『人声天語』 「Daevidおじさん宅での夏休み日記(2003年2月)」#3/3

#1 >> #2 >> #3

2月23日、朝6時に鳥の壮絶な鳴き声で思わず目覚める。まるでシンセの宇宙音の「ピューン、ピューン」と云った感じの鳴き声の大合唱、円盤に攻撃されている夢を見ていたのもこのせいか。疲れていたのか珍しく二度寝し、8時に起床。シャワー&洗濯を済ませ、レトルトのかに御飯を温め、味噌汁とさんま蒲焼き缶で朝飯を済ませる。今日は昼12時からスタジオに行く予定。日がなゲームボーイでポケモンとの奮闘を続けるCottonは「ここにいたらアホになりそう」と呟きつつ「何もしたくないモード」全開状態で、果たして帰国後、社会復帰出来るのか怪しい気配。残り6日、果たして本当にレコーディングは無事完了するのであろうか?

12時にスタジオへ行く筈が、Orlandからの電話で1時半に延期され、DaevidとJoshとビーチへ行きひと泳ぎ。Joshは彼女のお土産にすると貝殻拾い。Daevidは泳いだ後も軽くビーチをジョギング、「65 years Yong!」は元気一杯。戻ってビールを引っ掛けていると、再びOrlandからの電話で3時に延期。このペースでは4時になりそうだ。
昼食に最後の味噌煮込みうどんを食す。DaevidはPCに向かい本の執筆、Joshは何処へ行ったやら姿が見えぬ、と思いきやテラスで昼寝。勿論Cottonはゲームボーイ…否、珍しく雑誌を読んでいる、と云うか眺めている。今回のレコーディングに買ったばかりのiBookを持参している私は、暇にかまけて「人声天語」の北欧&ヨーロッパ編を執筆しているが、あまりに時間があり過ぎてもう終わりそうである。せめてこれが終わらぬうちに、レコーディングの方がペースに乗ってくれぬと、この執筆が終われば本当にすることがなくなってしまう。
2時半に再び電話があり、ドラムブースのケーブルの接触不良が発覚、スタジオ行きは延期から待機へ。残す処我々の滞在は5日間、果たして無事任務を遂行して帰国の途につけるのか。

Daevidは昨日録音したトラックのラフミックスをカセットで聴きながら、キッチンにてマンゴをカット。毎日マンゴを1個食べる毎に、この「ゆるい」世界に馴染んでいく自分に気付く。「Mango Time!」Deavidがマンゴを取り出す度にこう叫ぶのだが、まさしくその通り「マンゴを食べる度にアホになる」ような気がする。そんな中、Daevidは既に「今晩のディナーはスパゲッティーにしよう!」と、Cottonを連れて買い物に行こうと云う。日がなゲームをしてはボーッとしている彼女は、Daevidに「Mango Cotton」と命名される始末で、スーパーマーケットでCottonのオンステージをやろうと大はしゃぎ。挙げ句に「Cotton Tipsを持っている!(実は綿棒の事であった)」と見せに来る。いやはや40年間マンゴを食い続けるとこうなってしまうのだろうか。久々の快晴なれど風もなく、じっと座っているだけでも汗が滴る午後、完全に本日の目的はスパゲッティーに変更された今、一体何をすればいいのやら。Joshは今もメールチェック。DaevidとCottonはスーパーへ。私は日がなマンゴを食ってビールを飲むのみ。「マタンゴ」ならぬこのままでは「マンゴ」になってしまうやもしれぬ。
買い物から帰って来るや、DaevidはGang Of Fourの1stを爆音で流す。「このギタリスト好きだよ。」
さてそろそろディナーの準備かと思っていた矢先、Orlandから電話あり。夕方6時過ぎではあるが、2~3時間は録音出来るだろうと、急遽4人でスタジオへ向かう。

