7月1日(金)
午前7時起床。シャワーを済ませれば、朝飯を作る暇なし。日本を出発し1ヵ月が経過、そろそろ疲れなんぞが出る頃かと思いきや、案の定連日の速弾きによる酷使から、左手の肘の裏辺りに神経痛の如きが発症、以前肘から指先まで完全に感覚を失い痺れ続けし経験もあれば、今直ぐにでも湯治に行きたし。
午前7時半、Jussiのお迎えにて兄ィ+東君と合流、JussiとJoukoの車2台にてHelsinki空港へ向かう。途中で立ち寄りしGSにて朝食、揚げパン+コーヒーにて済ませる。
昨夜Jussiから「今夜、警察が総力を挙げて40歳のアジア人を捜索している。何でも殺人犯だとか…マコトじゃないのか!?」とからかわれれば、その事件が新聞の一面を賑わせており、手配写真も掲載されておれば、これにて私への嫌疑も晴れし。
予定より1時間早く、午前9時半にHelsinki空港に到着。チェックインも無事済ませ、東君のパリの滞在先の件もどうやら無事解決せし模様。echoの残りが少ない故、残りのecho温存計画として、ここ暫くは安い巻きタバコを吸う東君は、空港での待ち時間を利用し、予めタバコを巻き置きし、昨日拾いしシガレットケースに収めておれば、何ともご苦労な事なり。タバコの葉、巻紙、フィルターを各々購入し、自分で1本のタバコを完成させる訳なれど、何しろ「今直ぐ吸いたい」「面倒臭い」場合には難儀往生する事間違いなく、況してや彼こそ人一倍面倒臭がりにして、我慢なるを最も忌み嫌う男であれば、予め巻き置きしておくとは何とも懸命な考えか。
Finn Air午後12時15分発Paris行きに搭乗するや、客室乗務員が我々に問う。「お客様、お席を変わって頂いても宜しいでしょうか?」結局せんせいを除くSky Team会員たる我々4名はビジネスクラスへと移動。機内食もエコノミーより当然豪華にして、メインに煮込みハンバーグの如き代物あれど、後でせんせいに尋ねれば、エコノミーにはその1皿が付いてなかったそうで、この小型エアバスの如き機種なれば、ビジネスクラスもエコノミークラスも一見然程変わらぬようにも見えれども、成る程一応ビジネスクラスだけの事はあるか。時折ダブルブッキング等にてビジネスクラスに座せる機会あれば、つくづく思うは矢張りエコノミーの扱いたるや所詮荷物と同レベルにして到底人間扱いされているとは思えず。「では快適な空の旅をお楽しみ下さい」なんぞとアナウンス流れておれど、あの窮屈な座席に10時間以上も座らされた挙げ句に、禁煙にして機内食もお粗末となれば、一体如何にして快適に過ごせと云うのか。
午後3時45分CDG空港に到着、今宵の宿を提供してくれると云うOlivierがお迎えに来てくれており、RERのBに乗車しGare de Nordへ、彼女Tiffanyの妹宅へ赴く東君とはGare de Nordにて一旦別れ、我々4名はそのままOlivier宅へ直行せんと地下鉄に乗り換え。Parisの地下鉄の車内は、季節を問わず矢張り蒸し暑い。一切の冷房装置なんぞある筈もなく、加えてこの酷暑であれば、車内の温度は一体何度となるか。そもそもParisの地下鉄はエスカレータ設置駅も少なく、この蒸し風呂の如き暑さの中、超重量級の荷物を携え階段昇降を繰り返しておれば、テロリストでなくとも爆破したくなるは当然か。
