AMTの録音で忙殺されたこの夏、何しろ4枚組CDを含む8枚のアルバム(事実上は11枚)と2枚のEPを同時進行で製作、更にリイシュー2タイトルのマスタリング、全く終わりの見 えぬ仕事に対し、唯々精神力と創作意欲のみで向き合うのみ。更に数年前から依頼されているソロ3枚と他のユニットのアルバム4枚も、忘れた頃にレーベル側から催促のメールが届く有様。されど9月はDare Devil Bandとつるばみの国内ツアー、10月~11月はJNMFでの海外ツアーと、録音作業を進めようにも、殆ど自宅に居れぬでのあるからどうにもならぬ。どうやら仕事の半分は来年に繰り越されるであろう事間違いなく、一体何故斯様な状況になってしまったのやら。リリースするアテさえない作品を、細々と宅録していた頃が懐かしい。嘗て生涯でZappaより多くスタジオ録音作品を作ってみたいと思っていた事があったが、このペースで製作し続ければ、それさえ充分射程距離内に捉えられそうである。同じミュージシャンでも寡作の御仁も多ければ、結局私は多作家の道を選んだと云う事であろうか。「月刊河端」と云われる程、これだけ連発してリリースを続けておれど、飽きもせずに聴いて下さる方々が世界中の何処かに居られると云う事は、ミュージシャンとして本当に幸せな事である。
過ぐる3月、Toulouseでのフェスティバル「Festival Des Arts Electroniques」の中の一夜「 Nuit Electro-Acoustique(電子音楽の夜)」に出演した折、私は電子音楽祭であるにも関わらずオクシタン・トラッドのミュージシャンMarc PerroneとAndre Minvielleと共演する事となり、そこでオクシタン・トラッド歌手Rosina de Peiraと再会、彼女の口から新譜「Gospel d’Oc」をセルフリリースする事を聞かされる。Rosinaの前作は、確か95年にリリースされた「anue`it」であると思うので、8年ぶりの新譜となる。70年代初頭からの活動に於いて、今まで僅か7枚のアルバムしかリリースしておらぬ、所謂寡作な彼女の久々の新譜と聞けば、とても興奮せざるにはおれぬ。況して昨年11月に教会で行ったアカペラ(無伴奏独唱)のライヴ録音となれば、彼女の「うた」を満喫出来る事間違いなしであろう。昨年初めて彼女と会った際、幸運にしてアカペラでのパフォーマンスに接する機会に恵まれ、その素晴らしさは、このCDを聴かずとも既に体験済みであった。彼女の「うた」を生で体験した際、「アカペラのCDがあればなあ」なんぞと思っていた事もあり、この「Gospel d’Oc」のリリースの報に思わず狂喜したのである。
彼女から「CDのブックレットに何かメッセージを寄稿して欲しい」と、光栄な依頼を受けたはいいが、はてさていざ書こうとするや、彼女の「うた」の素晴らしさを、私如きの文才では到底筆舌に尽くし得ず、今更ながら己の無能ぶりに呆れ果てる始末。
このCDは、彼女の自主製作にして、流通は殆ど通販のみで賄う所存らしい。嘗て「Revolum」と云うオクシタン・トラッドのレーベルを設立し、自らの作品のみならず、多くのオクシタン・トラッド・ミュージシャンの作品のリリースに尽力した彼女であるが、今回は「Revolum」からではなく(「Revolum」は現在全く別の人間が経営)、まさしく「自主製作」と云う言葉が意味する通り、全て彼女ひとりの手によって行われるそうだ。「あとどれくらい生きられるのかわからないけれど、もう一度一から始めたい。」今年の春で70歳を迎えた彼女は、この「Gospel d’Oc」を再び「第1作」として再スタートするつもりらしい。
