『人声天語』 第92回「ユートピア大韓民国」

生まれて初めて、隣国である大韓民国(通称韓国)を訪れた。

関西空港からソウルまでは1時間半、離陸した途端にドリンクサービスを素っ飛ばしていきなり飯が出るわ、食い終わったと思えばもう着陸体制になるわ、当然映画の上映なんぞ有ろう筈もなく、毎度12時間以上のロングフライトに慣れてしまっているせいか、今回は退屈なフライトに対するストレスを感ずる暇さえなく、いやはや爽快な気分でソウルのインチョン空港に降り立った。

兎に角韓国は一見とても「外国」には思えぬ。雑踏の中の人々の顔は、まるで日本人と然して差もなく、街の景色さえも、時には九州の何処か地方都市辺りか、それとも大阪の鶴橋辺りか、否、昔の天王寺辺りかなんぞと、どうにも見覚えのある景色と錯角しがちで、唯一違和感を感ずるは、街中に溢れるハングル文字が全く読めぬ事のみか。されどそれさえ部分的記憶障害か何かの突発的疾患により、突然文盲になったかと錯角する程で、やはり一見したのみでは「外国」と全く感じぬ。

されど韓国に於いて「長髪」「髭面」は稀有であり、御陰で何処であろうと「ミュージシャンですか?」と訊ねられる。なんでも韓国では「長髪=ミュージシャン」と云う図式があるようで、しかもミュージシャンならば、それだけで「社会的信用」を得る事が出来る様子なれば、一方でもしミュージシャンでなかった場合はかなりややこしい事態が起きるようである。また「髭=偉い人」らしく、ならば差詰め私は「ミュージシャン且つ偉い人」と云う処か。何せ街中で長髪や髭面を見掛ける事はほぼ皆無にして、唯一楽器屋ビル(…とでも呼べば良いのか、兎に角ビル一件の内部は膨大な数の楽器屋群が犇めき合っている!)にて数人の韓国HMらしき長髪兄ちゃんに出食わした程度か。

韓国では、日本語による曲が収録されているCDは、未だに輸入禁止となっているらしいが、Tシャツ屋ではX-JapanのHideや安室奈美恵の顔があしらわれたものが、メタリカやジミヘンと並んで売られている。また街角では、トトロの偽物のぬいぐるみ等が売られている。


そこら中に日本で見慣れたキャラクターグッズが並び、聴こえて来るコリアンポップスの耳触りは、矢張りまるでJ-Popの如きであり、挙げ句には「たこ焼き」と書かれたたこ焼き屋台も並ぶ有様。しかし韓国にまで来てたこ焼きを食す必要もなかろう。韓国こそ私の理想的な美食天国なのだから。

今回は、韓国アングラ・シーンの仕掛人であり在韓ミュージシャンでもある佐藤行衛さんのお招きによって、韓国を訪れる下りとなった訳であるが、佐藤さんの案内による「韓国グルメツアー」にて、牛豚鶏魚貝から果ては犬に至るまで、兎に角食いに食いまくったのである。(※注釈は佐藤さんにお願いしました。)

先ずは当然「焼肉」である。午後9時にインチョン空港に到着するや、佐藤さん宅に荷物を置いて、早速カルビを食いに連れて行って頂く。この夜は梅雨明けしたばかりとかで、かなり蒸し暑く、訪れた焼肉屋は当然クーラーなんぞ設置されておらぬ故、巨大扇風機の前に陣取り、ビールを流し込みつつカルビを頬張る。