セッティング中、先日より調子の悪かった私のトランスがショートしてしまい、Cottonのトランスを拝借。レコーディング前に、DaevidがJoshの作った曲について、コード進行を変更しようと提案。Joshは気に入らぬようであったが、結果少々変更される。3人のギタリストが同部屋で録音する為、私はファズが使えず、取り敢えずシーケンス・パターンのようなフレーズを弾く事にする。3テイクほど皆で録音するが、Daevidが、リズムが「too Heavy」であると苦言を呈し、より「floating」なアレンジにしたいと提案。奇しくも私も同じ提案をJoshにしており、より「swing」な感じにしたいと主張。さて今度は新しいアレンジを試してみようかという折、Joshが何やらアレンジの事でDaevidに食って掛かった挙げ句退場。Josh抜きでのセッション、私も様子を伺おうとミキシングブースから見学。ところがリズム隊の2人が、アイデアが纏まらぬのか演奏が進展せぬ。苛ついたDaevidが「Play!」と一喝、ところが今度はOrlandが逆切れ、もう録音どころではない騒ぎに発展。Daevidは「Play!」と言い張るが、Orlandは「もう今日はヤメ」と退場。
愛想を尽かしたDaevidは帰る事となり、私も一緒に帰宅する。戻ってビールを片手にいろいろ話し合っていると、Cottonも帰宅。何はともあれDaevidはディナーの用意を始めるが、そこへJoshが戻って来て、再び何やら言い争っている。Daevidは「明日はあのFuckin’ studioへは行かない」と云っている。さてこの顛末どうなるのであろうか。Daevid曰く「私は24時間音楽を演奏していたいが、彼等は寛いだり酒を飲んだり彼女と過ごしたりしながら音楽も演りたいんだ。」「リーダーにはなりたくない。皆は『GongのDaevid Allen』と云う偶像に畏縮し遠慮してしまうが、そんなものはレコード会社が作ったもので、本当の私はここにいるだけだ。」

今日のスタジオにて初めて見せた彼の恐ろしく真剣な表情から、彼の音楽に対する真剣さは容易に読み取れる。それ故に今回のスタジオの機材トラブルには一番腹を立てている様子で、当然連日の「Wait」続きにやり切れぬ怒りを抱えていたようである。以前LondonのMoat StudioでMothers of Invasionの録音をした際、エンジニアのTobbyが「先週までGongがレコーディングしていたが、雰囲気は最悪だった。四六時中メンバーが殴り合って喧嘩しているのだから…。」と語っていた事を思い出す。「より良い音楽」を作ろうとするが故、Daevidにも当然妥協を許さない一線があるのであろう。ミュージシャンとしては「当たり前」の事だが、今やその「当たり前」の事を平気で妥協しているミュージシャンが殆どである事も事実だと思う。
気を取り直したJoshが「明日から出来る事をやっていこう」と私に提案、ならばと私も幾つかの「やるべき」事柄のみを告げ、明朝から早速取り掛かる事にする。良い音楽を演奏するのに話し合いなんぞ不必要である。そもそも演奏もせぬのに音楽が生まれる筈もなし。JoshはこのプランをDaevidに告げに行く。さて彼は如何な反応を示すであろうか。残された日数も僅かなれば私もやるべき事はやらねばならぬ。このままでは到底何の道も開けては来ぬ様子なれば、道は矢張り自分で切り開くしかないのであろう。

2月24日、朝8時20分起床。昨夜より降り出した豪雨は、今尚降り続いている。シャワー&洗濯を済ませ、持参した山菜おこわと味噌汁で朝飯を済ます。それにしても9時になっても迎えに来ると云っていた筈のGilliも来なければ、スタジオに行こうと云っていたJoshも未だ就寝中の様子。それとも既に向こうへ云ったのか。昨夜遅くまでDaevidとJoshは話し合っていたようであるから、何か予定変更されたのかもしれぬ。されど何にせよ残された時間でやるべき事はやっておきたいし、ドラムが使えるのが日中のみなのであるから、午前中から取り掛かりたいのが私の心情である。
そもそもベーシックの録音がスムーズに完了しておれば、私の仕事はただオーバーダブにてそれにアレンジを施す事に限定された故、至って簡単なことであっただろう。されどベーシックトラックは録音されておらぬどころか、まだ明確な姿さえ見せてはおらぬ。況してや、先日のライヴで演奏された曲も、Daevidを含めてセッションを繰り返していた様子から、ある程度完成しているのであろうと、こちらもそれを尊重しようと思っていたが、昨夜の件から察しても全然煮詰められてはおらぬ風である。

