『人声天語』 第123回「文句垂之助の欧州地獄旅(AMT &TCI 欧州ツアー2005)」#12

6月23日(木)

午前10時起床。先ずシャワーを済ませる。またしても兄ィは、朝一番から米を炊いておられ、今朝は御飯にタラコふりかけを添えての野菜スープ定食なり。「野菜食べないといけないからね。うん、美味い!」

私とせんせいは、兄ィの御飯のお裾分けに肖れば、せんせいはタラコふりかけ御飯+即席味噌汁、私は納豆ふりかけ+即席味噌汁、更には味噌汁を打っ掛けてねこまんまへとバージョンアップならぬダウン、何につけても米が食えるとは幸せ至極なり。


田畑君は何やらキッチンに籠りて調理中、嘗てCBGBの厨房でならせしその腕は如何に。マッシュルームやら肉やらと具沢山にして和風出汁をも効かせしスープスパゲッティーが完成すれば「あかん、作り過ぎや!」ヨーロッパの食生活に於いて、茶碗やドンブリの類いの形状の食器は基本的に不要故存在せず、類似せしものと云えばサラダボウル程度なれば、何とサラダボウルいっぱいのスープスパゲッティーに果敢にも立ち向かう田畑君、されど流石にあまりに膨大な量故、せんせいに半分お裾分け。さてお味の方はと云えば、せんせいに「これは美味いわ!自分やるなあ」と云わしめる程。

当の田畑君も綺麗にスープまで飲み干し「美味かったぁ~」と恍惚の表情にて大満足げ。これならば朝早くからキッチンに立った甲斐もあったと云うものか。

今日もオフなれば、さて何をして過ごさん。そもそも6月下旬ともなれば、ヨーロッパは既にサマーホリデーに突入しており、今回のブッキングは困難を極めし経緯なれば、当初予定されしスケジュールもキャンセルが相次ぎ、結果ツアー後半のスケジュールはガラガラの歯抜けとなれり。まあこの面子にてツアーを行うは初めてであれば、1ヶ月強もの間を連日連夜演奏せんと云う過酷なツアーを敢行するよりも、後半オフを挟みて体力を回復させつつ回るもまた良かろうとの思いもあれど、矢張り個人的にはオフなしにて連日移動と演奏を繰り返す多忙なスケジュールな方が好ましい。オフを挟み込めば否が応でもテンションが下がる上、漸くツアー慣れせし体のリズムを維持する事いと難し。あまりにスケジュールの変更やキャンセルを食らいし故、一時はツアー自体を全キャンセルし、今一度日を改めツアーそのものを組み直さんとの思いもあれど、フェスティバル出演等の関係上、全キャンセルには踏み切れなかった経緯さえある。何にせよ6月中旬から9月上旬に架けての期間に於いて、サマーホリデー中のヨーロッパをツアーするなんぞ、金輪際願い下げなり。