漬けダレが染みたカルビを炭火で焙る。韓国の網は剛健質実なステンレス製のもので、これを2枚重ねて使用する。ちょっと焦げ付いただけでも網を取り替えてくれるのだが、その度に網の上に乗っている肉をこちらで次の網に移さねばならず、これがなかなか慌ただしい。食す際は、日本のような「つけダレ」を使わず、真っ赤な唐辛子味噌に生ニラを刻んだものを付け、テーブルに並ぶネギの胡麻油和えやキムチ等のトッピングと一緒にサニーレタスで巻いて頂く。これが絶品なれば、ひたすら「焼いて巻いて食う」を繰り返し、合間にビールと竹筒に入った「チュクトンジュ(※1 )」と呼ばれる韓国の梅酒のようなものを交互に飲み、更には焼肉に必ずおまけで付いて来ると云う「テンジャンチゲ(※2 )」(殆ど味噌汁の感覚か?)をも流し込む。添えられた生青唐辛子を時折かじるのが定番の様子。この青唐辛子、大抵然程辛くないのだが、時折先祖帰りした激烈に辛いアタリも混ざっており、先ずは先っぽを僅かばかりかじって味見する事が必須だそうで、されど斯様な事なんぞ心得ぬ私なれば、見事にアタリを丸かじり。日頃より辛味に対しては滅法平気な私なれば、大汗を流しつつも平静を装おうが、斯様な失敗あればこそ、次からは心してかかれると云うものか。結局ひたすらカルビを食い続けたのだが、トッピングに変化をもたせて巻いた為、全く食い飽きる事なんぞなく、着いた初日からもう焼肉を満喫。

その後、更に韓国の獨酒「マッコルリ」を飲みに行ったのだが、前日2時間しか寝ておらぬ為、不覚にも盃を前に居眠りしてしまい、結局殆ど堪能出来ず。これは誠に悔やまれる。次回こそ是非に。

翌日は昼飯に噂の「犬」を食いに出掛ける。犬料理を出す店は、勿論犬専門店だそうで、佐藤さんお薦めの一件へ。犬料理は、流石の韓国人でもクセがある事から食べられない人も結構多いそうで、特に若い女性は駄目とか。(隣の席に若いカップルが座っていたが、矢張り鶏鍋の「サムゲタン(蔘鶏湯)」をオーダーしていた。犬料理店には必ず犬肉が駄目な客の為に、鶏料理が用意されているらしい。)云うなれば沖縄のヒージャー汁等の山羊料理みたいなものか。今回は一楽さんと韓国へ来たのだが、何度も韓国を訪れている一楽さんも、犬肉を食するのは初体験とか。犬料理は大抵「ポシンタン(補身湯)(※3 )」と呼ばれる鍋のスタイルになっているようで、そこにトッピングで更に巨大な肉塊「スユク(※4 )」を追加する事も出来るそうだが、初心者の我々は、先ずはオーソドックスに基本形をオーダー。


テーブルに置かれた「トゥルケ(※5 )」なる胡麻をお好みでぶち込むや、何とも云えぬ香しさ。こってりした豚骨スープの豚汁に近いとでも表現すればよいのか、スープはもう絶品なれば筆舌に尽くす事さえ難しい程で、添えられた御飯を最後にぶち込んでおじやにするのも、最早この時点より愉しみとなる。さて犬肉の方はと云うと、豚の柔らかさとマトンの臭さを合わせ持つ感じで、意外にも一楽さんはギブアップ。私は臭みのある肉も好物なれば、この骨付き犬肉にかぶりつく。最後のおじやも絶品なれば、今回の訪韓の最大の目的のひとつであった「犬を食う」事を大いに満喫。犬肉が斯様に美味とは、斯くなる上は日本でも「近所の気に食わぬ犬をぶち殺し犬鍋でも作ってみようかしら」とさえ思う次第。何でもこの日は、日本で云う処の「土用の丑」に当たるそうで、韓国では鰻ではなく犬肉を食するのが慣わしだとか、道理で満席だった筈である。犬肉はスタミナ満点にして体温を下げる効果があるとかで、夏バテ対策と云うのも成る程納得いく。

後日、犬屋の前を通り掛かる事があり、檻に入れられた食肉用犬を見掛けたが、日頃目にするペットで飼われている幸せそうな犬とは異なり、檻の中でただ殺される順番を待つのみの食肉犬の哀れさは、決して犬嫌いの私の同情を誘う事もなく、生きる希望を捨てたとも思われるその犬の姿は、これこそ「負け犬」と云う言葉が当て嵌まる感じであった。そしてその犬の檻の横には、解体されたばかりの犬肉が無造作に木箱に入れられている。これら犬屋が軒を連ねる辺りは、何とも犬畜生ならではの生臭い悪臭が拡がるが、その先には当然の如く犬料理屋が軒を連ね、そこでは新鮮極まりない犬肉が食えるのだそうだ。