昨夜からの大雨で、ここら一帯は殆ど洪水状態。そんな中、Orlandからの電話にDaevidが逆上。さてこのままこのグループの行方は如何に。
午前11時半、Joshがスタジオにてリズム隊とのジャムセッションを録音すると出掛けて行く。Daevidは自室に篭りっきり。私はこの状況をCottonと共に静観する道を選択。このまま無駄にDaevid不在のジャムセッションを行う意義も見当たらぬし、取り敢えず彼と直接話し、彼の心中に抱く真意を聞いてみなければならぬ。
午後のお茶を飲みながら、Daevidに今後どうしていきたいのか尋ねる。彼としては矢張りあのFuckin’ Studioへは戻りたくない様子で、何せ親子でもあるOrlandとの確執は、勿論こちらの伺い知る処ではないが、何とも根は深そうである。DaevidもOrlandも「親子が同じバンドにいるなんて、これほどやり辛いことはない」と口にしている。今回の残された日程について、そして更に今後の事について話し合う。殆どの問題もこれにてクリアとなり、私も明日からの予定を立てる事が出来た。
また今の世界情勢によって、彼の置かれている状況が悪化するであろう事や、彼の生活上に浮上してくるであろう問題等、いろいろ重要なポイントも知る事が出来、これを基に今後のプランも立てていけるであろう。何はともあれ、今回の日程でレコーディングが完了する可能性がゼロとなった事だけは、明白な事実である。そしてスタジオに機材一式を置いてある限り、今日ここで何も出来ぬ事もまた事実。Cottonはゲームボーイでポケモンと未だ奮闘中。

大雨の御陰で引き起こされた洪水は、既に家の前の道路まで冠水し封鎖されている状態。ここの庭も殆ど池となり、向いの家は既に冠水。近所の林もまるで「アマゾンの映像」の如く、広大な水面から木が生えているように見える。今夜の満潮時に雨が降れば、ここら一帯は水没するであろうと、Daevidは語る。以前も大雨で洪水となり、近所の店「Newy Store」も水没、ここも1階は浸水したと云う。それでここもGilli宅も2階しか使っていない訳である。Gilli宅はより海に近く、更に川と海で挟まれている為、水没せずとも周囲が水没して孤立してしまうだろうとも語る。多分Joshは、今夜Gilli宅から出る事は叶わぬのではなかろうか。
また、Stormがやって来れば、木々は倒れ、家の屋根が吹っ飛ぶ事もしょっちゅうのようで、雷がなれば、ここら一帯は落雷が多いらしく、ここの庭の木にも2度落ちているとか、更に隣の家に落ちた事もあるとかで、稲妻が光って4秒で落雷の音がし始めると、家中のコンセントと電話線を抜いて回らねばならぬらしい。かつて落雷の影響で、PCも電話もテレビも電気製品全部吹っ飛んだ経験があるからだそうだ。Deavidと一緒に、先週行った高台の丘へ行き、すっかり変貌した景色を眺める。さて今夜は洪水となるのか。今こそ取り敢えず雨は止んでいるが、空は一面雨雲が垂れ込め、今にも再び泣き出しそうな雰囲気である。そんな中、気持ちよさそうな蛙の重低音アンサンブルのみが響き渡っている。

Deavidが作ったマッシュポテト&スティームド・ベジタブルでディナー、と云っても既に11時半。彼はずっと反戦のメッセージをネット上に流し続け、世界中の同志とコンタクトを取っている。その仲間からあるサイトを紹介されたと云うので見せてくれた。そこには世界中の反戦デモの写真が数多く掲載されている。私が「日本もある?」と尋ねたので、Daevidは当然と云う面持ちで探すが、西洋/東洋、北半球/南半球、先進国/後進国を問わず様々な国の様子があるにも関わらず、日本は何処にも見当たらなかった。これこそ「現在の日本人」の有様なのであろうか。勿論反戦活動を行っている人達はいるだろうが、例えばここオーストラリアでは至る所で「No War」の二語を見る事が出来るし、新聞等も「反戦」「反米」について多くのスペースを割いている。こちらに来てから「戦争の危機感」と云うものを身近なものとして感じざるえず、それに対して日本では「北朝鮮問題」「景気低迷」等の方が切迫した問題でもあり、これらの方が取り沙汰されている。日本人も同じように「危機感」は感じているであろうが、それは決して「アメリカの脅威」ではない。今やヨーロッパ諸国では、「イラクよりアメリカの方が脅威だ」と叫ばれている。日本人の「アメリカが何とかしてくれるだろう」的なアメリカ依存体質が、この状況に象徴されていると思われる。
ここにそのサイトを紹介し、Daevidのメッセージを紹介しておく。
http://www.hyperreal.org/~dana/marches/
Check out this website and see how many people around the world agree with
us.
NO WAR ON PLANET EARTH!
Every single person who works against war is helping a huge movement that
doesnt get publicity on official government media.
Don’t let your government decide for you!!
YOU can make a big difference!
Act for peace.
daevid

