『人声天語』 第44回「寒到来にて候」

愈々ツアーがあと3週間後に迫り、つまり新譜4枚の締め切りも残す処あと3週間と云う事になり、仕事量や効率から推察すると、これは最早絶対無理な相談であろう。毎度の事ではあるが、また幾つかのレーベルには泣いてもらおう。今や「非情のライセンス」と「赤穂浪士」のビデオを観ながらの食事の時間のみが、録音作業から解放される瞬間であり、また午前中には、昨夜迄の作業状況をプレイバックしながら、iMac相手に雑務をこなせば、漸くこの拙文をしたためる時間も僅かながら確保出来る。通販業務もすっかり滞って、苦情もいろいろ寄せられている有様で、通販会員の方々本当に申し訳ありません。今日明日中には、全部発送致します。今や通販業務が稼動しているのは、事実上1ヶ月に1日か2日の事となり、故に発送も月1~2回程度に凝縮されてしまっているのが現状。当初は、リスナーと直接コンタクト出来るからと始めた通販であったが、予想以上に通販会員の申し込みが多かった事と、それに伴う雑務に忙殺される余り、気がつけば全く対応しきれなくなり、結局今や苦情が寄せられるだけで、本当にこういう類いの仕事には全く向いていない事を痛感。ネットオークションならば、評価は-100ぐらい容易に達してしまっているであろう。

せめてもの救いは、国内でのライヴを激減させた御蔭で、恒例だったツアー前のドタバタ劇は、辛うじていつも程ではない。ツアーのブッキングについても、1人で切り盛りしている為、愈々細かいディテールの詰めになってくると雑務が激増する。移動手段の手回しひとつ取り上げても、最も安価で且つ確実に全日程をカヴァ-する道を探さねばならない。ヨーロッパ・ツアーに於いては、予めパスを購入しておいて列車で移動する為、出発前の根回しは然程必要ではなく、時刻表と睨めっこしつつ、果たして1日でこの距離を移動出来るのか、ライヴの時間には間に合うのか等、 精々斯様な事柄の確認さえ済んでおれば、後は野となれ山となれであるが、アメリカやイギリスに於いては、バン等での移動となるので、運転手やスタッフが同行するのかせぬのか、果たしてこの距離を移動するのにどれ程の時間を要するのか、ガソリン代は、フェリー代は、レンタバンならそのコストは、運転手がいるならギャラは等々、予め調べておかねばならぬ項目は多岐に渡り、更にはアンプ等の機材の調達、宿泊先、更に1人のツアーマネージャーが全日程を仕切っていない場合は、日程の調整からあらゆる連絡に至る迄、各オルガナイザーにメールで問い合わせ、各々と様々な事を折衝話し合わねばならない。日本とは異なり、質問しても返事がなかなか返って来ない事は常識であり、それ故に先の予定との折衝が困難を極める等、全くもって日常茶飯事である。昨年のような一カ国内での2週間程度のツアーならば、ブッキングも至って容易であるが、矢張り2カ国以上に跨がる1ヶ月にも及ぶツアーとなると、そうはいかぬ。更にはいろんな輩から、ツアーの日程や会場に関する問い合わせは勿論の事、オープニングアクトとして使ってくれ等と云った共演依頼、観光するなら案内しますと云った何とも御親切なもの、インタビュー依頼に始まりラジオの出演依頼やらインストアライヴの依頼等々、ツアー告知をするや否や、夥しい数のメールが当方に殺到する。屑メールを除いても、多い日には100件を越すメールが届く中、こちらは一度目を通したところで、余程わかりやすく整理保存しておかないと、「あのメールって何処にいったんや?」「何か重要なメール来てたと思ったけど何やったかいな?」と云う有様で、何しろ削除しても削除しても受信トレイにはあっという間に、1500件~2000件ぐらいのメールが溜まってしまう為、逆に一度見失うと発見するのは困難至極。
況してや、5月からのヨーロッパ・ソロ・ツアーのブッキングも同時に行っている為、頭の中もかなり混乱を極め、またこちらの方は、オルガナイザー個別に話を進めている上、ブッキングが上がって来るのがヨーロッパ気質で遅い為、スケジュール調整が一層困難を極め、もし私のフランスへの熱き想いが希薄なれば、絶対ブッキングの途中で音を上げている事間違いなし。しかし教会での演奏やら、FredericやAudreyのバンドUehとの共演、J.F.Pauvrosとのデュオ・ツアー等も組めそうなので、苦労の甲斐もあると云うものか。何しろ再びフランスに行けると云うだけで、私は充分に至福の悦びを感じてしまう。