夕方に佐藤さん宅へ戻るや、今度は佐藤さんの彼女に「コンククス(※6 )」と呼ばれる「豆乳うどん」を御馳走して頂いた。これは韓国の夏期限定料理のひとつで、たっぷりの豆乳にうどんをぶち込んだ韓国の冷やしうどんと云った処か。


この豆乳、猛烈に濃厚なれば、一見こってりの白湯スープかと見紛う程であるが、ピュアな豆乳なれば勿論滅法あっさりしており、細切りキュウリとうどんの異なる食感が素晴らしく、氷が放り込まれた豆乳スープの濃厚な具合は、成る程うどんに絡み付き易くする為でもあったか。胡麻と塩を軽く加えただけのシンプルな味が、食欲が減退しがちな夏には丁度良さげにして、付け合わせのキムチをつまみつつ、うどんをズルズルっと啜り、スープを流し込むや、これは本当に美味なり。この豆乳は彼女が大豆から自作したものだそうで、確かに市販の豆乳では斯様な濃厚さは望むべくもなしか。彼女はこの料理をお母さんから習ったそうで、韓国家庭料理の美味さに感動した午後であった。

さて豆乳うどんを食せば腹も膨れ、軽く夕寝をすれば、夜は魚を食いに行く事に。韓国は半島なれば周りを海に囲まれており、当然魚介類も豊富である。サイケマニアにして元ヤクザ、シーフードレストランを2件経営する大金持ちの 「ジミヘンさん」なる人のお店へ向かう。日本のヤクザに於ける「入れ墨」に相当する韓国ヤクザのステータスとは、全身に如何に多くの傷があるかと云う事らしいが、このジミヘンさん、満身創痍とも云える程の傷を所持しておるそうで、矢張りかつては韓国ヤクザの幹部だったそうだが、あまりの音楽好き故、「ヤクザで音楽の話が出来る輩がおらん」事を理由に足を洗ったと云う変わり種。

さてそのジミヘンさんのお店は、日本で云えば高級料亭であろうか、立派な生け簀には馬鹿デカい平目やら高級魚が泳いでいる。いきなり座敷へ通されるや、マグロやらトビッコやら海老やら蟹やら蛤から秋刀魚まで、数え切れぬ程の料理が並ぶ。これでもう充分とも思える量なのだが、ジミヘンさんの御持て成しはこの程度にあらず。


続いて大きな平目一枚の活け造りに、


巻き寿司やら何やらと

果てしなく料理が出て来る始末。斯様に馬鹿デカい「えんがわ」なんぞ未だかつてお目にかかった事さえない私は、もう平目だけで充分満足なのであったが、韓国でしか水揚げされぬという魚があると云っては、その刺身も御馳走になる事に。この魚、白身なればかなりのプリプリ感で、これまた滅法美味なり。もう散々鱈腹食ったと思った矢先、これが最後と何とここでチゲ(鍋)が登場。

一体韓国人は如何程食えば満腹になるのであろうか。こちとら未だ先程の平目の刺身さえ数切れ残している有様なれど、その平目の刺身もチゲにぶち込まれ(勿体ない!)こうなれば日本男児の意地と誇りに賭けて、一楽さん共々チゲ鍋に挑む。またこのスープが絶妙の味で、満腹だったにも関わらず、お椀一杯程度ならばスルっと腹に入ってしまう。されど流石に鍋一杯を平らげる事は叶わず、一楽さんに至っては「折に入れて持って帰りたい」と、こぼす始末。宴の途中、佐藤さんが来ていると聞き付け、友人が差し入れに来たり、ジミヘンさんの奥さんと御子息が挨拶に来たりしたのだが、流石儒教の国だけあって、誰か来る度に全員が立ち上がって丁重に挨拶を交わす。そう云えば手酌は許されず、必ず誰かがついでくれるのだが、その際は必ず両手で盃をうけねばならぬとか。礼節を重んじる韓国に、今やそれらが亡くなりつつある日本の哀しさを感じたのであった。

