『人声天語』 第103回「続・ユートピア大韓民国」中編

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「Damo’s network in Seoul(2月18日)」

今朝も再び8時45分に起床、皆が未だ寝静まっている中、佐藤さんのPCにて雑務をこなす。さて今日はダモ鈴木ソウル公演である。ダモさんとは、かつてアメリカやイギリスにて対バンした事こそあれど、共演したことはなく、今宵はとても楽しみである。加えて韓国ロック界No.1バンドと云われる「Sinawe」の韓国No.1ギタリストと呼ばれるShin Dae Chulとの日韓ギター競演も楽しみである。Shin Dae Chulは、韓国ロックの父と呼ばれる韓国ロック界最大の重鎮にして伝説のギタリストShin Joong Hyunの息子でもあるのだ。

さて皆が起きて来るや、先ずは飯と云う素晴らしい段取りにて、バスに乗って向かった先は「ヘジャンクッ」と云う牛の血の煮凝りの料理が食せる店。牛の血の煮凝りなんぞと云われても、一体如何なようなものなのか想像さえも出来ず、兎に角それが出て来るのを、オマケのカクテキをつまみつつビールを飲んで待つのみ。ところでこの店のカクテキが絶品、味はまるで日本の高級な沢庵の如し、こりゃ止まらんと思っておれば、「ヘジャンクッ」が登場。

佐藤さんが2種類オーダーしてくれたそうで、東君と柴藤さんは「ネージャンタン」、我々残り3名は「ヘジャンクッ」だとか。註1 )されど見た目は殆ど同じにして、ちょっと味見した処で、味の濃淡が異なる程度しか私には判らなかったが。血の煮凝りと云うイメージからは想像出来ぬ程、全く臭みもなく、まるで癖の消された柔らかい生レバーの如き食感、これは滅法美味なり。生玉子を落とし、トッピングで生ニンニク芽や青唐辛子をぶち込み、あとは一気にかき混ぜて頂く。

スープも絶品なれば、セットでついて来る御飯は、後で鍋にぶち込み雑炊にして頂こうと決心。もしこの煮凝りのみを追加したければそれも可能だそうな、それも無料で。吉野屋で「つゆだく」やら「ねぎだく」はサービスにせよ「牛だく」と云うのはあり得ぬであろうから、この韓国人のサービス精神は恐るべし。そう云えば韓国では、何かの皿を空にした処で、それを店員に見られるやすぐに追加されてしまう。日本は古来より貧しい食生活を強いられて来た為、子供の頃より「御飯を残したら罰が当たる」と教えられ、また礼儀として「出されたものを残す事は失礼」と思ってしまう上、更に「据え膳食わぬは武士の恥」と云う意地もあれど、韓国では「客に完食されてしまう程度のおもてなしは失礼」と云う教えから、兎に角食い切れぬ程の料理が用意される。もしも食い切られれば、もてなしが不充分と云う訳で、こちとら斯様な事とは露知らず無理してでも完食してしまえば、向こうも意地になるのか、また料理が追加される始末。故に必ず最後のひとくち分を残す事が礼儀とか。国が違えば習慣も違うよき例か。
さて具を殆ど平らげ、いよいよ御飯をぶち込んで雑炊にすれば、これまた絶品なり。カクテキを齧りつつ、雑炊をも平らげ、最後に僅かなひとくち分を残し「ごちそうさま」と相成る。

佐藤さん曰く「この『ヘジャンクッ』は『コプチャンチョンゴル』と云う料理と殆ど同じ味註2 )」だそうで、そう云えば佐藤さんのバンド名にもなる程のその料理、次回は是非食してみたい。最後に米から作られていると云う甘いジュース「シッケ註3 )」が出されたのだが、これがまた美味なり。後味さわやかにして、消化促進効果さえあるような気がしてくるから不思議である。今日の昼飯も大いに満足。

満腹で幸せな気分のまま、再びバスに乗り込めば、韓国のバスは兎に角運転が荒い故、次第に気分が悪くなる始末。何とか佐藤さん宅へ戻り、ダモさん御一行の到着を待つ。
ダモさん御一行と合流後、本日の会場である弘大のSsamzie Space “Baram”へ。会場はギャラリーを併設するシアターで、早速サウンドチェック。当然の如く、未だファズも踏んでおらぬうちから「ギターの音量を下げてくれ」とミキサーから要請されるが「アホか!お前の仕事はフェーダ-全部目一杯まで上げとく事だけじゃ!バランスはわしらが執る、ボケがぁ!」と一蹴、佐藤さん曰く「韓国ではこの手の音楽が存在しない為、ミキサーも全然わかっていない。」との事。されど結局全く問題なくサウンドチェックは終了。Shin Dae Chulとも挨拶を交わし、さてお待ちかねの夕飯へ。