Stjepan曰く「今日はBBQ(バーベキュー)をやろう!」との事、されど日本に於ける所謂アウトドアクッキングとしてのBBQと、こちらのBBQは大いに異なると知っておれば「ほならわしらは焼肉やろ!」とgoing my wayにてBBQに参戦するを決意。
BBQと一概に云えども、国や地域によって大いにそのスタイルは異なれり。
先述の通り、ScotlandにてPastelsとBBQを行いし際は、ジャガイモやらトウモロコシを唯焼くのみにして、味付けもへったくれもなければ、況や「素材の味を大切にしている」との解釈もし得るかもしれぬが、それにしても素っ気なさ過ぎるそれには、矢張りイギリス人(スコットランド人か)の料理センスのなさを垣間見る事が出来よう。
それに対しアメリカはLas VegasにてのBazooka JoeによるBBQなんぞは、これぞグレート・アメリカン・スタイルと云わんばかりに、1枚2kgはあろうかと云う特大ステーキを次から次へと焼くのみにして、野菜なんぞ皆無、兎に角肉とビールに終始せり。あの豪快さと潔さには、日本が太平洋戦争にて完敗せしも大いに納得し得る処。あれ程豪快な肉を喰ろうてた筋骨隆々のアメ公と、水団やら雑穀やらにて細々食い繋いでた日本人とでは、幾ら「神国日本」なんぞと気を吐いた処で、そら負けて当然やろ。
日本に於けるアウトドア・ブームとは、即ち大自然を堪能するなんぞ全くの建前にして、所謂アウトドア・クッキングの愉しみではなかったか。故にアウトドアとはそのまま単に「屋外」の意味でしかなく、オートキャンプ場に赴けば、電気や水道、更に水洗トイレに大型冷凍冷蔵庫まで完備されておる有様にて、今や既にネット接続さえ可能やもしれぬ、いやはや彼等にとっては自然と云々なんぞ全く不毛にして、それどころか「雑菌が心配」なんぞと戯言をホザく奥様連中さえもおりそうな勢いか。そもそも猫も杓子もダッチオーブンなんぞと云う代物を持参する状況自体尋常でなければ、彼等にとってアウトドアの醍醐味とは、単に「屋外にて調理し食す」以外の何ものでもなかろう。それ故にその料理の凝り具合たるやまたしても尋常にあらず、何をいちびって屋外にて手作りソーセージを作ってみたりパンを焼いてみたりせねばならぬのか。斯様な保存食こそ持参すればよいのであり、単に豪華な美食を求めるのであれば、大抵オートキャンプ場付近には、フランス料理店等の洒落たレストランが、観光客を手ぐすね引いて待っておるのである。日本に於けるアウトドア・クッキングとは、普段家庭内にて卯建の上がらぬ父親連中が、ここぞとばかりに手間暇掛かる料理をわざわざ屋外にて調理する事により、その家父長としての権威復権を目論んでおれば、斯様な事でしかその権威を復権出来ぬとは、何ともお粗末極まりなし。されど近頃の父親に於いては、缶切にてろくに缶詰も開けられぬと聞き及ぶ。「わんぱくでもいい、逞しく育って欲しい」のキャッチフレーズにて育てられし世代が現在の父親たる世代であろうが、彼等はあのTVCMの如き焚き火を前に、父親と2人してハムに食らい付いた経験もないのであろう。斯く云う私も斯様な経験なんぞある筈もなけれども、これは我々の父親の世代が、高度経済成長期故に仕事に殉死せんと多忙を極めし事と、戦後の核家族化による家父長制の崩壊の弊害であり、今の父親が蔑ろにされるひとつの理由として「父は斯くも偉大なり」たる姿を、嫁や子供に見せられぬからではなかったか。今や、教師であれ拳を振り上げれば「体罰」として処分を食らう阿呆な御時世なれば、殴られし経験なき人間が殴る側の痛みを知る筈もなく、愚かしい女子供が調子づくは当然の理にして、いやはや歴史的な見地からも、嘗て女子供が調子づいて世の中が良くなりし経緯なんぞあった試しなし。日本の父よ、わんぱくたれ!

例によってオープンカフェにてNiko一行と合流、ビールを呷りて談笑。Mateも顔を揃えておれば、今日のBBQに参戦するとの事。田畑君はMate御自慢の自転車を拝借しそこいらを走っておれば、Nikoの携帯電話に「タバタが路面電車と接触事故!」との一報が飛び込む。よくよく確認すれば接触寸前に、路面電車が急停止したそうで事なきを得たらしいが、人騒がせにも程がある。その当人は、こちらの心配を他所に笑顔にて帰還、全くもって幸せな奴よのぅ!