ジミヘンさんの車で佐藤さん宅まで送って頂き、更に佐藤さんと2人、今度は韓国の酒にトライ。先ずは佐藤さんお薦めの逸品「トンドンジュ(※7)」、これは日本で云う清酒だそうで、本当に美味なれば際限なく飲めそうである。何でも一般向けに市場では販売されておらぬとかで、料理店等向けに出荷されているものを、特別に入手されたとか。されど一旦飲み始めれば抑制の効かぬ私である、申し訳ないと思いつつもボトルを空けてしまった。続いては、佐藤さんに「これを飲むと酷い目に遇うから気をつけて」と云われた「SAMBA」なる合成酒を頂く。佐藤さんの彼女もこの酒は大嫌いだそうで、されど味はかなり円やかで、よくある安酒のアルコール臭さもなく、まあ云うなれば韓国版電気ブランとでも云えばいいのか。結局ボトル半分を佐藤さんと2人で空けてしまい、更には佐藤さん秘蔵の日本の焼酎まで空けてしまった。申し訳ないとは思いつつも、矢張り旨い酒があると云う事は、それだけで幸せな事である。

翌日は、一楽さん達ての希望で、どうやら氏の大好物らしい「タッカンマリ(鶏一羽)(※8 )」と云う名前通り鶏丸ごと一羽を使った料理を食いに出掛ける。店に入るなり、未だ席に座ってもおらぬ傍から、巨大な鍋がテーブル中央のコンロに掛けられる。開けてみれば、煮えたぎったスープに鶏丸一羽がぶち込まれている。

この手の店は、この料理一品のみを扱っているらしく、客が来るや、その人数を見て鍋を出すらしい。我々は佐藤さんと彼女そして一楽さんと私の4名なれば、鍋ひとつであったが、仮に5人ならば鍋2つになるそうだ。4名で鍋2つだと最後の「御飯」まで辿り着く事は至極困難らしく、佐藤さんも一楽さんも「今日は御飯まで行けそうだ」と笑っている。テーブル上には、酢と各店秘伝の赤唐辛子味噌が置かれ、それを自分の取り皿でお好みにミックスし、更にトッピングの生ニラ等を加えてつけダレを作る。鶏から充分素晴らしい出汁が出たと思われる頃、先ずは韓国餅(白玉に近い?)を鍋一杯に入れ、それを先述のつけダレで頂く。日本でも餅を鍋に入れる事はあれど、ここまで餅を食う事はなかろう、既に餅で腹が膨れつつある。さて餅が終われば、すっかり煮えた鶏丸一羽を裁鋏で大胆に骨ごとザクザクとカット。トッピングでじゃがいもやキムチ、青唐辛子等も入れ、それらを鶏肉と一緒に、またしても先程のつけダレで頂く。酢が味の決め手で、多めに入れた方が断然美味しい。続いて今度は麺をぶち込む。この麺は日本の拉麺に似ており、キムチや鶏の出汁が利いたスープで頂くと、これまた絶品である。麺が終わればいよいよ最後の御飯である。スープを適量まで減らし、そこへ海苔と御飯をぶち込み炒める、まあ分かりやすく云うならば石焼きピビンバのような具合で、日本の鍋の最後を締め括る雑炊とは全く趣が異なる。さてこの御飯がまた滅法美味なれば、別に取っておいたスープをすすり、御飯をかき込む。お焦げがまた絶品なれば、いやはや鶏一羽をすっかり満喫。されど腹一杯なれば、もう席から立つ事さえ難儀な程にして、更にはこの夏のクソ暑い最中、煮えたぎる熱い鍋料理を大量の唐辛子と共に頂いた故、全身から汗は吹き出すは、鼻水は垂れて来るは、とてもフランス人の如き「エレガンスさ」になんぞ無縁の凄惨な状況である。されど周りを見渡せば、斯様な有様なのは、私と一楽さんと佐藤さんの日本人3名のみで、佐藤さんの彼女をはじめ、周りの韓国人の方々は、汗さえかかず至って平然と涼し気に鍋をつついている。恐るべし韓国人!