皆で会場近くの「正統中国料理店」との看板が出ている中華料理屋へ。「日本に日本独自の中華料理が存在するように、韓国にも韓国独自の中華料理があるのでは」と思っておれば、案の定それなる逸品は存在したのである。私は韓国故にてっきり「キムチ炒飯」かと思いきや、佐藤さん曰く「国民食」と呼ばれる程の逸品、それは真っ黒のソースが掛かった麺「チャジャンミョン」、若しくは炒飯「ポックンパプ」であった。註4 )私は炒飯の方を、麺好きの東君は麺の方を所望。この店には何でもアルコール度数の非常に高い酒があるとかで、酒好きの東君はその逸品をもオーダー。宮下君が「餃子が食べたい」と訴えれば、佐藤さん曰く「餃子はオマケで付いて来る。」そんなアホなと思っていたが、本当に餃子(味は春巻だったが)とキムチと沢庵(韓国では酢を掛けて食す)と生玉葱(海苔の佃煮を添えて食す)が出て来たのである。

これをつまみつつ「眞露」を飲んで待っておれば、遂に国民食とまで呼ばれるその韓国名物の中華料理が登場。

麺の方は、ソースに炒めた玉葱が大量にぶち込まれている以外、麺の上に飾られているグリンピース程度しか然して具らしいものは見当たらず。一方、炒飯はカニ、葱、ニンジン等彩りも豊かで、横に添えられたソースはプレーンである。さてこのソースを麺や炒飯と混ぜ合わせてから頂くそうで、ならばと混ぜ合わせれば真っ黒な何とも云えぬ料理に変化。いざ頂いてみれば海鮮風の味なれば、まあイカスミとは多少異なれど、これはなかなか美味なり。当然の如く炒飯にはスープも付いて来ると云う、更なるオマケ付き。スープが少々酸味の効いたあっさりした味なれば、炒飯との相性も抜群、結局一瞬で炒飯もスープも平らげてしまう。

一方、麺をオーダーした東君と宮下君の両名は「玉葱のせいでソースがくどい」と途中でギブアップ。麺通の東君は「麺がオーバーボイル!」と更に厳しい意見を述べておられたが、されど世界中でこの上なく「麺の腰」を尊重するのは日本人だけなれば、たとえイタリア人が「アルデンテ!」と宣った処で、いざ食してみればそれでも我々にとっては少々オーバーボイル気味にして、ならばたとえ美食天国の韓国であれど、麺は矢張り柔らかい事こそが美徳とされるのであろう。さてふと隣を見れば「うどん」を食べていると云う本日のベーシストKim Jae Gwon、「これが韓国のうどんなのか…」うどんは大阪の方が断然美味しそうである…と云うより所変わればうどんも変わる…これがうどん?殆どチャンポンのようであるが。註5

さて腹は膨れたが未だ時間もあると云う訳で「この近くにレコード屋はないのか?」Shin Dae Chulが一件のCD屋を教えてくれた故、Astro Noiseのメンバーの案内にて早速出向けば、徒歩5分で到着。狭い店内にはCDが積み上げられ、ハングルが読めない私は、店員に「Shin Joong Hyun!」等と思いつくまま名前を挙げてはCDを出して貰う。結局探していた「Shing Jung Hyun MVD Series」なる紙ジャケットによるリイシューのシリーズは1から10まで見事入手出来、韓国のMerry-Go-Round Recordsによる「In-A-Kadda-Da-Vida / Shin Joong Hyun」等のLPリイシューも数点購入。
さて購入したLPやCDを楽屋で眺めておれば、「In-A-Kadda-Da-Vida / Shin Joong Hyun」のリイシュ-LPには豪華なポスターも復刻封入されており、そこにサイケ書体によるハングルを発見。そのShin Joong Hyunの息子であるShin Dae Chulが、そんな私を目敏く発見、「このオリジナル盤はレアだ」と笑っていた。彼の息子と奥さんも楽屋に遊びに来ていた為、何となく記念撮影。「韓国No.1ギタリスト家族の肖像」と云った処か。

