクラブCrock Moreは、美女オーナーBeaが経営する。


見た目はゴシック系の妖艶な感じであるが、話すと気さくな可愛い女性であるBeaは、何とオーナーでありながらバーテンとエンジニアをもこなす働き者である。彼氏もクラブで働いており、顔立ちはまるで若かりし日のジョー山中。ここも前回訪れているので勝手知ったるもの。

サウンドチェックは疲れている為せず。用意されたディナーはBBQソーセージとサラダ、そして私の嫌いなクスクス。サラダとソーセージのみを食し、後は赤ワインをあおり続ける。蕁麻疹が快方に向かい始めた東君も、遂に赤ワインを解禁。「フランスに来てワインが飲めない事程辛い事はない」とは本人の弁。

前座に地元のバンドが演奏。トリオ編成のRuinsの如きで、確か前回ここで演奏した際も、彼等が前座であったと記憶する。Beaによると「Perpignan唯一のアヴァンギャルド・グループ」らしい。

DrewのバンドPsychic Paramountのお家事情は悪化の一途を辿っているようで、誰もドラマーと口さえきかぬ。更にほろ酔い気分のDrewは私にいろいろ愚痴なんぞ垂れ、Maryleneもそれに付け加えるかの如く愚痴をこぼす。一方孤立しているドラマーは、1人の女性客を口説いている様子。演奏の方もそのチグハグさのせいか、初日のような精彩はない。

私は赤ワインの飲み過ぎと疲労が重なり、もう泥酔状態で「Cotton、お前ギターも弾いてくれ。」と、既に立つことさえ出来ぬ状態。それでも出番となれば何とか気力のみで演奏はすれど、もう全員の疲労が滲み出た演奏の荒さである。矢張りToulouseでのRosinaとの共演が終わったと同時に、何かの緊張の糸が切れてしまっている。スポーツで云えば消化試合の如きで、金を払って来てくれている客に申し訳ないと思えど、もう体が全く云う事を聞いてくれぬ有様で、更に左手の感覚が肘から先まで殆ど失せている状態なれば、ここらがもう限界なのか。「アストロ球団」にて3段ドロップは6球以上投げると投手生命が断たれる云々の下りがあったが、AMTも連続ライヴ回数には限界がありそうで、終演後はもう全員廃人状態。Shopzone社長こと津山さんも今日の営業をもって「閉店宣言」をしたが、それも当然であろう。

ここでまたしてもギャラが盗まれると云う事態が勃発。今回はMaryleneが管理を怠ったせいでの事らしい。泣きじゃくる彼女を前に、あまりに疲れており斯様な煩わしい事なんぞどうでもいい我々「ギャラはいらんから」の一言で片付けてしまう。

今宵は豪邸であるBea宅へ宿泊。明日は終演後移動し飛行場へ向かう為、今宵がDrew達との最後の夜でもあり、彼等も同行。されどドラマーの彼は客を口説くのに成功したようで、その女性宅へ行ったらしい。今回のツアー中で初めてドラマーが同席しないシチュエーションに、勢い余りDrewが爆発、ドラマーへの文句が出るわ出るわ。それならと「もうクビにしたらどう?」と云えば、「この後、イタリアでSuicideとのツアーがあるから」とそれも叶わぬらしい。ひと通り文句も出たところでお開き、Drew達はホテルに宿泊するらしく出発。津山さんは、前回ここの部屋の中に設置されている豪華なバスダブにて「いるかショー」を披露、今回も皆でそれを愉しみにしていたのだが、肝心の津山さんは疲れていてそれどころではなく既に爆睡中。私と夘木君2人はリビングでビールを飲み続け、午前4時半に就寝。

(2002/2/23)

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