さて皆でスーパーへ赴きBBQ材料の仕入れ、クロアチア軍は出来合のBBQセットの如きを購入しておられども、見るからに不味そうな事この上なし。我々は一番柔らかそうな牛肉の塊を選び、焼野菜用の玉葱やらピーマン、後は焼肉のタレを作るに最低限必要たるニンニクやら生姜を購入。これにて両軍準備万端、AMT対クロアチア軍によるBBQ対決のゴングが、今まさに打ち鳴らされんとす。

BBQの会場は、何とStjepan宅の細長い玄関ポーチ、折角広い庭があんねんから庭でやろうや、我々の訴えは一蹴されこのクソ狭き玄関ポーチにて、先ずはStjepanが火を起こす。その間にこちらは焼肉のタレの準備、おろし生姜とおろしニンニクに醤油と砂糖と出汁を溶き合わせ、酒の代用としての白ワインを加えれば、所謂「和風焼肉のタレ」の完成なり。この酷暑たるクロアチアなれば、生姜の爽快感を活かせしさっぱり系の味にして、メンバー皆に味見を求めるや「おおおお~っ、これは美味いわ!」と大好評、これにてこのBBQ対決、既に勝利をこの手中に収めたも同然なり。肉の方も丁寧に「筋切り」を施せば、東君曰く「お前ら『筋切り』が何かも知らんやろ!日本人が如何に偉大か見せてやる!」筋切りされし肉は、タレに漬込み下拵えもこれにて完了。
さていよいよ焼く段階に入ろうとすれば、火を管理せしは、Stjepanから自称「7 That Spellsの専属カメラマン」なる我等が呼ぶ処の通称「アホ」に交代しておれば、あかん、火が殆ど消えとるやないけ。このアホは、自称専属カメラマンと称しておれど、Nikoに伺いし処では「月曜日のライヴで初めて会った、あいつが誰か俺らもよくわからない」との返事、何やねんそれ、ほなら勝手に付いて来てるだけやないけ。せんせい曰く「あいつホンマ役に立たんで!」見るからに役に立たぬタイプなれど、矢張りここにいる限り何らかの理由があるのであろう。
「きっと友達とかおれへんタイプやな。」
「でもあのタイプって嫌われるのよくわかる。」
「何するわけでもなく、ただくっついて来るタイプな。」
「しゃあけど実はええしのボンとかで、ごっつ金持ちやとか!」
「みんな、あいつにタカってる云う事?」
「何でも奢ってくれるとか。」
「俺も奢って欲しい!」
「ほなら優しいせんと!」
「実は寂しいんちゃう?」
「友達欲しいんだろうね。」
「でも何もせんでも鬱陶しいってタイプっておるやん。」
「うん、うん、おるだけでムカつく奴なあ。」
「そのくせ嫌われてるって全然気付かない…。」
「気付いてたら普通ついて来ぃひんやろ。」
「いっちゃんかなんタイプやな。」
「せやけどカメラマンやねやろ?」
「カメラマン云うても、写真見せてもろたけどロクなもんちゃうで。」
「ホンマかいな!」
「兎に角黙ってじっとしてるんが気持ち悪いね。」
「その辺は弁えてるんと違う?」
「いや、単に無口なだけとか?」
「『無口はバカの証』って名言あったなあ。」
「何にせよ役に立たんね、あいつ。」
折角起こせし火を消され、Stjepanも怒り心頭の様子なれど「もう知らんわ!」と、既にその使命をも放棄、ここ数日何処ぞへ出張せしと云う彼女とも久々に再会果たし得れば、BBQも既にそっちのけで、彼女との熱い抱擁やら接吻やらに御執心の様子なり。

アホのあまりの愚行に痺れを切らせし東君は「もう俺がやるわっ!」と、アホを蹴飛ばし急遽「炭奉行」を代行、上半身裸になるや新聞紙にて扇ぐ扇ぐ。それを見たクロアチア軍の1人、こいつが何処の誰かは全く存ぜぬが通称「ハゲ」が、東君を制止せんとする。「もっと炭を入れれば大丈夫!」阿呆か!炭ばっかり入れても空気が入っていかなんだら火力大きくなるかいな。このハゲはどうやら自称「BBQのエキスパート」を自負する様子にして高慢極まりなけれども、一体炭が如何なる原理にて効率的に火を起こすかさえ知らぬ白痴野郎なり。何しろこちとら早く焼肉が食いたければ、このアホやらハゲやらの愚行の御蔭でお預けを喰らいし憂き目に遇わされており、今や怒り心頭怒髪天を突く勢いにして「このカス、黙っとらんかぁ~!ボケがぁ!」我々がこのハゲの愚行を制止する間に、東君は「何でこんな事俺がやらんといかんのじゃ!」と文句垂れつつも、ひたすら火力アップを図り汗だくになりつつ扇ぎ扇げば、その苦労も漸く結実、見事に焼肉をやるに充分な火力と相成りし次第。そこですかさず我々の肉を網いっぱいに拡げれば「お前らには食わしたらん!お前らはそのお前らの不味そうなん食うとけや!」