さてディナーが済み、Daevidが2001年のGongのツアーで使用したツアーバスの写真を見せようと、写真の詰まった箱を持って来た。このツアーは3ヶ月弱で60回もの公演を行ったもので、昨秋のAMTのツアーより多い回数のライヴを、当時63歳のDaevidが行っていたと云う事だけでも驚異である。このバスは、2階建てバスを改造したもので、ベッドルーム、キッチンは勿論、DVDまで搭載した豪華なもの。見晴しの最も良い2階のフロント部は、Daevidのメディテーション・ルームに当てられていたそうだ。この写真を探すついでに多くの写真を見せてもらう。
丁度そこへJoshがレコーディングから帰宅。3曲程ベーシックを録音したらしい。明日は私もスタジオに行き、何かベーシックを録音してみる予定。
男3人集まれば、矢張り話が下ネタになってしまい、Daevidが「エロティック・フィルム・マラソン」なる世界中のエロ映画を繋いだようなビデオがあると言い出し、それを観賞し大いに笑い転げる。挙げ句の果てには「youNgong Sex Workshop」を開こうと云う話にまで発展。

2月25日、朝8時起床。日課のシャワー&洗濯を済ませ、カレーうどんを食す。9時にGilliが迎えに来てくれ、JoshとCottonと共にスタジオへ向かう。Cottonは「やっぱり寝る」と、スタジオに着くなり帰って行った。

先ずGilliのスペースウィスパーをフューチャーした曲を録音。ヘッドホン越しにGilliの声を聞きながら、グリッサンドギターや弓弾き等を録音。如何にもGongと云った雰囲気。
続いて突如思いついた10/4拍子を基調としたファンキーな曲を試してみる。Joshはすぐ曲を覚えてくれるので、リフをすぐ忘れてしまう私にとっては良き相棒である。結局アレンジ等やっているうちに、あっという間に午後3時、小休止にしてレストランでランチ。迂闊にもチキンとマンゴのサンドウィッチをオーダー、不味くもないが美味くもなし。再びスタジオへ戻り録音開始。4テイク程録音すれば既に8時、ドラムの騒音問題があるせいで、これにて時間切れ。まあ1日の仕事として悪くはなし。スタジオにエアコンがない為、中はまるでサウナ状態で、発汗し過ぎなのか、妙に体がだるい。

Daevid宅に戻れば、4chカセットで何やら録音中。彼はこの4chカセットと云うフォーマットがお気に入りのようで「やっぱりこれに限る」と云っていた。
Joshが本日の成果をDaevidに報告、私の曲だと聞いて、更に「孫のJasminが、プレイバックしている際に踊り狂っていた」と聞けば、随分楽しみにしている様子であるが、ホンマにあんなファンキーな曲でええんやろか? 明日の朝にオーバーダブを済ませCDRにコピーしてもらう予定であるが、果たしてどうなることやら。自分がリーダーでないバンドと云うのは、ある意味気楽ではあるが、逆に気疲れする部分もある。
ディナーはDaevidの手料理、魚のガーリック焼きと恒例のマッシュポテト+ボイルド・ベジタブル、それに白ワイン。ディナーの後、私がPCでメールチェックをしている間、CottonはMTRでシンセの録音。Cotton曰く「鳥と蛙と波の音」らしいが、彼女がシンセをプレイしている事を知らず自室にいたDaevidは「ステレオが壊れた」と思ったらしい。
明日はGilliが午前9時に迎えに来てくれる為、早々と云えど3時半に就寝。