近所のコンビニにて「眞露」のボトルを買い求めれば、何と1本115円。隣に置かれたUCC缶コーヒーでさえ120円であり、何と缶コーヒーより安いとは驚きである。これは150円程度の店頭販売価格にて、是非とも日本でも輸入販売して頂きたい処である。その「眞露」を飲みつつ、本日のオープニングアクトである佐藤さん率いる「コプチャンチョンゴル」のステージを拝見。意外にも正統派ロック(歌詞は全て韓国語)なれば、仮に日本にて、在日アメリカ人が日本語で日本のロックを演奏した処で、注目される事はあまりなさそうであるが、韓国にて在韓日本人が韓国語で韓国ロックを演奏すれば、大いに注目されてしまう辺り、韓国人の日本に対する意識は、日本人の西洋人に対する意識とは大いに異なるのであろうか。それとも韓国のロックシーン自体が、嘗て多くの外国人歌手が日本にて日本語でデビューした頃のような、その程度の熟成具合なのかもしれぬ。

客入りは満員御礼、前回知り合った元ヤクザにしてサイケマニア「ジミヘンさん(第92回「ユートピア大韓民国」を参照)」の顔もある。
我々は、ダモさんの用意したあみだくじによって、ステージに登場する順番が決められ、不思議な事にもShin Dae Chul、Kim Jae Gwonの韓国勢2人が1番2番を引き当てた。Shin Dae Chulのエレキ・シタールによるインド風旋律から始まり、続いてKim Jae Gwonがそこにベースを刻み、3番手の孝喜君がドラムキットに座るや、まるでこれは初期Amon Duul 2の如きで、4番手の私がリバーブを利かせまくったこれまた中近東風ソロを重ねる。続いて宮下君が入った辺りだったか、ダモさんの登場に大いに歓声が湧く。更に続いて東君、最後に佐藤さんが加わり全員が揃うや、後は怒濤のグルーヴが爆裂。3曲で1時間半、宇宙を一瞬で駆け抜けたかのような演奏で、フロントに位置する私とダモさんと東君の長髪&髭トリオは、ひたすらヘッドバンキング状態にして、まるで「三連獅子」だったとか。この日押し掛けた客の殆どが、多分「ダモ鈴木」どころか「Can」も、それどころか「ジャーマン・ロック(若しくはKraut Rock)」なるものさえ知らぬであろうが、何かしら熱いものは伝わった様子で、大いに盛り上がり無事終演。

そしていよいよ関係者一同による打ち上げなれば、ライヴで体力を消耗した後は、当然焼肉である。

大量のカルビに、オマケで付いて来るキムチやテンジャンチゲ、そしてビールに「眞露」更にはお店からのサービスと云う事で、前回の訪韓の際にもお目にかかった竹筒に入った酒「チュクトンジュ」も大判振舞なれば、テーブルは乗り切らぬ程に皿やグラスでごった返す。佐藤さんも主催者として出演者としてのプレッシャーから解放されたのか、大いに飲みまくる。ダモさん御一行は、明日横浜でライヴがあるとの事で、早朝にホテルを出発せねばならぬらしいが、ダモさん曰く「ずっと起きてれば大丈夫でしょう」何とタフな男!一方の宮下君も「楽しかった!」とカルビを頬張り「チュクトンジュ」の竹筒を空ける。

全員大いに飲んで食って、更にライヴの余韻と韓国の素晴らしさに酔い、そして楽しい宴も幕。ダモさんとはまた名古屋での再会を誓い、宮下君には「眞露」のポケットボトルを手渡し、暫しのお別れ。

(註1 )
牛の血の煮凝りの料理名は、「ヘジャンクッ」。もうひとつのやつは、牛ホルモンスープ料理で、「ネージャンタン」といいます。(本文に戻る[註1])

(註2 )
あの店の「ネージャンタン」は、みんなでつつくホルモン鍋料理「コプチャンチョンゴル」と、味が非常に似ているのです。もちろん、コプチャンチョンゴルのほうが、よりホルモン臭いですが…。(本文に戻る[註2])

(註3 )
シッケ 缶ジュースでも売っていますが、やはりお店自家製の方が美味しいです。甘さ控えめだし…。(本文に戻る[註3])

(註4 )
チャジャンミョン ジャージャー麺の韓国語読み。炒飯(ポックンパプ)をたのむと、チャジャン(黒味噌)がかかって出て来るのが普通です。(本文に戻る[註4])

(註5 )
まぁ、中華料理屋なので、うどんの具が、チャンポン(韓国のチャンポンは日本のチャンポンとほぼ同じだが、スープが真っ赤である)と同じになってしまったのでしょう。実物は僕は見なかったので、詳細不明。(本文に戻る[註5])

(2004/3/01)

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