良い塩梅に焼き上がれば、我々一同各自タレを入れた小皿を携え一斉に肉を貪る。その姿は、クロアチア人の目には如何様に映った事やら。筋切りを施せども少々硬めにして、されど「美味い~!」玉葱も程良く焼けておれば、これまた「堪らんな~!」歓喜の雄叫びを上げつつ、ビール片手に談笑に明け暮れるクロアチア軍を尻目に、取り敢えず満足するまで食い続ける我々なり。先ずは自分達の腹具合も満足すれば、ここで漸くクロアチア軍に我々の焼肉を振る舞う。そもそも彼等にタレを付けて食する習慣なんぞなければ、我々が小皿に入れられしタレに付けて食する様を見ては怪訝な顔をしつつも、真似していざタレに付けて食せば「美味い!」当たり前じゃ。と云う訳で我々の焼肉は素晴らしい早さで売り切れ、玉の汗を流しながら炭奉行を代行せし東君も「はいっ!後はもう知らん、そっちでやって!」と任務終了宣言。

さて今度はアホとハゲによってクロアチア軍の不味そうな代物が網上に並べども、そのルックスから「これってウンコちゃうん?」焼肉とビールにて満腹の私は既に興味さえなし。


クロアチア軍のBBQスタイルとは、焼き上がりし肉を別の鍋に次々放り込み、冷めた頃合いにパンに挟みて食すると云う、ほなら何の為のBBQやねん?と、BBQ本来の意義さえ問い質したくさえならん。ウンコに似た代物に続き、今度はチキンを焼き始めれど、矢張り焼き上がれば鍋に移し冷ましておられる。所詮クロアチア人も、料理が何たるかまるで理解出来ておらぬ阿呆でしかなかったか。

好奇心旺盛な田畑君は、あのウンコに挑戦「焼肉のタレ付けたら何とか食えるわ!」気が付けば、クロアチア軍団もウンコ擬きにタレを付けて食しておられ「ほう、一応美味いって味はわかりよるんやなあ」結局このBBQ対決は、我々の圧勝にて幕。

BBQ対決も終われば、皆でワインやらビール片手に歓談。田畑君は上機嫌にして謎のダンスを披露。「あかん、折角ツアーでダイエットしよう思ってたのに、こんなに食うたらまた太ってまう!」その田畑君の台詞を聞いて聞かずしてか、兄ィは再びキッチンへ立ち戻っておられれば、今度は一体何をこさえておられるのか。答えは何と焼きそばなり。BBQと云う事で、実は兄ィなりに「最後は焼きそばで〆」との企みが在りし模様、この堪らぬ匂いを嗅げば再び腹も減るから不思議なもので、皆でまるで餓鬼の如く焼きそばを貪れば、出汁も大いに効いており大層美味なり。日本から大量に持参せし粉末焼きそばソース、ここで大いにその真価を発揮せり。

すっかり満腹なれば、未だ宵の口にも関わらず、午後11時半即寝成仏。

6月24日(金)

午前10時起床、オフ続きなれば然程疲れる筈もなけれども、何故に11時間も惰眠を貪る体たらくぶりなるか。シャワーを済ませ、洗濯機にて洗濯。兄ィは今朝も米を炊き、既に朝飯も済ませしとか。
Stjepan曰く「今日は皆でロープウェイに乗って山登りしよう!」ここZagreb市内は、連日気温36度を越える酷暑なれど何処にもクーラーさえなければ、きっと山上ならば避暑も出来ると云うものか。