2月26日、朝7時半起床。日課のシャワー&洗濯を済ませ、持参した天婦羅うどんとカニ御飯を食す。9時にGilliが迎えに来てくれスタジオへ。
エンジニアのZubinとスタジオにて、昨日録音した曲のオーバーダブ。フィードバックを稼ぐ為に、アンプの音量をかなり上げてプレイするので、アンプの周りをマットレスで囲む。Joshが一昨日に録音したトラックにも、取り敢えずオーバーダブしてみる。今日は正午までしかアンプで音が出せぬと云うので、アンビエントな感じの曲については、午後からDIで録音する事にする。どうやら近所の騒音問題が一層深刻化しているようで、こちらの思い通りにスケジュールも組めぬ。
Joshが到着、2人で彼の曲のアレンジをするつもりであったが、Daevidの歌が如何な具合かよくわからぬと云うので、それでは打つ手もなしと諦める。

Gilliが、「北朝鮮が韓国と戦争する」と云うので仰天、慌てて新聞を見せてもらえば、北朝鮮がミサイルの試し打ちをした事が書かれており、それなら以前にもあった「デモストレーション」であろうと、一先ずは安心する。この危機感の薄さが、矢張り私も「日本人」なのであろう。Gilliとお茶を飲みながら、彼女の思想哲学やヒッピーのイデオロギー、果ては昔のGongや例のRobert Wyattの事故の話まで伺う事が出来た。Daevidと勿論共通する処もあれど、大きく違う部分を多く感じる。やはり女性ならではの、何か「強固」なものが根底に脈打っている。

夕方4時、遅いランチを取りにZubinとJoshとでレストランへ。取り立てて美味しそうなものが見当たらぬ為、無難にハンバーガー&エスプレッソをオーダー。お味の方は矢張り可もなく不可もなく。
ランチから戻るや、昨日の曲をDaevidの為にラフミックスし、疲れたのでソファにて仮眠。矢張りミックスは、自分で機材を操作出来るのが一番である。簡単な要望さえ、いちいちZubinに告げねばならず、況してその音のニュアンスがなかなか判って貰えぬと、どうにも苛々してくる。その後はJoshが自分の曲にオーバーダブすると云うので、ギターを抱えてGilliにDaevid宅へ送ってもらう。

David宅に戻ってみれば、Gilliのスタジオよりも遥かにバカでかい爆音で4chカセットに録音中。録音している時のDaevidは、とても楽しそうで、まるで子供のようなはしゃぎっぷり。昨夜のCottonのシンセ・トラックにオーバーダブ、かなりヤバい音になっている。録音が一段落するや、CottonとDaevidはディナー、今日も昨夜と同じメニューである。私も同席しビールを飲みつつ、Daevidからアルバム「Flying Teapot」のレコーディングこぼれ話を伺う。ディナー後、Daevidは「Joshが戻って来たらもう使わせて貰えないから」と、自室でPCに向かう。Cottonはゲームボーイでポケモンと奮闘中。

オーストラリア滞在もいよいよ残り2日。
深夜4時にも関わらずDeavidが、先日のライヴの為の練習を録音したカセットを、コンプで処理している。即興によるジャムセッションらしいが、こちらの方がレコーディングしている曲より遥かに良い感じ。特にリズム隊の自由度が全く異なり、こういうベーシックが録音出来ておれば、私の仕事もさぞやスムーズに完了したであろうと思えば、何とも複雑な心境である。AMTならば斯様な「適当な」もので充分であるが、やはりカンタベリー一派のGongともなれば、そうもいかぬのか。されどDaevidが目指しているものは、このようなもののようであり、そうでなければ私が召喚される事もあるまい。出来上がるや「Good Sound!」と嬉しそうである。ちなみに音の方は、まるで「Earthbound」である。

