『人声天語』 第42回「スーパー・スペシャルな愉しみ」

ここ数日間、ツアーのブッキングやら新譜リリースの件やら通販やらディストリビュートやらで、1日中iMacの前に鎮座させられている。何が悲しくて一体1日18時間以上も、メールを読んだり送ったりしているのか。一応怒濤の録音ラッシュも一段落し、2月から始まるAMTの新譜レコーディング迄、ほんの僅かな小休止の筈であったが、ここに来て今度は怒濤の雑務に追われ、またしても毎日40~60通は届くメールの山に埋没する日々。これでは冗談抜きで「マネージメント部」「通販/ディストリビュート部」等を設置したい処であるが、何しろ多忙を極めれど全く利益が上がらないと云う、否それどころかレーベル創設以来の借金も未だ利子しか払えぬ有様では、斯様な余裕あろう筈もなく、結局は零細レーベルらしく、自分達で細々と営むしかあるまい。いやはや商売とは難しいもので、本当に我々には向いていないのであろうと、今更嘆いたところで仕方なし。

日がなiMacの前に鎮座するついでに、久々にネット・オークション等覗いてみれば、ギターやらエフェクターやら、相も変わらず芋を洗うようにゴロゴロしている様子で、勢い余ってノンブランドのストラトへ入札すれば、どうやら最近は斯様なノンブランドのスタンダード・スタイル等見向きもされぬのか、結局競合相手も現れぬまま超安価にて落札。更には調子に乗って、ポリシンセRS-505やらMAESTROのFUZZやらも落札。ここ最近は、ギターを粉砕しまくった御蔭で、中古楽器屋へ足を運ぶ回数も増えたれば、中古市場価格等も多少頭に入っている故、ネット・オークションの有難味を改めて噛み締めた次第。何はともあれ、安いと云う事は素晴らしきかな。

安いと云えば、近所の「フレッシュ共栄」は、私が贔屓にする小さなスーパーである。名古屋には「タチヤ」と云う恐ろしく激安なスーパーのチェーンが存在し、ここがなければ我々貧乏人は、これ程の余裕をかましてはおられなかったであろう。しかし安いが故に、時によっては品物も悪く、酷いものを掴まされる事も少なくはない。
されどこのフレッシュ共栄は、店舗面積も狭く商品の種類も決して多くはないが、商品の良さは随一であり、特に刺身等は種類こそ少ないが、その日ごとに最も新鮮で脂の乗ったものを売る為、先ずもってハズす事なく安心して選ぶ事が出来る。
またここのお惣菜屋「吉田屋食品」の自家製漬け物がたまらなく美味にて、一応試食コーナー等あるのだが、粕漬けやらべったら漬けやら奈良漬けやらの高価な漬け物を摘んでは、あまりの旨さに「おお~っ」と感嘆すれど、結局は一袋100~130円のグリーンボールか浅漬けしか買えぬのが常。
更にこのお惣菜屋の3ヶ140円の「おいしいコロッケ」が、コロッケフリークである私に「人生に於けるベスト3に入る」と言わしめる程美味なれば、衣の具合は程良く薄く、具はあっさりとしたコンソメ風味のポテトベースで見事にまとめ上げられており、揚げたては勿論、冷めてからもその風味たるや全く損なわれず、また衣が油っぽくなる事もなく、まさしく「奇跡のコロッケ」と呼んでも差し支えなかろう。ここを訪れる度にコロッケを購入していた為に顔をすっかり憶えられ、別にコロッケを買う気分でない時でさえ、店のおばちゃんに「コロッケいっとく?」と尋ねられ、結局断る事も出来ずに買わされる羽目になるのだが、帰り道にそのコロッケを頬張れば、そのあまりの旨さから、矢張り買って良かった等と思ってしまう。
何故かこの吉田屋食品の壁面には、ここの大将の御世辞にも上手いとは言えぬ習字(?)が常に週変わりで貼られており、今週は「ハリーポッタ-賢者の石」ならぬ「ハリー堀田(そして名前の所に)研二の石」と書かれた半紙が貼られていた。そしてそこには朱筆で大きく丸が打たれている。一体これは何なのであろう。