正午、またしても例のオープンカフェにて集結、ラインナップはNikoと彼女のバッテラちゃん、Stjepanと自称専属カメラマンのアホ、そして我々5名なり。先ずはビールにて調子づけせし後、路面電車に乗車し郊外へと向かう。路面電車の終着駅にて下車、ここからロープウェイ乗場行きの列車に乗り換えすれば、車内はサウナ状態にして即死寸前、されど一向に動く気配もなければ、挙げ句の果ては「車両故障の為、本日運休」おちょくっとんのか!

為す術なければバスに乗り換え山の麓まで赴き、そこからロープウェイ乗場まで徒歩にて向かう羽目となる。現在既に2時半、こちとら朝から未だ何も食っておらねば空腹至極、Niko曰く「山に美味しいレストランがあるから、そこでランチにしよう!」いや、ランチってなあ、こっちにとったらブレックファーストなんですけど…。トンネルを抜け森林公園を抜け、一体この炎天下の中を何処まで歩かねばならぬのか。あまりの空腹とこの酷暑にて、我々次第に機嫌も悪くなって来れば「何でこんなとこ来てんやろ?」「クロアチア人に騙されたわ!」なんぞと文句も垂れ捲り。田畑君は既に轟沈寸前にして、その哀れな姿を見たせんせい曰く「ハハハハ!毒恵比寿や!」

バスを降りて徒歩30分、漸くロープウエイ乗場に到着すれど、次のロープウェイ発車時刻は午後4時なり。一体いつになったら飯食えるねん!ロープウェイ乗場の横にキノコの形をせし奇妙な建物発見、Caffee Bar VRGANJなるバーなれば、勿論ここはビールを呷り、損ねられし機嫌もこれにて少々直らんか。轟沈寸前瀕死状態の田畑君は、既に爆睡状態なり。
午後4時となり、漸くロープウェイに乗車、1つのゴンドラの定員4名なれば、3台に分かれて乗車、私は兄ィとせんせいと同乗す。私とせんせいがいちびってゴンドラを揺らしたりすれば、兄ィ曰く「そんな事したら怖いよ」男兄ィにも泣き所あったんですな。果たしてロープウェイに乗るなんぞ、信貴山のロープウェイが廃止されて以降、全く記憶にないか。否、98年のAMTツアーに於いて、フランスのGrenobleにて宇宙的デザインのロープウェイに乗りしか。ロープウェイの想い出と云えば、子供の頃に湯の山温泉のロープウェイに乗りし際、突如の悪天候に山間にて停止、数時間宙吊り状態にされしを思い出す。さてこのロープウェイの走行距離は想像よりも遥かに長く、僅かひと山登るのみならず、谷を越え再び山を越えと、一体何処まで行くのやら。確かNikoは「行きはロープウェイ、帰りは徒歩で」と云っておれば、この距離ホンマに今日中に歩いて戻れるんかいな!


乗車時間何と30分、漸く終点に到着すれば、いよいよ飯にありつかんとレストランへ向け出発。バッテラちゃんに「この距離ホンマに歩いて帰れるの?」と尋ねれば「大丈夫、1時間もあれば戻れるわ」ホンマかいな、ロープウェイでさえ30分も要するこの距離を、それも況してや山道なれば、途中幾つもの山やら谷やらを越えて来ており、1時間とはヨーロッパ人特有のサバ読みとしても、2時間を要すれど果たして下山出来るとは信じかねる処。「こりゃ帰りもロープウェイ希望やねえ」斯く語りながらも、今度はどんどん山道を下りて行けど、レストランどころか山小屋一軒さえも見当たらねば、これでは今度レストランからロープウェイ乗場に戻るにせよ、ここまでの道程を考慮すれば、これまた既に相当な距離にして加えて上りと相成る故、これはもうレストランより徒歩にて下山しか道はなしか。

