『人声天語』 第115回「AMT欧州ツアー2004 ~世界残酷食物語~」#11

11月 28日

朝8時半起床、されど何処までも果てしなく眠し。津山さんは、はじめちゃん持参の電熱湯沸かしマシーンにて、秘蔵の備蓄食料からインスタント味噌ラーメンと納豆菓子(乾燥納豆の如き代物)にて、何と納豆味噌ラーメンを作り食しておられる。

一口頂けば、これがなんとも美味にして、よくよく考えてみれば納豆汁があれ程旨いのであるから、納豆味噌ラーメンが旨いのも頷けるか。日本に於けるラーメン戦争に於いて、あれ程様々なラーメンが日々考案されているにも関わらず、何故納豆味噌ラーメンは見受けられぬのか、これは納豆好きには堪らぬ逸品になるであろうから、新商品開発中のラーメン屋は是非とも御一考して頂きたい処。
午前10時、Thodorisと待ち合わせ、津山さん共々レコード屋へ出動。Thodorisは布施明似の甘いマスクを持つ優男にして、兎に角矢鱈と我々に気を配ってくれれば、何とも文句の付けようなき接待ぶりなれど、何とも何処か中性的なナヨッとした妖し気な雰囲気もあり、我々は彼の事をナヨ君と呼んでおれば、そのナヨ君の案内にて、Athensのレコード屋巡りを行うのであった。Athensにてレコード屋を訪れるのは初めてなれば、果たして如何な具合やら大いに楽しみな処にして、さていざ最初の1軒目に到着するや、いきなり壁一面はサイケの激レア・オリジナル盤にて覆い尽くされ、在庫具合もまるで東京のレア盤屋の如しにて大いに驚愕、津山さん共々思いがけぬこの状況にすっかり興奮状態にして、今や脳汁分泌率200%なり。値段的には他のヨーロッパ諸国に比べ全体的に高めなれど、この在庫内容の凄まじさは空前絶後、もう何を見ていいのやらも判らぬパニック状態から漸く落ち着きを取り戻せば、取り敢えずサイケ系のオリジナル盤等の高額商品は敢えてパスし、ツアーに於ける私のレコード・ハンティングの心得第1条「ここでしか買えぬものから」と云う訳で、ギリシャのコーナーにて民族音楽系やらビザンチン聖歌等を抜き捲る。結局かなりの散財なれども満足の行く成果にして、ではとその店を出るや否や、いきなりレコード屋街を発見、もうこれには2人して完全なるパニック状態、更に2件目のおばちゃんがギリシアものに滅法精通しておれば、あれもこれも出して来る始末で、結局70年代初期のギリシャ・アシッドフォークの傑作なんぞ、その他にもギリシャ・トラッド女性ヴォーカルものなんぞ相当枚数を購入し大散財。その間に他の店を覗いていた津山さんも「あかんわ…あははははははは…もうあかんわ…」と呆然とせし故の引き攣り笑いにて、Soft Machineの1stやらTony Joe White等オリジナル盤をあれこれ大量に買い漁る有様。
あまりの在庫内容の素晴らしさに、すっかり精も根も尽き果て、戦利品を抱えては一旦ホテルへ戻り、ナヨ君と共に近所のレストランにて遅い昼食とする。ギリシャ料理はトルコ料理と酷似しておれば大層美味しく、我々はカバブをオーダー、メーニューがギリシャ語のみなれば全く解読出来ず、ナヨ君にお任せでいろいろ注文して頂く。

