『人声天語』 第105回「さらば我が愛しのコロッケ…」

長らくツアーで留守にしていた故、久しぶりに近所の御贔屓にしているスーパー「フレッシュ共栄」(第42回「スーパー・スペシャルな愉しみ」を参照)を訪れてみれば、何と「閉店セール」と書かれたポップが目に飛び込んで来るではないか。ここ数年の間に、超大型ショッピングモールの様相を呈した「ジャスコ」を筆頭に、ここら界隈にも数店の大型スーパーが進出、従来の個人商店や公設市場、小さなローカルスーパーは、軒並み姿を消しつつある。これも諸行無常と一言で片付けてしまえばそれまでだが、何とも風情のない寂しい顛末である事か。
「フレッシュ共栄」と云えば、何を差し置けども手作りお惣菜屋「吉田屋食品」である。前回も触れたが、ここの「おいしいコロッケ(3ケ140円也)」は秀逸にして、自家製漬け物の美味さたるや筆舌に尽くせぬ。また「天カス(山盛り50円也)」は、うどんを常食とする私にとっては必需品なればこそ、その有り難みを知り過ぎて余りあり、時折かき揚げを揚げた際のエビやら野菜やらの屑さえ混じっておれば、それがまた嬉しい事この上なし。天婦羅屋の善し悪しは、天カスにて判断出来るそうだが、確かにここの天婦羅を含めた揚げ物全般、至って美味なれば、その説にも納得し得ると云った処。されど壁に貼られた表彰状を眺めれば、実はこの吉田屋食品は「煮豆」の老舗だったのである。

「フレッシュ共栄」は、昭和31年創業と云うから、概ね創業50年の老舗である。当時のここいら界隈の様子など知る由もないが、今も多く残る文化住宅群から察するに、中~低所得者層による下町であったと思われる。近くにある「雁道商店街」「滝子商店街」と云う2つの商店街の中間に位置する事から考慮しても、創業当時はこの2つの商店街の衰退に、多少は影響を与えた存在であったのかもしれぬ。そして今、今度はその「フレッシュ共栄」が、大型スーパー進出の影響等により、その半世紀に渡る歴史に幕を下ろそうとしている。
私の実家がある法隆寺で有名な斑鳩町にも、かつて並松(なんまつ)商店街、竜田商店街、駅前ストアを擁した駅前商店街なる3ケ所の商店街が賑わっていたのだが、大型市場「いかるがデパート(通称いかデパ)」が創業するや、並松商店街と駅前商店街は衰退し、更に「ジャスコ」進出により、竜田商店街も衰退の憂き目に遇わされてしまう。そしてまた新たなスーパーが次々オープンした事から、デパートとは名ばかりの時代遅れな市場「いかデパ」も知らぬ間に消えてしまった。このような風景は、日本中いかなる地域であろうと見受けられるであろうし、珍しい事でもなかろう。されど通い慣れた店には、何かしらお気に入りの逸品やらがあるもので、今回の「フレッシュ共栄」に於けるコロッケやら漬け物同様、「いかデパ」閉店の折には、妹が御贔屓にしていたたこ焼き屋も併せて閉店となり、随分と寂しがっていたものである。勿論その後、そのたこ焼き屋がどうなったかは、彼女の知る処ではない。
そして今回の「フレッシュ共栄」の閉店により、もうあの「おいしいコロッケ」も漬け物等も金輪際食せる事は、ほぼ絶望的となった訳であるが、お気に入りの食堂が潰れたり、御贔屓の拉麺屋等が代替わりして味が変わってしまうのと同様、これもまた仕方なし。美味しいものは食べられるうちに食べておけと云う事か。

何事も斯様なもので、「いつでも手に入る」等と云う類いの何の保証もない安堵感から、実は御無沙汰無頓着を決め込んでいる事が如何に多い事か。中古レコード屋に於いて、目のつけた高額なレア盤があれど、その店を訪れる度に「まだ売れてないな」と確認すればそれで安堵してしまい、「高額だからそうそう誰も買わぬだろう」と手前勝手に「心の取り置き」なんぞと高を括っておれば、そのレコードが売れてしまった暁には「何故あの時に買っておかなかったか」と後悔する事しきり。女性もまた然り、多忙にかまけて多少疎遠にでもしておれば、若しくはいつも一緒にいてくれるものと手前勝手に安堵しておれば、知らぬ間に新しい彼氏なんぞが出来るのは当然の理である。病に倒れて初めて知る五体満足健康でいられる事の幸せ、これもまた同じような事であろうし、髪や地肌へのダメージも顧みず、ブリーチ等を繰り返しては、ある日突然若禿げに悩まされる等と云うエピソードも同様か。時間は売る程あると思ってのんびりしておれば、気付けば人生の峠を越していた等、今更取り戻せぬものについては救いようもなし。
ここ数年、ツアーに出掛けた処で矢鱈と疲れ果て、流石に自分の年齢を思い知らされる。「こんな筈ではない」と思った処で、現実はこんな筈でしかないのである。況してこの春のヨーロッパ・ツアーにて、過労から肋骨を傷める有様なれど、以前にも肋骨の骨折を押してMusica Transonicのライヴを行った経緯があれば、大した事なかろうと過信し、さていざ演奏してみれば、ストロークするだけで実はかなり痛かったりもする。昔やらかした交通事故の後遺症で両膝も傷めておれば、時折ステージで立っている事さえ辛い時もある。取り柄はタフな事ぐらいかと自負していたが、若い時に無茶したツケが、今頃になって利息付きで返って来るとは、まさか想像もしておらねば、知らず知らずに失ったものの多さに気付かされる今日この頃なり。