しかし不思議なもので、年を越す迄は、今年の予定は今回のUS/UKツアーでさえ詳細未定であり、まして他の予定等全くの白紙であったのだが、年を越すや否や、既に今年の12月迄のツアー予定がほぼ決定している。リリース予定に至っては、当然まだ録音さえ始めていない、来年発売予定のものまで既に決定しており、是即ち来年いっぱいも休む事叶わぬ訳で、この赤貧に喘ぐ暮らしぶりなれば、まさしく「貧乏暇なし」である。近頃は、不眠不休体制で録音している為か、流石に睡眠不足と過労からか、体調は至って不調の一歩を辿り、更には事故の後遺症から患った膝の悪化で、時折歩く事さえ困難なれど、ツアーに向けてそんな状態では臨めぬ故、これは何とか温泉にでも浸かって養生したいと思うのであるが、そんな金も暇もなし。
「働けど 楽にならざる 我が暮らし 降り積む雪に 寒き懐」

と、昨日ここ迄したためた後、一気に容態が悪化し、何しろここ数日、雪が降っているにも関わらず、余りに部屋が狭すぎて、ストーブを始め一切の暖房器具さえ置く事が出来ぬ為、日頃いくら「寒いのは平気だ」と自負していようが、連日気温が氷点下を記録する中では、流石に身体の芯迄すっかり凍てつき、そう云えばここ数日は、布団に潜り込んでも依然身体が冷えたままで、案の定床に臥せる羽目となった次第。昨夜は久々に雪も降らず、一楽さんがドラムを務めるブギチャイルド名古屋公演に招待されていたのだが、残念ながら出向く事も叶わなかった。
「旧友と 会う愉しみに 風邪差して 床に伏せれば 雪さえ降らねど」

寒いと云えば北欧、その北欧はフィンランドのネオサイケ・バンド「CIRCLE」から新譜のライヴCDが届いた。彼等とは、昨秋のイギリス・ツアー以来親交を深め、今秋には再び我々の北欧ツアーに同行してくれる。
彼等は至ってメンバーチェンジが多く、その都度音楽性も変化してきているようで、かつてCAPTAIN TRIPからもリリースしていた事から御存知の方も居られようが、されど誰に伺い聞いてもその内容は、あまり評判の芳しいものではなかったようだ。確かに今や世界最高峰のレベルを誇る日本アンダーグラウンドの水準から比べれば、彼等の旧譜は決して好盤とは云い難い。されど純粋に音楽的好奇心旺盛且つ向上心溢れる彼等なれば、昨秋の我々とのツアー時でさえ、日々こちらの影響を受けてか進化していく様は明らかで、そう云う見地からも、今回の新譜はなかなか今現在の彼等の姿を映し出したカオス渦巻く力作であると言える。特に正式ヴォーカリストとなったMIKAの凄まじさは、一見の価値あり。
「雪に乗せ 北から届きし 友の音 最果ての地の 懐かしき顔」

雪が散らついたここ数日、一昨朝に至っては数cm積もる中、我家の鬼畜猫「ちび」の姿が見えなくなった。ストーブ猫と異名を取る程の取り分け寒がり屋である彼が、この雪の中で一体何処を彷徨っているのか心配しておれば、何とかつての十兵衛死亡現場とほぼ同じ、我家と向いの家との間にある深さ2m 幅15cm程の隙間で、眠るような姿で死んでいるではないか。取立てて死亡するに思い当たる節もなく、死因は全く不明なれど、ただこの寒さのせいか、死後数日経っている筈であったが、全く腐敗もしておらず、それどころか凍り果ててピカピカと輝いている姿には、鬼畜猫でありながらも人一倍の憶病者で甘えん坊であった彼が、最後は遂に天へ召されたのであろうと思わせるに充分な程、神々しく安らかな死姿であった。とりわけ出来の悪い奴ほど可愛いもので、彼を溺愛していた私のこの悲しみを紛らわせるには、せめて彼の次の転生に於ける幸せを祈るより他はない。

「雪纏う 骸眩き 凍て果てど 小さき御霊 天に召されつ」

(2002/2/13)

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