漸くレストランに到着すれば、何とクロアチアの郷土料理店にして、メニューを眺めれどステーキなんぞ当然あらず、この店御自慢のソーセージ入りスープしか選択肢はなし。
「アホか!こんな山奥くんだりまで連れて来られて、そんな気色悪いもん食えるか!」「肉はないんか!肉は!」朝から何も食しておらぬ故に空腹具合も限界にて、更に炎天下の中延々と山道を歩かさせられし末、一見まるで糞尿の如き代物を食わされると知れば、頭に来ぬ方が不思議であろう。善かれと思いてアレンジせしピクニックが、関西軍団の怒りを買い捲ると云う思わぬ結果に、今やすっかり困惑せしNikoなれば、斯様な彼の気持ちを察せしか心優しき東君は、自らその糞尿汁を志願。

されど関西軍団と食へのこだわり人一倍強き兄ィの4名は「そんな糞尿汁なんか絶対食わんど!そんなもん食うぐらいやったら何もいらんわ!」「肉や!肉!ステーキ以外は認めへん!」傍若無人の振る舞いに、遂にはシェフが、メニューにはない豚テキを4人前作るとの事で、これにてようやく我々も合意せり。されどいつまで待てどもその豚テキが出て来なければ、他に客が居る訳でもなし、況してレストランに到着せしと云う一瞬の安堵感もありてか、この空腹感も遂には限界点を完全に超越、その怒りたるは既に制御不能。
「ボケェ!何モタモタしくさっとんねん!肉焼くだけにどんだけ時間かかっとんじゃ!」
「これでしょうもないもん出しやがったら皆殺しや!」
「俺ら金払てんねんど!これがお前らの客に対するサービスか!」
「一体何やっとんじゃあ!まさか今、裏で豚バラしてるとこちゃうやろなあ…。」
「大体何でこんなとこまでしんどい目して来て、不味い飯食わんなあかんのや!」
「自然の中で…とかぬかしくさるアホな幻想のせいやな。」
「何が自然やねん!飯なんかどこで食うても同じや!」
「山やったら山菜とか山の幸はないんかいな?」
「ソーセージってなあ、そんなもん山でなくてもええやんけ!」
「どうせこいつら味なんかわかりよらへんねんから、ウンコ食うてたらええねん、ウンコ!」
「でもこれ帰りは歩きなんやろ…。」
「やってられへんな!クロアチア人に騙されたわ!」
「糞クロアチア人、皆殺しや!」
「こんなウンコ『美味い、美味い』云うて食うとおるボケ共に騙されるとは…。」
「むかつく~っ!」
「まだなの?もう腹減り過ぎて動けないよ…。」
散々待たされし末、漸く豚テキが登場、我々がハイエナの如く貪り食いしは語らずもがな。隣のテーブルでは、糞尿汁をとうの昔に食い終えしNiko一行が、優雅にコーヒーなんぞ飲んでおられる。「あかん、こんなんでは全然足らん!」食い終えても未だ文句垂れる我々なり。 

さていよいよStjepanを先導に徒歩にて下山と相成れば、交通事故の後遺症にて膝に爆弾を抱えし私と東君は、あの激痛が再発しては今後のツアー日程のみならず日常生活にまで多大な影響を与える故、膝になるべく負担を掛けぬよう細心の注意を払い、ゆっくりしたペースにて歩みを進めねばならぬ。嘗て山男たる津山さんに「素人はすぐに急いで行きたがるけどな、それって結局は疲れんねん。それよりゆっくりした同じペースでずっと歩き続ける方が、楽やし早いで。」と御教示頂きて、成る程Niko一行は、既に姿が見えぬ程先を歩いておれば、我々は彼等のペースに惑わされぬよう、ひたすら膝への配慮を忘れず己れのペースにて進まんとす。田畑君は既に相当疲労困憊の様子にして、杖を拾っておられども、そんなデカい杖やったら逆に余計疲れるやろ。せんせいも兄ィもかなり足に来ている様子。