最近巷で騒がれている「輸入盤規制法案」、何でも輸入盤CD全面禁止と云う可能性もあるとか。普段CD(況してや新品)を殆ど購入せぬ私なんぞには殆ど影響を及ぼさぬ問題であるが、多くの洋楽リスナーや輸入盤小売り業者にとっては、まさしく言語道断の法案であろう。いつでも当たり前に買える筈の輸入盤が、まさか買えなくなるとは一体誰が想像し得たであろうか。これはまたしてもどうやら音楽関係8団体(レコード協会やJASRAC)の利権擁護を狙ったものらしく、私個人としては「またか…」と云う感想しか持てぬのも、かつてのCDレンタル業に関する問題の件が思い起こされるからか。
当時、私はあるCDレンタル店にて雇われ店長を任されており、レコード協会からのレンタル業者への規制がより厳しくなる一方で、アルバム主体の販売戦略からCMやドラマとのタイアップに縋ったシングル主体の販売戦略へと、レコード会社の販売方針が大きく変化した時期でもあり、我々CDレンタル店は、仕入れコストと仕事の手間が増えるばかりで、されど客1人当たりの単価は大幅に低下、また2週間程度しか人気が維持出来ぬシングル主体の状況に泣かされ、苦肉の策で輸入盤を含めたマニアックなコーナーを充実させる独自案にて、何とか難局打破を試みたのだった。しかし唐突にやって来るレコード協会の調査員による抜き打ち調査、レコード協会指定のシールが貼られておらぬCDの貸し出しは厳禁とされていた為、自分でタワーレコード等でレンタル用にと購入して来た輸入盤にさえ、そのシール(有料)を貼らなければならなかったのである。その頃の記憶さえふとフィードバックして来る今回の法案、結局今の状況では、対した障壁もなしに法案成立となってしまうのであろう。所詮一部の洋楽リスナーのみが騒ぎ立てている程度の事では、かつての消費税導入の如く世論が盛り上がる訳もないであろうし、そもそも政治に対してのこの諦念、これこそが斯様な法案さえも容易に成立させてしまう要因であろう。

しかしこの法案成立を期に、本当に輸入盤全面禁止ともなれば、一体どれほどの人々が、しょうむないライナーノーツと邪魔なだけの帯が付いているだけでバカ高い国内盤を買うのであろうか。今現在国内盤を購入しておられる御仁は置いておくとして、今まで輸入盤を買っておられた方々は、果たして今後国内盤を買うのであろうか。結局は背に腹は代えられぬと云う訳で、買わずにはおられぬのであろう。されどメジャー~マイナーをも含めた輸入盤全体から見れば、勿論国内盤のリリースされぬであろうタイトルが多い事は明白な事実であり、では差し当たって海外リリースが殆どを占める私やAMT関連の作品も、輸入禁止の煽りを食らうのであろうか。弱小レーベルからのリリースが殆どなれば、永遠に日本盤がリリースされる可能性さえないであろうから、今後AMT関連作品は、国内では入手極めて困難となるのか…。(されどまあ今までも入手困難であったろうし…、ファンの方々には今後も御苦労お掛けすると思いますが…。)

されど思い返せば私が中高校生の頃、1ヶ月の小遣いが精々1000円、バイトの時給が400~500円の時代、カセットテープC-46の3本セット(TDK-D等の一番安価なクラス)が約1000円、国内盤LP1枚が2500~2800円、イギリス&ヨーロッパ輸入盤(国内盤リリースがないものや、廃盤になっているものが多かった為、輸入盤への依存度は高かった)が3800円から、斯様な物価状況の中で、少ない小遣いやバイト料を遣繰りしては、レコードを聴き漁っていたのである。友人達と聴きたいレコードをリストアップし、皆で分担して購入しては交換して聴いたものだが、それを録音するにもカセットテープさえ高価であれば、それも生易しい事ではなかったのである。それ故に、苦労して貯めた金で購入したレコードは大切にしたもので、また今のようにそう易々と次から次へと多くのレコードを買える訳でもなければ、その1枚を擦り切れるまで聴いたものであった。
そしてそんな需要を察してか、レコードレンタル店の登場は、私にとってはあまりに有難いものであった。当時のレコードレンタル店は、その後一世風靡する「黎紅堂」チェーンが登場する以前なれば、まだ至って個人所有のコレクションを貸す程度の店もあり、貸し出しカードに会員番号と貸出日を記入していくスタイルで、そのカードを見れば、時折いつも自分と同じレコードを借りている輩の存在にも気付き、顔も見た事ないその輩にさえ、妙に親近感を感じたりしたものである。特にかなりマニアックなレコードを在庫に抱えている店を巡っては常連と化し、兎に角聴いてみたかったものは片っ端から借りまくり、気に入ったアルバムを録音する事は勿論、カセットテープ代節約の為、当初は気に入った曲のみを録音したものだが、ジャケットを眺めつつ聴きたいとの思いや、カセットの高音の抜けに不満が生じ、結局は矢張りそのレコードを買う羽目となるのであったが…。