2月27日、朝8時起床。日課のシャワー&洗濯を済ませ、持参したきつねうどんと松茸御飯を食す。もう滞在も残す処2日なれば、洗濯する必要もなかろうが、日課となっている為仕方あるまいか。9時半に起こしてくれとJoshに頼まれていたので起こしに行く。それにしても皆よく眠れるものだ。大抵就寝時間は然程違わねど、起床時間は優に4時間は私の方が早い。昨夜Daevidが「Dharmaに聴かせる為」のCDRを貸してくれたので聴いてみる。最近の練習やらが収録されており、何か今日以降の仕事に役立つであろう。

10時半にGilliが迎えに来てくれ、Joshと共にスタジオへ。今日は、即興的ジャムセッション形体で録音する事にしている。今更グダグダ曲を録音する意味もないであろうし、昨夜のDaevidの様子から察するに、多分こちらの方が良いであろうと思われる。「OM Riff」「Zeroid」等の過去の曲も含めて、かなり長尺の演奏を数テイク録音。途中ランチ休憩を挟んだものの、午前11時から午後8時まで一気に演奏した為、かなり疲れた。9時にCottonが登場、シンセのオーバーダブを一気にこなす所存らしい。私は疲れたので、Cottonと入れ替わりに、Daevid宅まで徒歩で帰る事に。

Gilli宅近辺は僅かに家の明かりが点在し、道路もうっすら明るいのだが、住宅がなくなる地帯になると、ビーチから聞こえる波の音と虫の鳴き声のみ、一歩先も全く見えぬ程の真っ暗闇にして、「多分昔の夜とは斯様な程に真っ暗闇であったのだろうなあ」と考えつつ、林から漂う木々の香りや花の香りに酔う。徒歩20分程で無事Daevid宅着。汗だくなので先ずシャワーを浴び、Daevidに今日の簡単な報告を済ませる。Cottonの話では、彼は相変わらず自宅にて4chカセットで録音をしていた様子。さて一体今回のこの滞在、果たして如何なオチがつくのであろうか。ここまでいろいろな展開があると、矢張り最後にどんでん返しもあるやもしれぬ。
今宵Daevidは、チキン料理を作ってくれるそうで、それを愉しみにしていたCotton、11時までには終わらせて帰って来ると云っていたが。Andreaも来て手伝っている。実は彼女こそ、あの奇妙なDaevidの衣裳デザイナーなのである。
いよいよDaevid曰く「Utopia Chickin」が完成、Cottonの帰りを待たずDaevidと2人でお先に戴く。味的にはフランス料理っぽいと思われるが、チキンの中に野菜を詰め込み白ワインソースを掛けてオーブンで焼いた、と云えば想像に易いか。焼き野菜と恒例スチームド・ベジタブル等がつけ合わせ。このユートピア・チキン、素晴らしく美味い。今まで知っている外国人の中でも、Daevidの料理の上手さはかなり上位に食い込む。

食後、Daevidと4chカセットにて宅録、私はベーシックとなるギターやらブズキやらを、Daevdが一緒にグリッサンドギターを録音。彼のグリッサンドギターは、間近で見れば見る程デリケートに演奏されており、特に弦飛びで見事にメロディーを奏でる様には惚れ惚れする。私もグリッサンドギターは演奏すれども、ここまで自由に演奏するまでには到底及ばぬ。この後、Daevidはヴォーカルをオーバーダブすると云って、どうやら朝9時までやっていた模様。この音楽に向かっている時の真剣さと凄まじい熱意、私なんぞの若輩者、まだまだ精進が足りぬと痛感させられる。

2月28日、朝9時半起床、寝過ごした。Gilliが9時に来てくれたようだったが、私を含め全員就寝していた為、食卓の上にメッセージが残されている。朝飯にカレーうどんを食し、弁当にと鶏ごぼう御飯を温め、茹で玉子とインスタント味噌汁も添え、ギターを担いで自転車でGilli宅へ。
今日の午前中は私のオーバーダブを完了させる予定であり、正午にJoshがやって来た時には予定通りほぼ終了していた。その後はGilliの曲をセッションで録音。ヘッドホン越しに彼女の声を聴いていて、Cottonのスペースウィスパーとの決定的相違点を発見。Daevidは「まるでGilliだ!」とCottonのヴォーカルに驚いていたが、私にしてみればGilliの方は「セクシーで女性的」であるが、Cottonの方は「エイリアンのような非人間的、敢えて云うなら昆虫」的であり、それはその容姿にも顕著に表れていると云えよう。
Olrandのリクエストで、今夕はCottonと私のセットを録音する予定にし、一旦Daevid宅へ戻る。しまった、折角持参した弁当の存在を完全に忘れていた。明日の朝飯にスライドしよう。