「あかん、もうあかん、ドラマー殺しや!」
「ハハハハ、これじゃあ明日は足がパンパンだよ!」
「あいつら、わしらが四十路ロッカーやって事忘れてるやろ!」
「だってNikoって未だ20代でしょ?」
「わしら40やぞ、こらっ!」
「これホントに今日中に着くの?日が暮れたら真っ暗だよ。」
「『日本のロックグループ遭難』って新聞に載ったらカッコ悪いなあ!」
「カッコ悪う~!」
「津山さんに会わす顔がないで!」
「でも『ロックバンドがなんで山行っててん?』て云われそうやん。」
「また誘拐拉致やと思われたりして…。」
「絶対『アホや!』って云われるなあ。」
「疲れたよ…。もう歩けないよ…。」

午後7時、何とか無事下山、何処が1時間やねん!バスと路線バスを乗り継ぎStjepan宅へ帰り着きしは午後8時45分。Nikoが「マコト、今夜はスタジオでこないだ撮影したビデオの音のミックスを11時からスタジオでやるから!」何故斯様に重要な作業をZagrebより発たんとするその前夜にアレンジするか。況してこの地獄のピクニックにて精も根も尽き果てる寸前なれど、仕事とあらばこなさねばならぬ。兄ィが「こないだの豚の生姜焼きが未だ冷蔵庫に入ってるから食べてね」と慈愛に満ちた御言葉を掛けて下されば、腹が減っては戦が出来ぬと、遠慮なく御相伴に預かる事とし、豚の生姜焼き丼を食らいて、午後10時半にStjepan共々スタジオへと赴く。

スタジオはビルの地下にあり、至って立派な本格的レコーディングスタジオにして、7 That Spellsのシンセを担当せし彼がエンジニアなり。何でも4人で共同出資して営んでいるとかで、そのうちの2人は、ここで昼にCM音楽制作等の仕事をしており、彼ともう1人の友人は、夜に斯様なアングラな音楽を制作していると云う。どうやらお昼組が運営資金を調達、夜組が機材一式を提供しているらしく、彼は昼組の2人に対し「あいつらの退屈な音楽に、俺の大切なリバーブが使われるなんて許せないから、大事なエフェクターだけはいつも持って帰るんだ」と不満タラタラなれど、運営資金の調達をしてくれているのであるから、然程文句も云えぬ様子。

さてデジタル16chにて録音されし先日のK’setに於けるライヴ音源をプレイバック。「ビールはここに冷えてるぜ」と薦められるが、ミックスする際は、酒を飲めば耳が遠くなる故、如何なる場合に於いても禁酒と昔から決めておれば、矢鱈と飲み倒している私の姿しか存ぜぬからか、彼等はこの意外な答えに驚きを隠せぬ様子。アホか、いつでも酒飲んでヘラヘラしてる訳ちゃうど!明日は早朝7時に出発予定なれば、悠長に構えている訳にもいかず、一瞬にして音決めを済ませ一気にミックスを敢行。人前にてミックスする事なんぞ普段なければ、特にエフェクト具合と各楽器のバランス感覚が、彼等のそれとは大いに異なるらしく、何とも興味深気に私の一挙一動を見つめる有様にして、これは大いにやり辛し。エンジニアの彼の手際の良さもあり、御蔭で手早くミックスも済ませられれば、何と今度は7 That Spellsの新譜のラフミックスを聴かされ、助言を求められる始末。こちとらピクニック疲れとミックス疲れにて眠い事この上なけれども、幾つか気になりし箇所について述べ、これにて漸く今宵の任務終了。今宵ミックスせしライヴ音源は、4台のカメラにて撮影されし映像を編集後、いずれDVDにてリリースする予定。

Nikoは仮眠すると一旦自宅へ戻り、私もStjepanと共に彼の家へと戻れば、皆に「お疲れ様!」と迎えられれど、既に時刻は午前6時半なり。午前7時出発なれば、今から寝る事も叶わず、出発に向けパッキングに勤しむのみ 。

(2005/9/21)

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