「Gospel」と云う英語をタイトルに冠した理由を彼女は、「オクシタンの音楽をより多くの人達に聴いてもらいたい。『Gospel』と云う言葉の本来の意味は、アメリカ黒人音楽である事は知っているけれど、奴隷として虐げられたアメリカの黒人達と、フランスに侵略され虐げられたオクシタンの民とは、何か共通したスピリットを持っていると感じる。友人達は『ロジーナ、何故英語なんかをタイトルにするんだ?ゴスペルは黒人音楽なんだ。オクシタンの音楽とは何ら関係ないじゃないか。』と不満げに語るが、私にとってはオクシタンの音楽もゴスペルも同質のもの。そしてアメリカ嫌いなフランス人に向けてのメッセージでもある。フランス人は決してオクシタンの音楽なんて興味もないし聴きもしないだろうし、私も今更フランス人に聴いてもらおうと思わない。遠く離れたアメリカや日本でも私の音楽を聴いてくれている人達がいると云う事が、何より私を勇気づけてくれ、そしてこの作品を出そうと決意した理由でもある。『Gospel d’Oc(オクシタンのゴスペル)』これほど私の再出発にとって、ぴったりの素晴らしいタイトルはないと思う。」と語っている。
しかし全て彼女自身の通販でと云った処で、彼女は英語が全く話せないのであるから、結局アメリカや日本から通販する事は、至って困難を極めると言えよう。そもそもHarmonia Mundiあたりがディストリビュートすれば1000枚のCDなんぞ一瞬で捌けてしまうであろうが、矢張り大手に依頼する事は彼女の意思と反するようで、私個人の力なんぞ極々微々たるものなれど、少しでも彼女の「うた」を多くの人に聴いてもらいたいと云う気持ちから、ディストリビューションを手伝う事を約束してしまう。実は今までディストリビューションなんぞきちんと行った経験もなく、結局はRosinaに代わって自分が通販を行ったり、AMTリリースと同じ流通ラインに乗せると云った程度しか叶わぬ事はわかっておれど、それでもきっと何もせぬよりは良いであろうか。AMTでオクシタン・トラッド「La Nòvia」をカバーした事で、AMTファンの間から「オクシタン・トラッドを紹介して欲しい」との要望が相次いだ事は事実で、僅かながらも彼女の意思に報いる事も出来ようか。
斯様な経緯から、私がこの「Gospel d’Oc」を販売する事となった次第。当AMTサイト内にも「通販案内」のページをアップしてある故、興味のある方は是非ともチェックして頂きたい。また卸売にも応じる所存故、卸売を希望される御仁がおられれば、是非御一報を。一般販売価格は送料込みで¥2000に設定させて頂いたが、Rosinaから買い上げた原価+フランスからの送料を枚数で頭割りした金額+諸経費(プラスティックケース代+封筒代等)から算出したもので、こちとら別に暴利を貪ろうと思っている訳ではない事、何卒御理解頂きたい。発送はなるべく迅速にと心掛けておれど、ツアー等で不在の場合は遅くなると思われるので御了承の程を。
全20曲、既にRosinaの旧譜で聴き親しんだ曲も多く、されど現在の彼女の「うた」は、それらが全く別の曲であるかと思われる程、 一層円熟味を増しパワフルにして、時に厳しく、されど慈愛に満ち優しさを内包する。このCDを聴く度に、昨年初めて彼女の生の歌声に触れた瞬間の「背筋に電流が走り全身の体温が急沸し直後に凍り付くような感覚」が蘇る。(特に「Se Canta」での観客の大合唱する下り等は、私も嘗て目の当たりにし、そして一緒に合唱の輪に入った経験もある故、尚一層のことである。)常々「素晴らしい音楽」に出会いたいと思う一心から、レコード等を闇雲に買い漁って来た私であったが、ここにその究極に1枚と出会えた喜びは、まさしく何物にも代え難い。Rosina本人へは勿論の事、最初にRosinaの存在を教えてくれた津山さん、Rosinaとの出会いをセッティングし通訳として同行してくれたAudreyに、感謝の気持ちを述べると共に、この素晴らしい音楽をより多くの人達と共有するにあたり、今度は微々たるながらもそこに貢献出来る事を喜びとし、せめてもの返礼に代えさせて頂きたい。
(2003/9/8)