満腹で苦しい腹を抱えつつ、中古レコード店へ。狙いは勿論韓国サイケLPの入手である。韓国でも、韓国サイケ等は最近値段が高沸している様子で、安く買うには矢張りがらくた屋の軒先に雑然と平積みされたLP群から発掘するしかない。今回運良く2枚はがらくた屋にて入手したが、値段は中古レコード屋の1/10程度である。佐藤さんは「韓国ロック推進委員会会長」なれば、その筋に猛烈に詳しい故、中古レコード屋にて、私がジャケットの雰囲気で3枚程選んだのを見て「それはいいよ!」と云いつつ、私の為に推薦盤を大量にレコード棚から抜いて下さった。私も「Sanullim」程度ならば聴き知るが、結局ハングル文字で書かれたジャケットを前に、一体何と云うバンド名なのかさえ判読出来ぬ体たらくぶり。結局は佐藤さんの推薦もあり大量購入と相成り、例によってレコードで散財。

世界中何処の国を訪れても、矢張りがらくた屋とスーパーマーケットは、庶民の生活スタイル等が伺え面白い。また露店等もその国々の衣食文化が伺えて興味は尽きぬ。今回路上にて、山積みされた食器に埋もれ、黙々と食器を磨く親爺を発見、何かと思えばこれでも「新品」の食器屋だとか。

すっかり雨曝しになり泥だらけになった食器群が、到底新品には見えず、そもそもこれが店にも見えぬが、これでも歴とした店だとか。

さて夜、ライヴも大盛況にて終了(その詳細は佐藤さんのサイト参照)、打ち上げと云って皆で「豚カルビ」を食いに行く。日本で「豚カルビ」なんぞ殆どお目に掛かった事のない私であったが、折角なので韓国焼酎「眞露」を一杯やりつつ豚カルビを頂く事に。

韓国人は、焼酎を「割る」なんぞと軟弱な事はせぬそうで、ひたすらストレートでガンガン行く。ならばと私もストレートで…ところがこの「眞露」、日本で売られているものよりアルコール臭さもなく、まるでジンを少し薄めたような味わいで、これならばストレートでも問題なし…と云う訳で、ひとり調子良く飲み始める。豚カルビもこれまた絶品なれば、肉の甘味も豊穣で且つ程良い脂加減にて、これを焙って胡麻油と塩を付け、更にお好みでコチジャンや味噌を添え、キムチやらその他の野菜各種と一緒にサニーレタスで巻いて頂く。これまた筆舌に尽くせぬ美味しさなれば、佐藤さんの「この後、貝を食べに行きますからセーブしておいてくださいね」と云う一言なんぞ軽く忘れ去り、一楽さんと2人、もうお互い歯止めも利かずひたすら食いまくる。当然「テンジャンチゲ」がおまけで付いてくるのだが、勿論そちらも完食。

さて続いて「貝」を食べに行く。大小様々な貝を炭火で焙り、醤油や唐辛子味噌で頂くのだが、これは完全に浜茶屋のノリである。

貝の焼ける匂いが猛烈に郷愁を誘う。更に貝のスープが出て来るや、これもまた激烈に美味なり。止めは蛸の活け造り。

ぶつ切りにされた蛸の足は、各々グニョグニョと皿の上を這い回り、取ろうとするや、吸盤が皿に張り付いてなかなか思うように取れぬ。漸く口に放り込むや、今度は口の中に張り付く有様。韓国ビールを飲みつつ蛸を頬張れば、これを至福の時と呼ばずして何と云う。

一楽さんは「じゃあこれから拉麺食べに行きましょうか?」なんぞと云い出す始末であったが、流石に私を含め全員満腹の様子なれば、宴はここでお開きに。

佐藤さんの御好意で、ひたすら食って食いまくったこの2日半。今まで如何なる海外ツアーに於いても、涙が出る程「美味しい料理」と出会った事はなかったが、韓国は全くもって美食天国であった。素晴らしきかな韓国、隣国にして最も遠いと感ぜられていた場所であったが、いざ訪れてみれば、何故もっと早く来なかったのかと悔やまれる。人は礼節を重んじ親切、食い物は美味にして激安価、ライヴをやれば大いに楽しんでくれ、そして女性は純朴にして容姿端麗、これをユートピアと呼ばずして何と呼ぶ。勿論韓国在住の佐藤さん曰く「韓国人は日本人と考え方が全く逆」と云う、実際そこに居を構えれば問題もいろいろあるだろうが、どうせ私はミュージシャンと云う肩書きの旅芸人なれば、別段問題があろう筈もなし。確かに路上にて老人に「日本は韓国を侵略して未だに謝罪もない」云々なんぞと云われた事も事実なれど、それはヨーロッパに於いても最近台頭する民族主義に根付いた人種差別等の問題もある訳で、旧東ドイツではネオナチに絡まれた事さえあれば、世界中何処に於いても同じであろう。