Roma駅にて下車、予想以上の酷暑の中を駅より徒歩10分、最早あまりの暑さで熱中死寸前とさえ思えば、漸くOlivier宅に到着。荷物を降ろし止まらぬ汗を拭っておれば、冷えたビールを用意してくれし心遣いにして、一気に干涸びし喉へと流し込むや、嗚呼、美味い!生き返る!ここの部屋にはクーラーの存在が確認されておれど、多分現在の室温30度以上は優にあると思われるこの状況に於いてでさえ、家主のOlivierは、決してクーラーのスイッチをオンにせんとする様子皆無にして、小さな扇風機が1台、申し訳なさ気に回るのみ。何でクーラーあんのに使わへんねん?こんなクソ暑いのに使わへんねやったら、ほな一体いつ使うねんな?クーラーが眼前にあると知ってしまえばこそ、余計無性に腹立たしくもなるか。
ところでOlivierは、一度日本を訪れし事もあるとかで、道理で部屋中奇妙なるアジア的インテリアにて埋め尽くされし筈、更に彼はエクスペリメンタル系サックス奏者且つドラマーにして映像作家の卵、今夏は再来日して日本のエクスペリメンタル音楽のドキュメントフィルムを作るとか。エクスペリメンタル音楽に映像製作に日本文化と来れば、これこそ近年フランスにて矢鱈とお目に掛かる所謂若き芸術家の卵の典型的姿か。
今や殆ど絶滅せし音響派さえ、フランスでは今尚エクスペリメンタルの一語にて大いに支持され持て囃されており、これもサンプリングやラップトップを用いれば、誰でもお手軽に直ぐそれなりの物が出来てしまうと云う、そのあまりに安易な方法論故に、誰もが手を出すのであろうし、元来アメリカ発祥のロックが根付かなかった気位の高き土地柄なれば、反英にして勿論反米の意識も強固、故に米英にて隆盛を極めしロックについては、当時から今も尚、冷笑を送り続けては、斯様に享楽的下衆文化に執心するなんぞ愚者の極みとさえ言い張り、一方で自分達は、芸術至上主義なればよりアカデミックなものを、強いては映像やパフォーマンスと音楽とを融合せしより総合芸術たるべきものを追究せん等とホザきくさる始末。その反面、遥か彼方の異国たるアジア文化やアフリカや南米等の第3世界の文化に関すれば、その神秘性や原始的生命エネルギーなんぞと云う表層的部分に踊らされ羨望して止まず、矢鱈とヨガやらカンフーやらを嗜みたがり、何か事ある毎に、アホの一つ覚えではあるまいし「瞑想」やら「気」やら「禅」やらとホザきくされば、何とも始末に悪い事この上なし。
また映像に興味深き事に端を発し、Japanimationなんぞと呼称される所謂日本のアニメを盲目的に愛好しておれば、大抵の家に於いて、日本のアニメDVDコレクションが並んでおり、プライド高きフランス人ならでは「この作品知ってるか?」と問うて来るは当たり前にして「Non」と答えれば「日本人なのに知らないのか!」と、その後その作品や監督が如何に素晴らしいかを滾々と説明されるは必定、況して「Oui、知ってる」なんぞと迂闊に答えれば最後、アニメ論議に一夜を明かさんとさえする勢いにして、これこそ鬱陶しい事この上なし。そもそも日本に於いて、アニメ(この場合、所謂近年の作品を指す)とアングラ音楽を同時に愛好する輩なんぞ果たしておられるのか、況やおられるとしても、然程多いとは思えぬが。また日本の漫画も大いに人気を博しており、Mangaとそのままの名称にて呼ばれているが、テレビ等にて放映される人気アニメ作品の原作は勿論の事、所謂Mangaマニアともなれば、日本同様に日野日出志や丸尾末広等を筆頭に、その個性的画風と特有の世界観に評価が集まりし様子。況してエログロ度が高ければ、一層カルティックな人気を誇るようで、この辺りの短絡的指向性は万国共通なれども、世界でも名立たるエロ愛好家にして芸術至上主義たるフランス人なれば、尚の事とは云うまでもなし。