カバブは1人前にしてはかなりの量にして、他の料理にも箸を出しておれば、私なんぞ到底完食は不可能なれど、「誰よりも早くぎょうさん食う」事がステイタスの津山さんは見事完食、更にはサラダ等も平らげておられる。兎角細やか過ぎる程の気遣いを見せるナヨ君は、自分がゆっくり食べている事について「食べるのが遅くて申し訳ない」と謝るのだが、どうか斯様な気遣い無用と「こっちが食べるの早過ぎるだけやから」それにしてもナヨ君には、本当にいろいろと気遣いして頂けば、大いに感謝して余りある。満腹となればホテルへ戻り、サウンドチェックまで休憩。
テレビにてギリシャの音楽チャンネルを眺めておれば、如何なるクリップにもブズーキ奏者が映っており、間奏は必ずブズーキによるソロなのである。またメロディーも大凡2種類に分類され、俗に云う典型的なギリシャのメロディーである所謂イタリア南部辺りと類似せし甘く大らかなメロディーと、もう一方でトルコ等の影響下であろう中近東風メロディーが主流の様子なれば、例えヒップホップのようなものであれ、何故かしら中近東メロディーであったりする故、当初は面白がって観ておれども、次第にどれを聴いても同じである故、もう飽き飽きして来れば、時既に遅く、頭の中はすっかりギリシャ・ポップスに冒され、その手のメロディーやリズムが頭の中を延々とループし続ける有様。
午後6時、サウンドチェックに赴けば、巨大アンプ群が用意されており、今宵はMarshall3段積みを使用。津山さんも巨大Ampegなれば、その重低爆音の威力凄まじき。サウンドチェックを済ませば、クラブとホテルが徒歩2分の距離故、再びホテルへ戻り、津山さんとテレビ観賞。流石に音楽チャンネルはもう観まいと、古そうなギリシャ映画なんぞを眺めておれど、言葉がさっぱり判らぬ上に、ストーリーも破綻しており意味不明なれば、CNNにて英語ニュースを観賞。「テレビで言葉が判るって有り難い事やなあ…」
午後9時の開場に合わせクラブへ戻りShopzoneをオープンしようとすれば、ナヨ君が全て代行してくれるとの事、何とも有り難や。ギリシャの酒と云えば矢張りOuzoと、バーにてオーダーすれば、コップ8部目まで注がれる有様にて、これでは水で割る事容易ならず、結局2杯のコップに分けて割る羽目となれど、一体ギリシャ人はOuzoを如何程の割合で割るのやら。昨年JNMFで訪れし折、AMT mode-HHHは僅か20分しか演奏せず、その後AMTのBBSにても大いに物議を醸した際、「ならば次回は3時間演奏する」と私が確約した下りから、我々今宵は3時間演奏する心積もりなり。
セット途中、矢張り東君のギターの音が出なくなるトラブル有り、前座のバンドのギタリストが貸してくれ事なきを得るが、津山さん曰く「もうそのギター捨てぃ!俺が新しいのん買うたるわ!」久々に「La Novia」も演奏すれば、大爆音大暴れの3時間(正確には2時間58分)、流石にMarshall3段積みでさえ、後半かなりヘタって来れども何とか御陀仏御昇天だけは回避、客もすっかり狂乱状態にして大いに盛り上がれば、これにて1ヶ月に及びしAMTヨーロッパ・ツアーの全日程無事終了。
(impro/Dark star Blues/impro/La Le Lo/impro ~ In E ~ impro/La Novia/Pink Lady Lemonade/アンコール:Na Na Hey Hey)
終演後、楽屋にて皆で乾杯。何とか全日程を終えた達成感と全員無事にここまで来れた安堵感、そしてツアー6ヶ月前より始めしブッキングも含め、これにて漸く自分の仕事を満了せし故の開放感、ここまで一緒に苦難を共にして来たメンバー各位に感謝すると共に、各地のオルガナーザー等、御世話になった方々にも改めて御礼を申し上げたい。前回のヨーロッパ・ツアーでは東君の大流血事件にて幕となった故、兎に角全員無事に全日程を終了する事が出来た事に大いに感謝。
ホテルへ戻れば、ギリシャの酒と云えばMetaxaと云う訳で、ホテルのバーにて東君とはじめちゃんと共にMetaxaを調子良く呷る。さて自室へ戻れば、津山さんと明朝の更なるレコード屋探訪計画を詰め、午前2時半就寝。

11月29日

午前8時半起床。いくら眠りても果てしなく眠たし。すっかり過労状態である上、昨夜は3時間も暴れた故か、体中が痛い事この上なく、特に右膝痛と腰痛はかなり深刻にして、況して全日程も終わり遂に緊張の糸も切れたか、襲い来る疲労感は唯ならぬ程。シャワーと洗濯を済ませれば、津山さんはここまでで購入せしレコードをパッキングがてら眺めては御満悦。されど今朝も今から買いに行く算段なればこそ、未だ津山さんの「最終形態」が決まり切らねども、レコード以外の全ての物はベースケースに収納され、レコードは万全を期し機内持ち込みする様子なれば、手提げ袋2つに収められている。
津山さんは、いよいよ最後となる備蓄食糧から蕎麦茶とお茶漬け海苔とわさびにて「御飯なし海苔茶漬け」を完成させるや、その旨さに痺れておられ、半分お裾分けに与れば、これは何とも美味なり。