帰ってみるとDaevidは、Cottonのヴォーカルやシンセを昨夜のトラックにオーバーダブ中。私のオーバーダブが終了した事を告げ、あと今夕の予定も知らせておく。彼は「最後の夜だからJoshと4人で街へ繰り出して、アイリッシュ・ミュージックの生演奏でビールでも飲んで、その後ディナーに行こう」と提案。
このDaevidの宅録が夕方6時に終了した為、Cottonと共にスタジオへ送ってもらう。入れ替わりにJoshは帰宅。
手早くCottonとのデュオを2テイク録音。更にGilliを交えてトリオで15分程の長いテイクも録音し、我々の録音スケジュールは取り敢えずこれにて終了。自分の機材を撤収し、GilliやOrlandと今秋に行われるyouNgongのヨーロッパ・ツアーでの再会を楽しみにさよならの挨拶。エンジニアのZubinにDaevid宅まで送ってもらう。

我々の帰りを待兼ねていたDaevid、早速Joshと4人で夜の市街地へ繰り出す。ここは以前、海水浴に来た所であるが、夜ともなれば観光地の歓楽街と化し、バーやレストランに人が溢れている。路上ではヒッピー・フォークシンガー達が歌い、雰囲気としては「プチ・バークレー」のような感じ。但し、街角で見掛けた「眼鏡を掛け頭に髷を結い甚平姿で篠笛を吹く日本の若者」の姿は、「日本の恥さらし」以外の何者でもなかったが。
先ずアイリッシュ・ミュージックの生演奏を行っているバーへ。バーと云えどまるで「巨大な浜茶屋+ビアガーデン」の如きで、満員御礼、ビアジョッキ片手に音楽に合わせ踊り狂っている、まるでロックコンサートの如き盛り上がりである。オーストラリアは、イギリスの植民地であった為、当然この手の音楽は盛んなようである。ビールを軽くあおった後、Daevid御用達のピザ屋へ。イタリア系移民とギリシャ系移民が多くを占めるこの国では、至る所イタリア料理屋が軒を連ねている。ピザを頬張りつつ、今後の予定等について話し合う。腹が膨れた処で、夜のビーチへ。あまりの気持ち良さにウトウトしてしまう程。
さて楽しい最後の晩餐も終わり、Daevid宅へ戻り、荷物のパッキング。明朝は6時半起床7時出発の予定なれば、Joshとさよならの挨拶を交わし就寝。

3月1日、朝6時起床、シャワーを浴び、昨日のランチの筈であった鶏ごぼう御飯を食す。昨夜は30度近く猛烈に暑かったが、今朝もかなり暑い。Daevidが「何か欲しいCDはないか」と問うので「Gong / Peel Session」「Gongmaison / Glastonbury Festival 1989」「Daevid Allen / The Death Of Rock」の3枚を頂く。Cottonは、須原君に頼まれたと持参した「Angels’ Egg」のCDにサインを貰い、ついでに先日Daevidに買って貰ったビールのキャリングバッグにもサインを貰っている。「Go Mango Cottong!」と書かれ苦笑。
さて車でGold Coast空港へ送ってもらう。5月にイギリスでの再会を約束し、Guru & Zero名義にて、6月にParisで行われる「カンタベリー・フェスティバル」に出演する事もほぼ決定、また会う日までしばしのお別れ。Daevidの車を見送り、こうして楽しくも不思議な時間であった「Daevidおじさん宅での夏休み」は終了、そして未だ冬の日本へ。

追記1:Daevid宅にて4ch MTRで録音された音源は、「Guru & Zero」名義で英Swordfish RecordsからCDとLPにて近日中にリリースされる予定。

追記2:因みにこの録音終了後、OrlandoとDharmaは、音楽的意見の相違により、Daevidから解雇通告されるが、その代わりに「youNgong」の名称はOrlandoに寄贈された。

#1 >> #2 >> #3

Share on Facebook

Comments are closed.