今や世界で最も音楽のレベルが低いと断言し得るフランスに於いて、シラク政権により随分予算割愛されしとは云えども、無名の若者に対してですら容易に申請が認可される様々な助成金等の経済的援助に始まり、総合芸術の名の下にエクスペリメンタル音楽と呼ばれるものでさえ美味しい仕事はゴロゴロ転がっておれば、我々日本人から見れば羨ましい限りの優遇とも呼べる甘ったるい状況こそが、どうしようもないしょうむない若手を次々排出する諸悪の温床として、今尚切磋琢磨に稼働し続けており、いよいよ以て救いようなし。
また米英発のロックに対する関心の薄さの反面、自国フランスのバンドに対する一種ナショナリズム的支持はあるようで、98年に初めてフランスを訪れし際、Ruins等を敬愛して止まぬと云うフランスの若い連中から「フランスのバンドでは何が好きか?」と四六時中尋ねられ、その毎に「MagmaとGong」と答えておれば「何それ?」と100%の確率にて尋ね返され「お前、Ruins好きや云うててMagmaも知らんのか?CD買って聴いてみろ!」と呆れ果てたものなれど、その後Magmaが活動再開するや否や、あのボケ共、今度は「Magmaを知ってるか?フランスが誇る世界で一番素晴らしいバンドだ!あのRuinsでさえMagmaから多大な影響を受けてるんだ!」とホザいてケツかる始末にして「ボケかぁ!こないだワシがMagma教えたったんやんけ!」
Olivierの自宅地下には、何と立派な自宅スタジオが構えられており、田畑君とせんせいはセッションを始めるや、映像作家の卵たるかれは、早速カメラを抱えて撮影開始。Paris市内にも関わらず、自宅にて思う存分ドラムが叩けるとは、何たる恵まれし環境なるか。大阪が誇る名うてのドラマーせんせいなんぞ、十代の頃は自宅にて座布団を叩き練習せしと伺っておれば、恵まれし環境が必ずしも素晴らしいミュージシャンを生み出すとは限らぬばかりか、恵まれし環境故に生まれる甘えから、結局はしょうむないミュージシャンとなるケースの方が多いのではなあるまいか。
午後7時、Opera駅前にて東君と待ち合わせ。今宵は、多くの日本食レストランが建ち並ぶこのOperaにて、長らく御無沙汰となりし日本食を心行くまで鱈腹食らわんと、いざ出陣なり。
先ず最初に訪れしは、いよいよ残す処1週間となりしツアー日程を全力にて乗り切らんと、その活力の源たる日本食材を購入する為、毎度Parisにてお世話になる「京子」なり。懐かしき食材のパッケージを眺めれば、思わず目頭さえ熱くなる程にして、見る物どれもこれも食したいとは思えど、これから先自炊する機会も然程なかろう故、ここは敢えて厳選し、当面明日明後日分の食糧となるべく品を選ぶ。勿論納豆は全員が購入「これで納豆食えるやん!泣けるぅ!」自ずから全員のテンションがヒートアップする中、東君は愛して止まぬ焼酎をボトル1本、更に今すぐに飲む分として缶入り烏龍ハイを購入し、最早砂漠にてオアシスにでも辿り着きし面持ちか。
さてどのレストランに入るか、何を食うか散々皆で悩みし末「やっぱり寿司や!」と云う訳で、韓国人経営と思しき寿司屋「寿司元」の暖簾を潜る。先ずはキリンビール一番搾り、ヨーロッパのビールには辟易しておれば、矢張り日本食には日本のビール。日本のビールの味が濃い理由とは、何か肴を摘みながら故に違いなく、如何にドイツビールやベルギービールが美味かろうが、それはひたすらビールのみを飲み続けるからであり、況してやアメリカビールなんぞ、喉がの乾きを潤すには手頃なれど、食事との相性は最悪なる。付け出しは胡麻が振られし大根と人参の千切りなれど、味がなければ醤油でも添えんと、テーブル上の醤油らしきを掛けてみれば、摩訶不思議、金平牛蒡に早変わり。何故かと思えば、醤油と思しきは照り焼きのタレなる代物にして、日本の食卓上に瓶が置かれる事先ずなかろう、されどこのタレの甘辛具合と大根のシャキシャキ感、そして胡麻の風味が口の中でミックスされれば、何とまるで金平牛蒡の如しにして、思わず金平牛蒡を食べしと思い込めば、何とも得せし気分なり。