されど嘗て入院せし際の流動食さえ思い出されれば、少々複雑な心境にもなろうか。そこへはじめちゃんより、彼の備蓄食糧の配給として、何と赤飯の真空パックを頂けば、嗚呼、何と美味なる事か。

しかし斯様に量張る代物をここまで後生大事に温存せしはじめちゃんの性格たるや、まさしく彼自身曰く「石橋を叩いて割るタイプ」異論なし。されどその性格の御陰で、今こうして有難くも赤飯に肖れるのであるから、感謝せずにはおられぬか。更に津山さんは、秘蔵の餅を湯でふやかそうとすれば、はじめちゃんから借り受けし電熱湯沸かしマシーンがここで故障、結局餅をふやかす事叶わず、餅は無情にもそのまま廃棄処分。
ところで津山さんがツアー時にこしらえる料理は、見た目もかなり悪ければ、その食材の組み合わせの発想も尋常ならねども、以外や味的にはかなり旨いのである。所謂量の多さに重点が置かれし「男の料理」なるものであろうが、実は栄養バランスや消化具合なんぞも考慮されており、体力回復の為と闇雲に肉を食らわんとする東君とは正反対であろう。
さて午前10時、先ずは昨日発見せしホテル直ぐ近所のレコード屋から突入せんと、津山さんと出動すれども、10時開店と書かれてはおれどシャッターは未だ閉ざされておれば、その先に発見せしもう1軒の方へ突入。こちらは小じんまりした佇まいにして、何と「電気が停まっている」とかで店内は真っ暗、されど根性でギリシャもの数枚を抜き購入すれば、勿論レジさえも動かず、御陰で端数は切り捨てて頂けた。午前11時、漸く先程のレコード屋が開店、津山さん共々突入すれば、何とここもサイケやUKオリジナル盤等が恐ろしい程の充実ぶり。津山さん共々大興奮状態にして脳汁分泌率200%を軽くオーバー、更にここは昨日の店よりも割安な値段設定なれば、完全にパニック状態の津山さん曰く「ここは『河端流』で取り敢えずは抜いとこ、選ぶんは後や」しかしこれが大きな間違いとなるのである。この「河端流」と云うのは、最初にこれと思いしものは片っ端から一旦抜いておき、後で予算や荷物の兼ね合い等を考慮し厳選すると云う私なりのレコードの買い方であるが、これには大きな欠点があり、一度冷静さを失ってしまうやもう何でもよくなり、結局抜き取った殆どのレコードを勢い任せで大量購入してしまうのである。津山さんは、購入せしレコード群を今朝ホテルにて整理していた折、「まああと何枚か買えたらそれでええわ」なんぞと悠長に構えておられ、荷物も既に「最終形態」と称される日本へのフライトに備えたパッキングとなっているのであるが、この宝の山を前にして冷静に選ぶなんぞと云う行為が行える筈もなく、況して横で私がサイケ系LPを大量に積み上げ「もう失うもんもあれへんし、全部行きますわ!」と大量購入の意を決するや、津山さんも結局は「もう面倒臭い!全部買うたる!」そこへ丁度東君とはじめちゃんも合流、はじめちゃんももう帰国を残すのみとなりし故か、いきなり相当枚数のレコードを購入。一方東君は、今回のツアーに於いて「倹約+ブズーキ購入」をスローガンにしておられれば、未だレコードは1枚たりとも購入しておらぬ徹底ぶりなれど、我々がレコードを漁り捲って御満悦な姿を見ているうちに「やっぱり買おうかな」と、微妙に心を動かしている様子なれど、最後は「否、やっぱりレコードは買わん!」と店を立ち去って行くのであった。
我々も一旦ホテルへ戻れば、早速津山さんは戦利品を眺め御満悦にして、更なる「最終形態」へとリアレンジされておれども、Jethro Tullの「Stand Up」UKオリジナル盤の飛び出すメンバーを何度も飛び出させる津山さんを眺めておれば、まさしくVinyl Junkyにして男ド阿呆ロック番長、こよなく愛するブリティッシュ・ロックへのその愛の深さ、ここに垣間見させて頂きました。