しかし今、ガキでさえ携帯電話を持ち歩くこの御時世、CD1枚2800円は果たして高いのか。勿論レコード会社の言わずと知れたぼったくりや、更には「日米租税条約」の改悪に伴う、例えば東芝EMIのライセンス収入は、アメリカに無課税で吸い上げられていく等と云う不条理の尻拭いを、そんなもん許せる筈もないのだが、されどガキの頃から「レコードは高価なもの」と云う認識が植え付けられておれば、小学生のお年玉が平均10万円を超える現在、果たして本当にCD1枚2800円は高いと云えるのか。
また日本盤がリリースされぬ新譜も輸入禁止となった処で、果たして本当にそれが斯様に大きな問題なのだろうか。例えばヨーロッパやアメリカの如何なるCDショップを覗いた処で、日本のように如何なるものさえも容易に手に入るような状況は、実は何処にも存在せぬ。イタリアにてさえ、70年代のイタリアン・プログレのリイシュ-CDを探そうにも、それは容易な事ではないし、そもそも日本のようにプログレなるものがカタログとして揃っている店なんぞ勿論皆無である。今でこそKraut Rockブームとやらで、70年代ジャーマン関係のCDはリイシュ-が重ねられ容易に見つけられるが、10年前はドイツでさえ殆どお目にかかる事はなかった状況で、勿論アメリカでは余程マニアックな店にでも行かぬ限り、そのような音楽の存在さえ知られてなかったのである。それに比べて日本は、70年代からメジャーより斯様な音楽でさえ、帯付き国内盤で幾度かリリースされており、御陰で雑誌にレビュー等も掲載され、私のような奈良の田舎に住んでいた者でさえ、その音源を聴く機会は与えられていたのである。先日あるCDショップを訪れた際、Mellow Candleの「Swaddling Songs」が国内盤CDで出ていた事を知り驚愕。こんなもん国内盤を出した処で一体どれ程売れるのか。担当者の一念のみによる偉業であろう。即廃盤になる事は承知の上として、されど斯様なものに至るまで国内盤がリリースされるのであるから、事実上はマイナーな自主製作盤ででもない限り、国内盤はいつの日かリリースされるのではあるまいか。
そもそもミュージック・マガジン等を筆頭に展開されている「リスナー総マニア化計画」に、読者であるリスナーがあまりに踊らされ過ぎ、今や情報飽和状態であるにも関わらず、されど情報が途絶える事への強迫観念からか、ろくに聴けもしない程の膨大な枚数の訳の判らんCDを、闇雲に買わされているだけではなかったか。以前灰野さんも語っておられたが「重箱の隅を突いたようなレア盤ばかり聴くよりも、先ずは王道を聴くベきだ」この意見には私も大いに同感である。仮に輸入盤全面禁止になろうが、それら以上に素晴らしい音楽は、長年に渡り既に国内のレコード店に充分過ぎる程の在庫として取り揃えられている訳で、この際だからそれらをじっくり聴いてみてはどうか。携帯電話のない生活など考えられぬと携帯電話利用者の方々は申されるが、私を含めAMTの面々は今もって携帯電話を所持しておらぬ故、その不便さなんぞまったく感ずる事もなく、そもそもつい10年前までは、携帯電話なんぞ極一部のビジネスマン程度しか所持しておらなかった筈で、その当時は誰も不便だとは思わなかったであろうに。何事も「当たり前」になってしまう事こそ、それが最も恐ろしい落とし穴なのではなかったか。

「美味しいものは食べられるうちに食べておけ」同様、「聴けるものは聴けるうちに聴いておけ」「観れるものは観れるうちに観ておけ」とも云えるか。例えば、今や伝説として一部で有り難がられている裸のラリーズのレア盤やブートレッグに大枚を叩くより、今でもロックし続けているヒロシさんのライヴを、ビール片手にしかとこの目で観た方が、遥かに意味があると思えるし、それは今更死んでしまったジム・モリソンやジミ・ヘンドリックスを生で観る事が叶わぬと嘆くより、何故今この時代に生きているのかと云う意味をより探すべきであろう。
私の顔を見る度「はい、コロッケ」と最早勝手に包んで手渡してくれる「吉田屋食品」のおばあちゃんの「これで本当にお別れになってしまったねえ」 と云う一言に、「フレッシュ共栄」のコロッケはもう二度と食べられぬかもしれぬ事を改めて実感しつつも、それと幸運にも出会えた事に感謝。そしてまた次なる究極のコロッケを探すと云う、新たな命題を授かったのだと思いたい。
さらば我が愛しのコロッケ…合掌。

(2004/4/27)

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