鯖中毒の私なれば、刺身定食+きずし(しめさば)+お酒を注文、刺身の内訳は、鮪、サーモン、きずしにして、ヨーロッパにて鮪とサーモンこそ定番なれば、このラインナップも仕方なし。味噌汁の具はマッシュルームなれば、これには思わずギョっとすれど、これもまあ仕方あるまい。きずしはしめ具合が甘い故、味的には大いに美味にして満足至極。ついつい「お銚子もう1本」この際背に腹は代えられぬ。美味いものに散財してこそ男子の本懐、久々の故郷の味に舌鼓を打てば、望郷の念一層強くなりにけり。
田畑君は寿司+焼鳥セット+お酒、兄ィは刺身定食+焼魚セット+ビール、せんせいは刺身定食+ビール、東君は寿司セット+お酒を各々注文、各自日本食を堪能しては恍惚の表情満開なり。焼魚がなかなか出て来なければ、痺れを切らせし兄ィ曰く「早く出て来ないと御飯全部食べ終わっちゃうよ」東君は田畑君の焼鳥を一本分けて貰い幸せの絶頂に達す。全員大いに満腹にて満足、米を食らいての満腹感は矢張り全く異なれば、心地良き満腹感と充実感に酔いしれるばかりなり。
されど食後のお茶は茶葉があまりにも少な過ぎ、色も匂いも味もなければ「これ白湯やんけ」通常フランス人の入れる紅茶とは、大きなティーポットにティーバッグ1個と云う薄さなれば、これもフランス人向け日本茶か。しゃあけどこれやったら、お茶の美味さが何たるかなんて何もわからへんやんけ!
今宵は納豆を肴に焼酎を呷らんと云う東君と、Opera駅前にて別れ、我々4名は地下鉄にてOlivier宅へと戻る。Olivier宅にて、皆でワイン片手に歓談、兄ィは、Olivier御自慢のカメラのコレクションに御執心。「うん、これいいよ。ふ~ん、そうか。使い方わかってきたぞ。いいなあこのカメラ、くれないかなあ」兄ィ、なんぼなんでもそれは無理でっしゃろ。せんせいは両耳同時に耳掃除なさっておれば「あかん、イクうぅぅぅぅぅぅ…」
先程あれ程満腹となりし筈なれど、何故か最早小腹が減れば、「京子」にて購入せし食材を物色せんと拡げてみる。納豆2パック、レトルトカレー1袋、稲荷鮨1パック、生うどん3玉、真空パック赤飯1パック。
ここは矢張り大好物の稲荷鮨とばかり、一気に頬張れば「うぉおおおおおおおっ!」懐かしき揚げの甘さにエクスタシーさえ感ずれば、思わず感涙2秒前。
隣では徐ろにせんせいが納豆を練り出すや、Olivierが大層興味深げに覗き込む故、面白がりて「食べてみる?」と薦めれば、大の日本好きを自称するOlivierは、匂いを嗅ぐのみにして「Noooooooooo!」一撃にて轟沈なり。せんせいは納豆と稲荷鮨を食せば大いに満足げ「さっきの飯なかったとしても、これだけで充分幸せやわ」矢張り日常口にせし料理の方が、高価なる寿司や刺身なんぞよりも遥かに感激度高しとは、何とも皮肉なれども、実はこれこそ真の郷愁の味にして、体の全細胞が狂喜乱舞する様さえ実感し得る究極の逸品なり。
田畑君も納豆と稲荷鮨を食せばあまりの美味さに感涙「あかん、やっぱり美味過ぎるわ!」そしてその余韻に浸れり。
すっかり至福感満ち溢れれば、就寝せんとす。私と兄ィはリビングルームの床にて横になれば、矢張り暑苦しく、扇風機全開にして窓も全開、これにて何とか涼を取れるや。一方田畑君とせんせいは、今宵も愛を育まれるのか、何と玄関の壁に収納されしダブルベッドを引き摺り出し、床を共にされる御様子。
暑苦しく寝苦しけれど、午前2時半就寝。
(2005/9/24)
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