「小さなスーパーのパートはオバハンかヤンキー姉ちゃん」と世の中で暗黙の了解でもあるかの如く、大抵九分九厘はこれらオバハンかヤンキー姉ちゃんなのであるが、何故かこのフレッシュ共栄のパートに限っては、至って普通の女高生やら若い女性やらが多い。この界隈は下町故に、圧倒的に中年~老人の人口が多く、差し詰め40代以上が大多数を占めると思われる。しかしである、何故かここのレジには若い女性が働いており、もしやここがここら界隈の最も華やかな職場なのか。確かに近辺には中小企業が犇めいている為、昼休みの時間にでもなれば、事務服を着た若い女性を多く見掛けるが、わざわざスーパーのパートに、遠方からバスや地下鉄で出勤してくる筈はないであろうから、地元の数少ない若い女性は、ここで働く事を夢見ているやも知れぬ等と、手前勝手に想像してしまう。
またかつて、セーラー服姿で夕方の混雑時にレジを打っていた女の子を、知らぬ間に見掛けぬようになった折、今日びにセーラー服姿でスーパーのレジを打つ等、きっと家に帰れば酒乱のぐうたら親父と病弱で床に臥せったまま母親、更には腹を空かせた小さな弟が待っており、きっと彼女は学業もそこそこに働かねばならぬ境遇なのだろうと、哀しい生い立ちを勝手に想像しては、何故いなくなったのだろう、もしや一家離散、若しくは夜逃げでもしたのではなかろうかと、少々気掛かりとなっていた。ここら界隈は、未だ「文化住宅」「長家」と呼ばれる、60年代の番長漫画で舞台となりそうな、そんな景色のままなれば尚、星一徹の如く卓袱台をひっくり返す父の傍若無人ぶりに、明子宜しくそれに従順に仕え隠れて涙する彼女の姿が、至って容易に想像し得たのである。一体彼女の身の上に何が起ったのか、別に言葉を交わした事さえなけれども、何やら妙に気になって仕方がなかった。
しかしそんなある日、レジで並んでいると、昨春よりの新参者と思い込んでいたレジ打ちの女性のその面影に、何となく見覚えがある事に気付き、はて誰であったか等と思案しているうちに自分の番となり、失礼を省みずにその姿眺めれば、何とこの女性こそ、哀しい境遇の下にも関わらず一所懸命セーラー服姿でレジを打っていたと想像していた、あの女学生その人ではないか。多分昨春に無事卒業したのであろう、あの今日び珍しかった黒髪のお下げは、すっかり茶髪のショートカットになり、化粧気のなかったにきび面も、今やメイクで別人の如しで、あの不幸な境遇を想像させてやまなかった哀しい雰囲気さえ全く見る蔭もなく、いやはや女性とは斯くも化けるものなのか。この2人が同一人物であると云う事実に、 何と私は9ヶ月間も気付かなかったのである。これでは、幾らブランクがあるからとは云え、矢張り探偵失格か。

近所にはダイエー系列のディスカウントストア「トポス」もあるのだが、こちらはダイエーの経営危機と云う窮状の煽りを食らい、この3月でその28年間の歴史の幕を閉じるらしい。食品から日用品、電化製品に至る迄、安価で手頃な価格であった為、何かと重宝していたので閉店は惜しまれる。
とりわけ入り口横に構えるお好み焼き屋「甘味お好み焼きたいこう」が格別で、関西人の私が名古屋に於いて唯一旨いと思ったタコ焼きはここのものであり、またお好み焼きや焼そばも滅法旨い故、ここもトポス閉店と共に消えてしまうかと思うと残念で、大いに哀惜の念に駆られる。ここは夫婦で経営しており、特に奥さんが五月みどり似の熟女なれば、いつも矢鱈と繁昌している所以も、その香る色気に因る処無きにしもあらずと云った処か。またこの奥さん、必ず「サンキュー」「豚玉ワンね」等と、その年令から結びつき難い英語交じりの軽妙な接客ぶりにして、これが決して嫌味でなく、逆に何やらモダンな感じで印象至ってよろしく、思わずモダン序でにモダン焼き等頼んでしまいそうである。買い物前に訪れれば「お兄さん、今からお買い物?じゃあお買い物が済む頃に合わせて焼いておくから、何分ぐらいかな?」と云う心配りもあってか、勿論この効率の良さも受け、商売は大いに繁昌している。テイクアウトのみならず、この店先に置かれた席に腰掛けて戴く事も出来るのだが、その際はお茶のサービスもあり、特に夏期に於いては、ここで出される1杯の冷たいウーロン茶は、本当に何にも優る心配りにして有難いもの。帰る際には「寄ってくれてありがとう、サンキュー!」と、どんなに忙しい中であっても、必ず一声掛けてくれる。そして対照的に静かな旦那さんは、ひたすら黙々と手を動かしているのだが、時折聞かれる「ありがとう」の一声に、その人の良さが滲み出ており、まさしく味と人柄共に名古屋で一番のお好み焼き屋であろう。やむなき理由とは云え、トポス閉店後、隠居するには未だ早いであろうこの夫婦の行く末は、一体どうなってしまうのか、近頃トポスを訪れる度、この事ばかりが気に掛かる。

毎週何度かは必ず訪れるたかが近所のスーパーであるが、決して言葉等交わす訳ではなけれども、知らぬ間に様々な人間模様やらに想いを巡らせつつ、それがまた今日も買い物に行く事の愉しみにもなっている。


(追記)

今日、ネットオークションで落札した商品の代金を振り込む為、行きつけのUFJ(元東海)銀行へ寄ったのだが、月末と云う事もあって大層混み合っており、仕方がないので少し離れたあさひ銀行へ行った折、その裏手にひっそりと佇む「フレッシュヤマウチ」なる個人商店を発見。何と大根1本50円、トマト1盛100円、じゃがいも1袋78円也、これはフレッシュ共栄以上の安さではないか。今後は時折こちら迄、赤貧生活なればこそ、足を延ばしてみなければならぬであろう。この界隈に住んでかれこれ5年にはなるが、この激安価格でありながら、今迄全く気が付かぬ程のひっそりとした佇まいなれば、それこそ私の好奇心を大いに触発するに余りある。

(2002/01/28)

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