帰国先発隊である津山さんとはじめちゃんの出発まで未だ2時間半程の猶予があれば、津山さん曰く「もう1件、こないだ見つけたとこあったやろ、行ってみよか!」斯様な下りにて、私と津山さんは再びレコード屋へ出動するや、先程のレコード屋の前を通った折、ふと店内を覗いてみれば東君とManosの姿を発見、結局東君の硬い決意もレコード天国Athensにて見事粉砕された様子、何やらレジにレコードを高々と積み上げておられる有様にして、土佐男東洋之曰く「レコード買わんで何がツアーの楽しみじゃ!」我々2人がManosに「この先で見つけたレコード屋へ行く」と告げれば「じゃあもっと近くの店へ連れて行きましょう」「何ぃ~っ!まだ他にも店あるんかいな!」ホテルから直ぐと云うので、彼はレジにて会計中の東君を置き去りに、我々をそちらへ案内してくれれば、何とまたしてもサイケの山!一体Athensの中古レコード屋事情ってどないなってんねん?何処の店も皆、壁には古いサイケポスター等が所狭しと貼られ、信じられぬようなサイケの宝庫とは、ギリシャ人ってそんなにサイケ好きなんか!Manosの話ではまだまだ他にも店があるそうで、斯様な処に滞在しておれば、幾ら金があっても足りはせぬ。何しろ私はこの2日間で、既に750ユーロ(約97500円)以上をレコードに費やしている有様である。「あかん、こんなとこ来たらあかん!」結局Manosに連れられて行った店にても、津山さん共々数枚ずつ購入。
津山さんがホテルにて再び「最終形態」へとリパックする間、私は僅かながら残りし商品を、Manosに連れられAMTを店頭在庫に置いているCD屋へと卸ろしに伺えば、一瞬にして全て捌ける有様にして、これにてあの膨大極まりない商品群、何しろツアー中次々と追加補充されし様は津山さんから「安田財閥か!」とまで云われた程にして、一時は無限とも思われし在庫もこれにてめでたくソールドアウト。
さてホテルへ戻れば、午後3時半、いよいよ津山さんとはじめちゃんは帰国の途につかんとする処、津山さんはベースを背負い大切なレコード群を両肩に下げし「最終形態」にして、ベースは預けてもレコードは絶対機内持ち込みの心積もりなれば、トランジットのCDG空港にてさえ両肩にレコードを下げての移動となるは必定、流石に「重い…」とこぼしつつも、いよいよ帰国ともなれば何とも嬉しそうである。

タクシーが到着すれば、「ほならAMT祭で!」と、2人は空港へと旅立ち、そして私と東君が残された。Manosとナヨ君共々、中庭に席が設けられているオープン・レストランにて食事となれば、私は鱈のフライ+ライスを注文、ナッツ+タルタルソースの如きソースが添えられており大層美味なれど、矢張り日本の魚料理が無性に恋しくなって来ておれば、何処かに何やら空しさを感ずる。

東君とは、無事にツアーを終えられた事について改めて赤ワインにて乾杯、心地良き夕暮れなれば、酒の酔いもツアー中とは大いに異なり、何とも緩やかにして至福感さえ感ぜられる。
何にせよ、全員無事に恙無くツアーを終えられた事に感謝し、今回も多くの人達と出会えし事は大いなる喜びにして、そして様々な食い物に出逢っては「矢張り日本が一番」との想いを噛み締めつつ、難局さえも見事乗り越えここまで辿り着けば、今やその達成感にさえ酔いしれ得る。
されどこの翌日、ヨーロッパでのソロ・ライヴの為に東君より一足先にAthensを後にせし私なれども、何といきなりフライトが「Cancelled」と云う予想だにせぬ顛末にして、更に振り替えフライトに於ける乗り継ぎ便が大いに遅れるトラブルにまで見舞われ、その結果極寒のVenezia Mestre駅のプラットホームにて野宿と相成るとは、一体誰が予想し得ようか。一方、結局レコード・ショッピングに明け暮れしギリシャでの休暇を終えた東君も、さてその翌日に帰国の途につけば、何とAthensからParis CDG空港へのフライトが3時間も遅れ、結局帰国便への乗り継ぎ叶わず、哀しいかなParis CDG空港付近のホテルにて1泊させられる羽目と相成ったと聞く。
「各々方、油断めさるな!」まさしく今回のツアーに於いては、激不味料理との遭遇と云い、様々なトラブルへの経緯と云い、この一言が身に沁みるものであったか。「人生是日々勉強也」と云う有難い訓示と共に、このツアー日記も幕。

 

(2004/12/17)

其之壱其之弐其之参其之四其之五其之六其之七其之八其之九其之十其之十一
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