音楽に関して云えば、未だ日本語歌詞があるものは輸入禁止であり、アングラ系の音源と云った処でせいぜいTzadikのタイトルが輸入されている程度だそうで、当然確固たるアンダーグラウンド・シーンがある訳でもなし。佐藤さんの尽力により、漸く少しずつそういったものに興味のある人達が集まり始めたところであろう。されど日本のように情報過多で、新たに音楽を始めようとする人達が、かなりの頭デッカチとなり、いきなり表層的スタイルの追及から始まっていると云うどうしようもない悪しき状況に対し、インターネットからの情報や、訪韓する僅かの外国ミュージシャンの演奏にインスパイアされつつ、自分達の中で良い意味での「大いなる誤解と幻想」が育まれる事で、今後必ずや多くの素晴らしいミュージシャン達を排出する事であろう。

出来る事なら、近いうちにまた訪れたいものである。次回は是非とも生レバーや生センマイ、更には鰻や河豚も食したいもの。運良く韓国美女と御一献とあらば、最早何も云う事なしか。

(2003/8/1)


<追記訂正>

佐藤さんから、私の「事実誤認」箇所の訂正メールが届きましたので、それを転載す る事で「訂正」とさせて頂きます。

1.「豚カルビ」

確かにあのお店は豚焼き肉専門店でしたが、注文したメニューは「豚カルビ(テジカ ルビ)」ではなく、「サムギョプサル」という豚バラの焼き肉料理です。庶民の間で は、人気の高いオーソドックスな一品です。牛は高いということもあり(勿論初日の 店は特別リーゾナブルですが)、豚もよく食べられます。「豚カルビ」は、是非次 回!

2.犬肉は体温を下げる

実は反対です。体温を上げ、発汗作用を促し、新陳代謝を高めます(高麗人参にも同 じような効果があるとのこと)。ポシンタンとは、滋養強壮スープとでもいった意味 合いでしょうか。暑い時に熱いモノを食べる…日本にも同じような考え方ありますよ ね。

3.ハングル文字

「ハングル」は「大いなる文字」という意味なので、「ハングル文字」という呼称 は、「チゲ鍋」同様誤りです。

(2003/8/7)


※1:チュクトンジュ(竹筒酒)…リキュールの一種ですね。お店によって味は千差万別。焼酎をただ竹筒に入れたモノとかもあり。小売りはされてないようです。(戻る※1)

※2:テンジャンチゲ…テンジャンは韓国の普通のお味噌のこと(辛し味噌はコチュジャン)。チゲは鍋という意味です。よくチゲ鍋とか日本で言いますが、それじゃぁ、「なべ鍋」になってしまうので間違いです。(戻る※2)

※3:ポシンタン(補身湯)…偶然あの日は、ポンナルという日本の土用に相当するような日だったので、お店に人がいっぱいいました。ポンナルには、サムゲタンやポシンタンを食べます。(戻る※3)

※4:スユク…煮た肉。普通は牛肉を差しますが、ポシンタン屋だったので、勿論犬肉。(戻る※4)

※5:トゥルケ…“えごま”です。ちなみにシソのような形の葉っぱは、えごまの葉で、ケンニプといいます。(戻る※5)

※6:コンククス…コンは大豆のこと。ククスは、麺の総称です。(戻る※6)

※7:トンドンジュ…マッコルリの上澄みを濾したお酒。ソウルで小売りはほとんど見たことありません。あれは、仁寺洞(インサドン…キム・デファン先生の店がある通り)のあるお店に入った時、偶然頼んだトンドンジュが美味しくて、お店に頼んで特別に売ってもらったもの。みんなが来たら飲もうと思って取って置いときました。なお、マッコルリとトンドンジュは一応このような区別があるのですが、お店によっては混同されています。トンドンジュとメニューにあってもマッコルリが出てきたりします。(戻る※7)

※8:タッカンマリ(鶏一羽)…タッは鶏、ハンマリは一羽(一匹)、そのままです。ただ最後に麺を入れて食べるので、タッククスとも呼ばれます。(戻る※8)

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